いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

『スプラトゥーン』戦略で、2016年のインターネットを生きる。

anond.hatelabo.jp


たしかに、絵馬って、見ているとけっこう面白いんですよね。
なんかやたらと上手いイラストを描いている人とか、恋愛関係の「これ、10年後に読んだら恥ずかしくて死にたくなりそうだな」っていう惚気を書く人とかがいる。
なかには、冒頭のエントリにあるような、けっこうディープというか、「こんなの書いていいのか?」という内容のものもある。
もちろん、多数派は受験とか家族関係の祈願なんですけど。


これを読んで最初に思ったのは、「まあ、こういうのはネットじゃ書けないしな」ということだったのです。
思い返すと、僕がネットに触れるようになった2000年前後って、ネットは「王様の耳はロバの耳!」って叫ぶための洞穴みたいなものだと考えている人が少なからずいて、不倫日記とか恋愛関係の赤裸々な告白とか仕事の裏事情とか他者への恨みつらみみたいな文章が溢れていたわけです。
「そういうのは、現実では口にすることができないから」と。


ところが、最近では「ネット有名人」たちが、他者を叩くために、「主戦場」のネットではなく、同人誌という媒体を利用するという事例もみられるようになりました。
「絵馬になんて書いたら、知り合いに見られるかもしれない」(だからネットに書く)という時代から、「ネットになんて書いたら、誰に拡散されるかわからない」(だから絵馬に書く)という時代へ。
まあ、「絵馬に書いたものが撮影されて、Twitterで拡散」なんていう可能性もあるわけで、世知辛いというか、どんな形でも、一度外に出してしまったら、もうどんなふうに世の中に広まっても文句は言えない(というか、取り返しがつかない)のだよなあ、と。
鍵付きとかプライベートモードで書かれたものでも、「身内」がそれを世界に広めてしまえば、「プライベートな発言です」と言い逃れするのは難しいし。
飲み会での悪口でも、一度それを聞いてしまえば「なかったこと」にするのは、なかなか難しい。


ネットというのはけっこうめんどくさいところで、こんなところで書き続けるというのは自己顕示欲(あるいはいわゆる「承認欲求」)かお金か、という精神的あるいは経済的なメリットでもないとやっていられないのだろうな、とも思うんですよ。
読む側としては、「お前の『認められたい』とか、『金が欲しい』とかいうのばっかり読まされてもな……」としか言いようがなくて困るのだけれども。


人気になるのは他者を叩いて快哉を叫んでいるコンテンツか、信者っぽい人がルーチンワーク的に賞賛コメントをしているコンテンツばかりに見えて、花を買ってきて妻と親しもうとしたら、「正月早々ムダな買い物をしないで!」と罵られ……そんな申年の正月です。


 一時的に来る人の数を増やして、広告収入を期待する、というのはアリかもしれませんが、「焼畑農業的」であり、そんなに長続きはしないでしょう。
 メールマガジンなどで、契約者への課金によって収入を得ている人にとってのは「炎上」は、自分へのイメージを悪化させるリスクが高すぎる。
 にもかかわらず、なぜ、「炎上コンテンツ」は無くならないのか?


「ネットで、なぜわざわざ『炎上』するようなことを書く人がいるのだろうか?」という問いに対して、『戦略がすべて』という新書のなかで、著者がこんなふうに答えておられます。

 ところが、実は有料課金型でも、「炎上」型コンテンツは有効である。
 たとえば個人が用意する有料コンテンツ、たとえば会員制ブログは、その質・量に比べて料金が割高であることが少なくない。実際、ネット上でもっと質の高いコンテンツを無料で見つけることは可能だし、既存メディア系の有料コンテンツなら質・量はずっと上だ。
 そんな個人の有料コンテンツを買う人間というのは、極めて少数の「信者」に近い読者だ。彼らは「炎上」するような過激なコンテンツをむしろ好ましいと考える。このような「特殊」な読者のコミットメントによって有料コンテンツは支えられている。
 電話での振り込め詐欺やネットの詐欺メールなどでは、話があまりにも不自然だったり、文章が少しおかしかったりすることが多い。しかし、こうした犯罪に詳しい人によると、実は普通の人が騙されないような文章を送ることは、「騙されやすい普通じゃない人」を抽出するための手段だという。もし、詐欺の途中でこれはおかしいと気付かれ、警察に届けられたりすると、詐欺師としては不都合だ。むしろ、最後まで騙し続けられる「カモ」を探すには、最初の段階で明らかにおかしいものを提示し、それでもおかしいと思わない人を選び出す必要がある。
 これと同じように、競合優位性がないコンテンツにお金を払う人を見つけるためには、最初の段階で明らかに「炎上」するようなコンテンツを提供し、それを批判するのではなくむしろ呼応するような読者だけを、効率的に探し出す必要がある。
 そして、そのような読者にとっては、多くの人の批判されても自分の意見を曲げない筆者はある種「殉教者」であるから、逆に信仰の対象となるのだ。かくして、「炎上」を好む読者は、有料課金型のコンテンツビジネスにとって、良い潜在顧客になるのである。


