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いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

藤子不二雄A先生が語った「藤子・F・不二雄の思い出」

参考リンク(1):笑ゥ80歳の“まんが道” (NHK「探検バクモン」)
(2014年11月29日の午前1時45分からと、12月2日の午後4時30分から、再放送あり)


11月26日の夜、NHKの『探検バクモン』に、藤子不二雄A先生が出演されていました。
もう80歳になられるのですが、元気一杯で作品を描き続けておられるA先生を観て、僕も嬉しかったのです。


この番組の最後に長年のパートナーだった、藤子・F・不二雄先生について、A先生が語っておられたのです。
きっと、感動的なエピソードが出てくるのだろうな、と身構えていたのですが、それは、こんな話でした。

マンガを描きはじめた頃、持ち込みで編集部に行くわけですよ。
最初の頃は、編集者に、とにかくボロクソに言われるわけです。
で、藤本氏(A先生は、F先生のことをずっとこう呼んでいるのです)は、怒って、その編集者から、原稿をパッと取り返して、帰っちゃう。
それで、ぼくはあわてて編集者に「すみません、すみません」って言って平謝りして、藤本氏を追っかけていく、っていう。
ほんと、二人だったから、よかったんですよ。
帰り道に、二人でその編集者の悪口を言い合って、なんでこのマンガのよさがわからないんだ、でも、自分たちのマンガの良さをわかってくれる人もきっといるはずだ、って。


A先生は、著書やインタビューなどで、F先生のことについて、たくさんの質問を受けています。
著書『78歳いまだまんが道を… 』(中央公論新社)のなかでは、F先生の「漫画家としての凄さ」を、こんなふうに語っておられるのです。

 漫画は頭で考える部分と、自分の実体験をふくらませる部分とがあります。もちろん、最初から最後まで空想で描く場合もありますが、ある程度現実が基になっていると、読者もリアルに感じて納得してくれるわけです。


「途中下車」の主人公のおじさんなんて、僕が現実に見た顔を絵にして描いたから、何ともいえないリアルな感じが出てると思うんですよ。読者も、ああ、本当にこういうことがあるかも知れないと。漫画に気持ちが入るというか。


 藤本氏はおそらく、全部、彼の想像力で考えていた。これは天才にしかできないことなんです。僕も最初はそうでしたが、だんだんと体験の部分が大きくなっていきました。最初はまったく同じスタートで出発した二人でしたが、次第に路線が分かれていった。トシをとるにつれ、経験をつむにつれ、二人の個性がはっきりしてきて別々の”まんが道”を進むようになっていったのです。


「漫画家論」としては、こちらのほうが意義深いと思われます。
 これに比べると、『探検バクモン』でA先生が語っていた二人のエピソードは、なんだか、すごくありがちな話だったんですよね。
 でも、だからこそ、まだ「何者でもなかった時代」の二人の支え合っていた姿が、見えたような気がしたのです。
 A先生にとって、いま語りたかったF先生との思い出がこれだったというのは、僕にはすごく印象的でした。
 そして、「お互いに高めあうとか、そういう立派な関係じゃなくても、誰かと愚痴をこぼしあえるというだけでも、『ふたり』って良いものなのだよね」と、あらためて思いました。
 自分ひとりだと、自分対世界、みたいに気負ってしまいがちだけれど、「仲間」がいれば、だいぶ、生きていくのがラクになる。
 もちろん、それが「馴れ合い」「傷の舐め合い」になってしまって、マイナスに働く場合もあるのだけれども、どんなに才能があっても、ひとりではできないこと、続けられないことって、たぶん、あるんじゃないかな。



参考リンク(2):【読書感想】78歳いまだまんが道を… (琥珀色の戯言)


78歳いまだまんが道を

78歳いまだまんが道を