いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

競馬男、『ウマ娘 プリティーダービー』と『ダービースタリオン』を語る。

ウマ娘 プリティーダービー』が盛り上がっているみたいです。

umamusume.jp

「みたいです」って書いたのは、僕自身は、このゲームアプリをダウンロードしたものの、「時間ができたら始めよう」と思いつつ、今まで全く起動していないから、なのです。

面白くなさそうだから、というわけじゃなくて、レース映像とか紹介しているサイトをみるとすごく楽しそうなんですけどね。

もともとソーシャルゲームはほとんどやらないし、スマホを手にすると、ついついSNSKindleを立ち上げてしまうんですよ。
僕にとっては、このブログを育成することがソーシャルゲームみたいだった時代が長かったこともあって。

まあ、最近は、自分なりに「ネット離れ」しようと足掻いてもいるわけですが。


nlab.itmedia.co.jp

この『ウマ娘』、なかなか評判も良いみたいで、あの楽天田中将大投手もハマっている!とかいう話も聞きましたし、その一方で、「女性蔑視」とフェミニストから批判され炎上している、という噂も流れていました(どうも事実ではなさそうですが。最近は「炎上捏造」でネタをつくる、なんてこともあるみたいで、もう何がなんだか、という話ですね)。


www.inside-games.jp


僕自身は『ウマ娘』という「実在の競争馬を女の子のキャラにして駆けっこをさせる」というアイデアには、「上手い!」「あざとい!」という感情とともに、ちょっと引っかかるところもあるのです。

ちょっと言葉にするのは難しいところはあるのですが、書けるだけ書いてみます。



この『ウマ娘』には、さまざまな名馬の名前を持った女の子キャラが出てくるのです。
 
そのなかのひとり(一頭)に「サイレンススズカ」がいます。

サイレンススズカが、秋の天皇賞で後続を大きく引き離して逃げ、間もなく府中の直線、というところで怪我をして、予後不良(ひどい怪我で生き延びることが難しい)と判断され、苦痛を与えないために安楽死させられたのが、1998年11月1日。もう、22年以上も前の話なんですね。そりゃ、僕も年取るよなあ。

僕はこのレースでのサイレンススズカの悲劇を、母親が入院していた病室で知りました。
その日、ずっと病室にいて、秋の天皇賞は家に帰ってゆっくり観るつもりだったのです。
夕方、競馬好きの後輩から電話がかかってきたのですが、何か様子がおかしい。
「どうしたの?」と訊ねると、「サイレンススズカが……」と絶句してしまいました。

サイレンススズカは、1998年の春シーズンの金鯱賞で重賞レースとしてはありえないような大差で逃げ切り勝ち、宝塚記念で初のG1勝ちを飾りました。
秋になって毎日王冠では、グラスワンダーエルコンドルパサーという名馬たちに、文字通り影も踏ませない逃げ切り勝ち。
秋の天皇賞の舞台である府中(東京競馬場)の2000mは直線が長く、コース形態からも逃げ切るのは難しいコースとされていたのですが、いまのサイレンススズカなら、その定説を覆して逃げ切ってしまうのではないか、と多くの競馬ファンは期待していたのです。
このレースでは、圧倒的な単勝1番人気に支持されていました。

「えっ、どうしたの? サイレンススズカ、負けちゃったの?」
サイレンススズカが、死んじゃいました……」
「は?」
「途中で故障して、予後不良、です……」

いまでも忘れられないのですが、そのとき、後輩に聞いてしまったんですよね。
「じゃあ、何が勝ったの? 2着は?」って。

僕はサイレンススズカの逃げ切りに期待しつつも、やっぱり府中で逃げ切りは難しい、という「競馬の定説」が頭にあって、サイレンススズカを外した馬券も買っていたんですよね。
それで、「サイレンススズカが馬券に絡まなかったのならば、高配当の万馬券を獲れたかも……」と、黒い期待をしてしまったのです。


僕は、あれほどの名馬の命よりも、自分の馬券のほうが気になる人間だった、ということを、自覚せずにはいられませんでした。

家に帰って、レースの映像を観ていたら、結末は知っているはずなのに、サイレンスズカ、このまま逃げ切ってしまうんじゃないか、と思いました。
もちろん、そんなことはなくて、最後の直線を前にして突然ガクッと身体が傾いて失速したサイレンススズカは、他馬の邪魔をしないように後続の馬群を避け、画面から消えていきました。

「まさに、沈黙の日曜日ーー!」

正直、リアルタイムで観ていなくて良かった、とさえ思ったんですよ。

ちなみに、馬券は外れていました。

勝ったオフサイドトラップと2着のステイゴールドは、どちらもヒモには買っていたんですが、当たらなくて残念、というよりは、こんな悲劇を前にして、自分の馬券が気になっていたことへの自責の念のほうが強かった。

サイレンススズカは、デビュー後しばらくは、自分の才能と走る意欲をもてあましているような馬だったのです。
心身の成長とともに「逃げ」という自分に合った先方を身につけ、世界を目指そうとしていたのに。

サイレンススズカを「女の子キャラ化」して、「あのゴールできなかった天皇賞の無念を晴らす!」みたいな触れ込みのゲームが、あのレースから1年後くらいに発売されていたら、僕は半ば呆れ、半ば怒り狂っていたと思うのです。

何が『ウマ娘』だよ、ふざけるな!ゲームの女の子キャラが何着になろうが、サイレンススズカは生き返られないし、その仔を見ることも絶対にできない。サイレンススズカの悲劇を、ゲームをドラマチックにするためのネタにするなんて最低だ、って。

