いつか電池がきれるまで

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狭い世界での「権力者によるパワハラ・モラハラ・セクハラの複合攻撃」について

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 はあちゅうさんの告発を読んでいるだけで、僕も息をするのが苦しくなってきました。
 僕がこれまで体験してきたのは、主にパワハラモラハラで、明確なセクハラを受けたことは記憶にないのだけれど。
 いまの日本では、男性がセクハラを受ける割合は少ないだろうし。


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 ヨッピーさんのツイートにもあるように、こういう狭い世界での「権力者によるパワハラモラハラ・セクハラの複合攻撃」みたいなのは、電通に限ったことではないと思います(ごめん、保身に走って「思います」って書いたけど、正確には「ないです」)
 

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 僕の知りあいの劇画原作者から、聞いた話を書いておきます(あくまでも伝聞です。そういうことにしてください。彼の話の内容とは一部変えてあります)。

 ある田舎の病院に、優秀な医者がいました。
 その科はキツイことで知られており、新しく入ってくる医者は少ないのですが、必要不可欠の診療科であり、各病院では引く手あまたの存在です。
 その優秀な医者は、診療面では腕が立ち、患者さんの評判も良いのですが、ある問題を抱えていました。
 彼は「自分の部下の女性に、手を出すのが趣味」だったのです。
 それは、移動中のボディタッチや、飲み会でのハラスメント、相手によっては、それ以上のこともありました。
 でも、結局のところ、彼のその「困った行為」はさんざん問題になりながらも、彼自身が断罪されることはなかったのです。


 もちろん、被害に遭った女性のなかには、医局の上司や病院の偉い人に訴えた人もいました。
 彼には再三の「警告」が与えられましたが、クビはおろか、異動にさえなりませんでした。
 「あいつの下に、女性を配属するな」ということには、なったみたいですが。


 いまちょうど還暦くらいの世代には、口では「コンプライアンス」とか「セクハラの根絶」なんて言いながら、「日頃のストレスを職場の女性や飲み会のセクハラで晴らすのは仕方が無い(俺たちの時代はそうだったんだから)」という人が少なくないのは「男だけの酒席」での話を聞くとよくわかります。
 「一昔前の某病院の宴会は、乱交パーティーみたいだった。ストレスの多い職場だからねえ」なんていう「武勇伝」も、よく聞きました。


 彼がなぜその「警告」程度の処分で済んだのかというのは、上の世代の危機意識の欠如とともに、仕事においては、彼はまちがいなく「必要不可欠の存在」であったこともあるのです。
 その病院で大きな収入源となっていた治療ができる専門医は数が少なく、引く手あまたなので、そんな田舎の病院にあえて行きたがるような医者は彼以外にはいません。
 彼がいなくなれば、その医療行為そのものができなくなります。病院経営的には、大きなマイナスなのです。
 結局のところ、経営側と医局の打算によって、彼の地位は守られていたのです。
 「若い女のひとりやふたり、セクハラの犠牲になろうとも、病院のためには、あの人がいてくれたほうがプラスだ。代わりの専門医のアテもないし……」
 「問題が表面化して、医局の評判が落ちては困る。あいつを動かすと、ほかにあの病院に行きたがるヤツなんて、いないしな」


 「説得」「懐柔」されたのは、むしろ、被害者のほうでした。


 「まあ、先輩でもあるし、事を荒立てたら、君のためにもならないから。仕事も教えてもらってるんだろ?」
 「はっきりした態度をとらなかった君の側にも、責任がないとは言えないだろう?」


 この医者は、たぶん、「わかっていた」のです。
 「自分は、ここにいれば、いや、ここにいればこそ、守られる」ことを。
 もし同じ治療ができる医者がたくさんいて、後がまを探すのが簡単な都会の病院であれば、切り捨てられたのは、彼の側だったかもしれません。
 医局も、彼を異動させて、問題を拡散させるより、その田舎で飼い殺しにすることを選びました。


 彼のターゲットになったのは、いわゆる「いい女」ではありませんでした。
 ルックスではなく、自分が手を出したときに、拒絶しない、あるいは、拒絶したとしても、それを大声で周囲にいいふらしたりしない、おとなしいタイプや医局の後輩など、抵抗しづらい女性を選んでいたのです。


 こういう人は、「相手がかわいいからやる、好きだからやる」のではありません。
 「自分の権力を背景に、おとなしい女性に言うことをきかせるのが快感だからやっている」のです。
 「この相手、いまの状況なら、自分が切り捨てられることはない」と計算しながら、「危険なゲーム」を楽しんでいるだけです。


