いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

武豊騎手の『吉野家』と、僕の家族の『すき家』


 1月8日に、関西テレビ制作の日曜競馬中継『競馬BEAT』を観ました。
 新年最初の放送ということで、特別企画として、武豊騎手に麒麟の川島さんがインタビューしていたのです。
 昨年末の有馬記念キタサンブラックで最後にサトノダイヤモンドに差されて2着に終ったことについて、苦笑しながら、「ルメールは日本語だいぶ上手くなってきたけど、まだ空気を読むということを理解してない(苦笑)」、藤田菜七子騎手へのコメントを求められ、「嫉妬しちゃいますね、人気だけは負けたくない……」など、この人が言うからこそ、冗談として成り立つ、という、さすがのサービス精神を発揮していました。
 乗ってみたい馬は?との問いにも「サトノダイヤモンドには乗ってみたいですね、キタサンブラックと使い分けてもらって」なんて、贅沢すぎます武さん。
 率直なのが絵になるのもこの人ならでは。若手騎手だったら、「とにかく依頼された馬を一頭一頭がんばって乗ります!」みたいな優等生発言をしなければならなくて、観ている側も「なんか面白くないな」で終わってしまうところなんですけどね。


 この番組のなかで、武豊騎手への質問として、最近プライベートでワクワクしたことは?というのがありました。
 フライデーされたネタとかを話しだしたらどうしよう、とか思ったのですが、さすがにそんなことはなく、武さんは、こんな話をしてくれました。
 今年は年男で48歳になる武豊騎手。

「騎手を31年やってきて、みんなが行っているところに自分は行く機会がなかった。ディズニーランドには26、7年前に行ったきりだし、吉野家にも入ったことがないんです。なんか、注文に約束事みたいなのがあるんでしょ?そういうのも不安で……」


 約束事、というのは、たぶん、「つゆだく」とか「ネギ抜き」とか、そういうスペシャルオーダー(?)のことなのだと思われます。
 僕はかれこれ20年くらい吉野家に通っていますが、並とか大盛とかの分量以外の「つゆだく」とかのスペシャルオーダーって、自分では頼んだことがないし、「つゆだく」をたまに耳にするくらいで、あんまりやっている人はいないのでは、という印象を持っているんですけど。
 

 それにしても、武豊騎手、吉野家には「一度も」行ったことないのか……
 騎手という職業柄、食事については厳しく管理していて、牛丼はカロリーが多すぎる、とかそういう理由なのかもしれませんが、話しぶりからすると、「自ら禁じている」というよりは「なんとなく入る機会がないまま、この年になってしまった」って感じだったのです。
 たしかに、体重管理をしなければならない人向きではないとは思うけれども。
 同じ時代を生きているはずの「40代男性」でも、食生活ひとつとっても、こんなに違うものなのだなあ。


 そうか、吉野家って、行かない人は、行かないんだよね……慣れていれば、店に入って「牛丼並一杯」って言うだけなのに。
 ……とか言うのは「その場に慣れてしまった人の言い分」なんでしょうね。
 僕も『ラーメン二郎』に行ったときにはけっこうがんばって、ネットで「予習」したのを思い出します。
 吉野家には、『二郎』のような殺気はないのに……って、『二郎』も慣れている人にとっては、「なんで敷居が高いとか言われるの?」って感じなんだろうなあ。


 そういえば、少し前に、あるテレビ番組で、昔アイドルだった人が「あの頃は電車にも自分で乗ったことがなくて、切符の買い方がわからなかった」と仰っていました。
 「そんなの世間の感覚から乖離している」と言うのは簡単だけれど、その人にとっては、それが「自分にとっての現実」だったわけで。


 昨年驚いたことのひとつが、家族で『すき家』に行った際、妻が「生まれてはじめて『すき家』に入った」と言ったことだったのです。
 それこそ、武豊騎手のような、若い頃からスーパースターだったら、牛丼屋に縁がない、というのも「理解できなくはない」のだけれど。


 家族で食事に行くときには、『すき家』を選んだことがなかった、ということでもありますよね。
 妻は、車を運転していて、ちょっとお腹が空いたな、ってときに、入ってみようかな、って思う機会はなかったのだろうか。ラーメン屋とかには、けっこう一人でも平気で入っているみたいなのに。
 『すき家』は、僕にとっては「最も手軽な食事をする場所のひとつ」なのに、妻にとっては「かなり敷居が高い場所」だったのです。
 牛丼を食べてひとこと。
「うーん、味が濃いなあ、量もけっこう多いし。よっぽどのことがなければ、もう食べなくていいかな……」
 正直、僕はあの牛丼を「味が濃い」と思ったことはないので(「薄い」とも思わないけれど)、そうか、そういうものなのか、と。
 

 同じ日本という国に住んでいて、同じ時代を生きていても、それぞれの人にみえている「世界」っていうのは、けっこう違うものみたいです。
 そういえば、昨年末に新宿に行ったとき、あまりの人の多さとともに、駅前で「私が書いた詩」を売っている人をみて、内心ものすごく驚いてしまいました。
 噂に聞いたことはあるけれど、こういう人って、本当にいるんだ!って。
 東京にお住まいのあなたは、「そんなのどこにだっているだろ、田舎者が!」とバカにしたかもしれませんが、だって、僕が住んでいる地方都市では、そんな人見たことないんですよ。
 ほんと、同じ日本に住んでいても、見ている、暮らしている世界って、それぞれ違うものだよなあ、って。
 むしろ、「日本語が通じる」というところで、最低限の「つながり」を維持している、というほうが正しいのかもしれませんね。


 まあ、そんなに深い理由とか事情はないのに、「なんとなく経験しないまま年を重ねてしまったこと」って、誰でもあるんだろうな、とは思うのですけど。


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