「そこまでやるのか、紀伊國屋!」
この記事を読んだときには、そう思いました。
こんな、ネット書店(主にAmazon)への嫌がらせみたいなやり方で、村上さんの新刊(しかも、「自伝的エッセイ」だそうじゃないですか、それはファンなら読んでみたいはず)をほぼ独占的に販売しようとするなんて。
そもそも、リアル書店のなかでは、紀伊國屋は「強者」なわけで、Amazonがリアル書店全体を脅かしている一方で、紀伊國屋などの大型書店が、地方の中型書店を駆逐しているのも事実です。
買う側とすれば、どこででも買えるのがいちばん良いに決まっています。
こんなやり方では、紀伊國屋がない、田舎のリアル書店じゃ買えないじゃないか!とも思う。
ただし、田舎住まい経験からすると、田舎の書店は、雑誌とマンガと文庫本がメインで、文芸書の単行本なんて、もともとほとんど置いてなかったりもするわけなのですが。
紀伊國屋も、商圏がかぶらない地域では、リアル書店に卸すでしょうし。
それにしても、よく村上さんの原稿取れたな、スイッチパブリッシング。
『はてなブックマーク』のコメントでは、紀伊國屋のやり方に対して非難する声が多いようです。
僕も「読者を不便にして、紀伊國屋というブランドイメージを犠牲にしてまでやることなのか?」と思います。
ただ、そう思われることは、紀伊國屋の側だってわかっているはずです。
紀伊國屋って、ネット通販や電子書籍に関しても、かなり早い時期から力を入れていますから。
にもかかわらず、こんなことをやるのは「とにかく、リアル書店に来店してほしい、Amazonで「指名買い」するだけじゃなくて、書店で本に囲まれる楽しさを思い出してほしい、というような狙いと危機感があるのでしょう。
この村上春樹さんのエッセイ1冊で時代の趨勢が変わるとは思えませんが、紀伊國屋としては、「試行錯誤」の一環なのでしょう。
考えてみれば、レンタルビデオ店には「TSUTAYAのみ!」という作品が少なからずあり、コンビニ各社もプライベートブランドを売りにしています。
「TSUTAYAのみ!」もかなり感じ悪いものではありますが(でも僕はTSUTAYA会員なので、それで困る、ということもないのですけど)、「商売」あるいは「他社との差別化のための戦略」としては、アリかナシかと言われれば、「アリ」ですよね。
買う人の利便性を考えて、ローソンでセブンゴールドの商品を売るべきだ、というのは、さすがにムチャだと思うし。
(ただ、村上春樹作品に関しては、セブンゴールドと違って、紀伊國屋が自社開発したものではありませんが)
そもそも、紀伊國屋だって、いくら村上春樹作品とはいえ、9万部を買い切りにするのは、リスクを伴います。
10万部はおそらく売れるとは思うけれど、これがあっという間に売れて、増刷分はAmazonに流れる、ということになれば、「独占効果」そのものが怪しくなるし、増刷分もすべて買い占めていくとすれば、在庫が溢れるようになるまで続けないと、あまり意味がない。でも、そうなると、多くの在庫を抱えることになってしまう。
「本を手にとること」への回帰を促しているのだとは思うのですが、これって本当に「対Amazon」なのだろうか?とも感じます。
むしろ、「対Amazon」を旗印に、リアル書店のなかでのイニシアチブを握る、というのが本当の狙いなんじゃないかな、という気もするのです。
「生き残るべきリアル書店」の選別を考えているのかもしれません。
「ネット書店脅威論」をよく見かけるのですが、いまの時点でも、日本で売られている本のうち、Amazonのシェアって、10数パーセントくらいだと思われます(その推測の根拠は、上記リンクの記述を参照してください)。
もちろん、かなり大きな数字ではありますが、全体からみれば「圧倒的」とまでは言えません。
リアル書店で本を買わなかった人が、Amazonだったら大量に購入するようになる、ということでもないし、「わざわざAmazonで買わなければならない本」を読む人は、そんなに多くないのです。
ずっと家で仕事をしている人でもないかぎり、「出かけたついでに、リアル書店で買う」ほうが、簡単で、すぐに読める。
もちろん、これから電子書籍が普及してくる可能性は十分にありますが、電車でスマートフォンをいじっている人の多くがソーシャルゲームやTwitter、LINEをやっているのをみると、それらの娯楽から、Kindleが時間を奪うのは、なかなか難しいことなのではないか、とも感じます。
ネット書店であろうが、Kindleであろうが、結局のところ、「本好きの人が、読む形式を変えて読む」だけなのかもしれません。
ちなみに僕は、この村上さんのエッセイ集はリアル書店で買います。紀伊國屋にしか売っていなければ、紀伊國屋の近くに用事があるときについでに。
『本屋大賞』の候補にもなった、吉田修一さんの『怒り』が、上下巻あわせて、これまで16万部。
ということは、上下巻が同じくらい売れたとして、各8万部くらい。
10万部というと、初版の時点で、この文芸書としてはかなりよく見かける作品よりも多い部数が出るのです。
実際のところ、いくら村上春樹さんの本といっても、いまの日本で文芸書10万部って、そうそう売れるものじゃないはず。長篇の新作じゃなくて、エッセイだし。
「紀伊國屋だけ」どころか、「中型以上の書店なら、どこにでも置いてあるレベル」「TSUTAYAに平積み」くらいじゃないと、10万部は売れない。
もし売れ残ったら、紀伊國屋としても悲惨なことになります。
蓋を開けてみれば、「どこにでも、普通に売っている本」「わざわざAmazonで買う必要もない本」になる可能性が高いと思います。
下手すると、「紀伊國屋がAmazonに流さざるをえなくなる」のではないかと。
本当に「買い占め」するのなら、増刷なしの限定1万部、紀伊國屋でしか販売しない、というくらい徹底しないと、効果は乏しそう……
個人的には、こういうきっかけでも、たまにはリアル書店を覗いてみてほしい、のですけどね。
紀伊國屋の商売のやり方はさておき、リアル書店には、Amazonとは違った面白さがあるから。
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