名馬がレース中の怪我で突然命を落としたり、圧倒的な指示を集めていた馬が、伏兵にあっけなく負けたり、とんでもない人気薄の馬が激走したり。奇跡の復活を目の当たりにしたり。
競馬って、本当に僕のようなファンの予想を裏切り続ける。
2020年のジャパンカップのような「三冠馬3頭が、1着2着3着に人気通りゴールする」ようなレースのほうが珍しいのです。

でも、あれから20年以上が経って、僕も人間が丸くなったというか、いま『ウマ娘』でサイレンススズカのことをみんなが思い出したり、これまで競馬に興味がなかった人たちが、昔のレース映像をみて「こんなに凄い馬がいたのか」とか「競馬って面白いな」と感じてくれていたら、これまで僕が観てきた名馬たちの供養にもなるし、これからの競馬が続いていく礎にもなるな、と思えるようになりました。

せめて、ゲームの中でくらい、擬人化された女の子キャラとしてでも、サイレンススズカを、あの天皇賞でゴールさせてあげたい。
それもまた、競馬のひとつなのかもしれない。
オグリキャップナリタブライアン種牡馬としては成功できず、僕が見てきた人気馬・名馬の多くは、種牡馬としての血統は途切れてしまっています。それは悲しいことなのだけれど、オグリキャップハイセイコーも、人々の「記憶」では、ずっと走り続けている。

あらためて考えてみれば、「馬の擬人化」というのも、よしだみほさんが長年『馬なり1ハロン劇場』で描いてきたことではありますし。
ダイタクヘリオスダイイチルビーの仔は見ることができなかったし、「シルバーコレクターステイゴールド種牡馬としてここまで活躍するとは夢にも思いませんでした。「ブロコレ」ナイスネイチャ懐かしい。エガオヲミセテが火事で亡くなったときに描かれた、全くセリフがない回。同じ音無厩舎で「仲良し」だったユーセイトップランが激走し、最後にひとつだけセリフが書かれていたのをみて、僕は涙が止まらなくなりました。
「笑顔を、見せて!」


僕が競馬にハマったのは、ファミコンで『ダービースタリオン』で遊んだのがきっかけでした。
それまで、「競馬はギャンブル」ということで嫌悪感を抱いていたはずなのに、『ダビスタ』は、僕の心をわしづかみにしたのです。
そこには、誰にも邪魔されない、僕だけの「世界」があって、僕は現実の行き場を失ったとき、その世界に逃げ込むことでずっと救われていました。研修医時代に毎日打ちのめされてボロボロになって家に帰ってきても、僕の牧場は、変わらずにそこにあった。

ダービースタリオン全書』という攻略本があったのですが、その本には、登場してくる馬たちの血統に関する知識、ライバルたちとの物語がたくさん綴られていたのです。ゲームの攻略本というよりは、競馬入門みたいな内容でした。

それがきっかけになって、僕はテレビで競馬を観るようになり、JRA日本中央競馬会)の広報誌でもある月刊『優駿』を隅々まで精読し、当時、光栄(KOEI)や宝島社からたくさん出ていた競馬関連本を貪るように読みまくりました。
当時の僕にとってはハイセイコーやTTG(トウショウボーイテンポイントグリーングラス)やマルゼンスキーミスターシービーシンボリルドルフは「偉大な歴史」でしたし、この名馬たちが現役のときに、リアルタイムで見てみたかった、と思っていました。

いま、『ウマ娘』にハマっている人たちが、キャラクターの元になった名馬たちに興味を持ってくれるのならば、僕がリアルタイムで体験してきた「競馬史のドラマ」を、彼らは「過去の歴史の1ページ」として知っていくのでしょう。そして、あの頃の僕と同じように、「サイレンススズカのレースを、リアルタイムで観てみたかった」と感じるのではないだろうか。

あの秋の天皇賞の前までは、サイレンススズカの未来は、「世界」へと繋がっていたのです。少なくとも、競馬ファンのひとりとして、僕はそう思っていました。
サイレンススズカはあんな形で去ってしまったけれど、あのときの期待感は、あのときをともに生きてきた人間にしかわからない、たぶん。

いま、競馬の世界で仕事をしている人には、『ダービースタリオン』がきっかけで競馬にハマった、という人がたくさんいるのです。
その『ダビスタ』も、昨年末にニンテンドースイッチ版が出たのですが、正直、スーパーファミコンプレイステーション(1)の時代ほどの盛り上がりはありません。『ダビスタ』後に雨後の筍のようにさまざまなハードで競馬ゲームが出たのですが、家庭用ゲームとして続いているのはKOEIの『ウイニングポスト』シリーズくらいです。


僕は25年くらい、ずっと競馬が大好きで、これからも競馬が続いてほしいので、『ウマ娘』がきっかけで、たくさんの人が、実際の競馬や、競馬の歴史をつくってきた名馬や名騎手たちに興味を持ってくれたらいいな、と思っています。

その一方で、「よーし、サイレンススズカちゃんで、あの秋の天皇賞のリベンジだ!」みたいな気分には、やっぱりなれないんですよ。
20年経って、痛みは薄れたような気がするけれど、僕にとっては、あの悲劇は、あの悲劇こそが、「競馬」だった。
こんなにライトに、名馬たちが「消費」されてもいいのだろうか、とか、考えてしまうのです。
本当に、めんどくさい人間だと自分でも思います。

ダビスタ』が大ヒットしたときにも、当時の昔からの競馬ファンは「こんなの競馬じゃねえよ」と嘆いていたのかもしれないけれど。


fujipon.hatenadiary.com
(『ダービースタリオン』を開発した薗部博之さんのインタビューが収められています)

ダービースタリオン -Switch

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(「競馬本」のなかで何か一冊、と言われたら、この『銀の夢』をオススメします。オグリキャップを知らない人にこそ読んでみてほしい)

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