 炎上コンテンツって、なんであんなにワンパターンなんだろう、あんなので騙される人なんているのだろうか?
 もっと多くの人が騙されてしまうようなやり方もあるんじゃないか、と思っていたのです。
 これを読むと、むしろ「あえて、客観的にみればおかしい内容にして、あれで騙されるような人を選別している」のです。
 限られた数の「信者」に有料コンテンツを買ってもらうためには、万人向けの当たり障りのないコンテンツよりも、少人数にでも「熱狂的に支持される」ほうが良いんですね。
 たとえ、「信者」以外からは、大バッシングをされることになっても。
 訪問販売業者は、うまくいった家に印をつけていて、いろんな業者がその家に入れ替わり立ち替わりやってくるようになる。
 新興宗教も、ひとつの宗教にハマった人は、そこをやめても、他の宗教の信者となることが多い。
 身近な例でいえば、ビジネス本というのも、同じような内容がほとんどなのに、ついつい、「これだけたくさん読んだ」ことを誇るために、次から次へと新刊を買ってしまう。
 本当は、『七つの習慣』やドラッカーを何度も精読・実践したほうが、よほど安上がりで効果的なのでしょうけど。


 こういう「炎上系コンテンツ」に対する、社会全体としての最も有効な対処法は「無視」なんですよ。
 仕組みがわかっている人は騙されないだろうけど、叩くためにブックマークとかリツイートすることによって拡散されれば、目にする母集団が増えて、結果的に「信じてしまう人」が増えるから。
 世の中には「みんなに批判されているからこそ真実なのだ」という思考回路を持った人もいるし。
 それに「何も信じない、叩けるものを叩く」という人ほど、一度「自分が信じていいと思ったもの」に触れると、それを盲信してしまう傾向があるような気がします。


 それにしても、2016年も人間というのは矛盾している。
「お酒を飲んでも酔っ払わない、肝臓が悪くならない薬ってありませんか?」
 そんなの「酔っ払うのも肝臓が悪くなるのもイヤなら、酒を飲まなきゃいい、のだよね。
 ドラクエで毒の沼に自分から突っ込んでいって、キアリー使っている人をみたら、「ああ、MPのムダだ……」って思わないのかね。
 ……って、偉そうなことを言っていますが、僕自身も「二日酔いにならないといいなあ」と思いながら、酒の力にやや頼りつつ、忘年会をやり過ごしてきたわけです。
 そういう人生からは、そろそろおさらばしたい2016年。


 長男が『スプラトゥーン』に今さらながらハマっていて、僕はそれを横に座って眺めていることが多いのですが、このゲームって、ものすごく上手い(強い)プレイヤーと初心者が、それなりに一緒に遊べるようになっているんですよね。
 まだレベルが低い長男は、ステージ中央の塗ったり塗り返されたり、やっつけたりやっつけられたり、という激戦地にはあまり近づかず、みんながあまり寄りつかないような、端っこの床を地道に塗りつぶしたり、遠くの高いところからインクを飛ばして床の色を変えたり、というのを続けています。
 チームメートからすれば「もっと真面目にやれよ!」っていう感じなのかもしれませんが、『スプラトゥーン』は、そういう「隅っこを塗る人」が陣地を拡大することも、チームにとって役立つようなシステム設計になっているのです。
 「やられるための初心者」ではなくて、「まだレベルは低いけれど、それなりに自分の存在にも意味がある」と実感できる。


 あまりみんなが見向きもしないような「隅っこ」にも、それなりに必要性がある。
 主戦場ほど注目されないし、ポイントも一度にたくさんは稼げないかもしれないけれど、そうやって、確実に自分の色を少しずつ拡げていくのも、けっこう楽しい。
 まあ、それで経験を積んでから、主戦場に挑戦しても良いわけですしね。


 長男の『スプラトゥーン』をみながら、「ああ、こういうネットに対するスタンスもありだなのだな」と考えていました。
 僕は中央でドンパチやるのにはあまり向いていないけれど、隅っこに、少しずつでも、自分の色を塗っていきたい。
 あえて誰かと、何かと闘わなくても、自分が生きていけるくらいの広さの場所は、たぶん、見つかる。

 いろいろありますけど、とりあえず、そんな感じで2016年のスタートです。


戦略がすべて (新潮新書)

戦略がすべて (新潮新書)

アクセスカウンター