以上が、知りあいの劇画原作者さんの話です。


 狭い世界で「権力」を握ってしまうと、自分のやりたい放題がどれだけ許されるのか、試してみたくなる人というのが存在する。
 そして、その人が「替えのきかない存在」だと、周りも「とりあえず自分が被害を受けているわけでもないし、仕事はできる人で、組織には必要だから」という理由で、その人を守ってしまうことがあるわけです。
 ……って、きれいごとを言っていますが、僕だって、身近にそんな上司がいたら、「告発」するかどうかは疑わしい。
 それであいつがいなくなったら、代わりにお前がその検査や処置をやってくれるのか?なんて言われたら……とか思うと、腰が引けてしまう。
 今回の「告発」も、対象者が「電通」という大きな組織から独立したからこそ、可能になったのではないか、なんて、邪推もしている。


 あらためて思うのだけれど、僕は、いや、世の中の多くの人が、こういう「異常な(ところがある)人」がつくった広告に魅了されてしまうものなのだよなあ。
 ジョン・ラセターさんに対するセクハラ告発などは、今でもずっとモヤモヤしている。
 この人がやったことは、受けた側にとっては紛れもないセクハラであり、客観的にみてもセクハラなのだけれど、本人はにとっては、親愛の情の表現でしかなくて、カリスマだからだれも注意しないうちに、どんどんエスカレートしてしまったのかもしれないな、とは思う。
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 子どもたちに(親たちにも)愛される素晴らしい作品をつくってきた人だけに、なんでこんなことになってしまったのかなあ、と嘆息せざるをえない。
 ある程度の規模の会社勤めをしている人であれば、宴会などで、酔いにまかせてセクハラ行為をする人を見たことがあるのではないか。
 本人は「コミュニケーション」だと信じていて、周りの親しい人たちも「あの人くらいになると、いやらしくないんだよね」なんて言っているのを聞くのもスッキリしない。
 ただ、50代、60代になってから、これまで当たり前にやってきたことが「やってはいけないこと」だと理解していくのは、けっこう大変だろうな、とも思う。


 この件に対して、はあちゅうさんの名前に反応して彼女を責めるのは間違っている。
 だが、はあちゅうさんが、「恋愛のカリスマ」として、サロンなどで自分の信奉者を囲い込んでいるのをみると、人というのは、自分の負の経験を自分の代で断ち切ることは難しいのではないか、とも感じるのだ。虐待の連鎖とか、部活の「伝統のシゴキ」とか。
 嫌だった親の言葉が、自分に乗り移ってきて、それを子供に投げつけてしまったとき、僕は死んでしまいたくなった。
 だが、そんな言葉でさえ、「受け継がれてしまっている」のも紛れもない事実なのだ。


 僕は恋人でもない女性を呼びつけて自分の仕事を見守らせたり、褒めさせたりするのは、何が楽しいのかよくわからないし、自分に関わる人間を増やしたくもない。とか言いながら、こうして不特定多数の「めんどうな人」とつながる可能性があるブログとか書いているのだから、脇が甘いし、隠者にもなれないのだろうな。セクハラに縁がないのは、たまたま、そういう人間に生まれついてしまっただけなのだ。いや、自分ではそう思っているだけで、「あのセクハラ野郎」と思っている人もいるのだろうか、空気読めないし。その一方で、「あのいくじなし」と何度もバカにされてきたのかもしれない、とも感じている。
 他人の心の声なんて、聞こうとしないほうがいい。
 

 世の中には、人格的には最低最悪なのだけれれど、素晴らしいコンテンツを作ることができたり、仕事で凄い能力を発揮したりする人がいて、一緒に働くのはまっぴらごめんだが、社会全体としてはメリットが大きい、という人がいる。そういう怪物をどう扱うべきなのか。
 岸さんだって、僕が聞いた話の医者だって、「ハラスメントをしなければ、良い仕事ができない」わけじゃないとは思うのだ。
 彼らの能力を利用しようとして、行状を黙認してきた人たちにも、責任はある。
 ということは、僕にも責任はあるし、もし、「誰もがいいなりにならざるをえないような権力」を自分が持っていたら、同じことやるかもしれない、という不安もあるのだ。僕は無能で、自信がないから、やらないだけなのではないか。いや、そんなふうに考えることが、ああいう行為を本人や周囲の人に「特別な人間に与えられた特権」だと勘違いさせてしまっているのかもしれない。
 あるいは、本人たちにとっては、「ああいう形の愛情表現」というのが、本当にあるのではないか。コンテンツとしての「歪んだ愛情表現」は、世界に満ち溢れている。


 狭い世界で、「自分のワガママが許されてしまう環境」に置かれても平常心でいつづけるというのは、本当に難しい。
 早期発見、早期対応できれば、被害者が受けるダメージも少なくなるし、加害者も軌道修正しやすいはずなのだけれど、「そのくらい我慢しろ」って、思ってしまうのだよね、被害者も、周囲の人も。


 うまくまとまらないのだけれど、まとまらないまま、書き留めておく。


セクハラの誕生: 日本上陸から現在まで

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