いつか電池がきれるまで

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永世7冠! 羽生善治さんが語ってきた「5つのことば」


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 羽生さんすごい、すごすぎる……

 羽生棋聖はこれで竜王を通算7期獲得。連続5期か通算7期以上の保持者に与えられる「永世竜王」の資格を手にした。羽生棋聖はこれまで名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖のタイトルで永世称号の資格を得ていた。将棋界の8大タイトルのうち、永世称号の規定がない叡王戦をのぞく7つのタイトルすべてで永世称号を獲得する偉業となった。羽生棋聖に次いで永世称号獲得の多い棋士大山康晴15世名人と中原誠16世名人の5つ。


 1996年に将棋界で初めて7大タイトル独占を成し遂げた羽生棋聖。これでタイトル獲得数も通算99とし、こちらも前人未踏の100の大台に王手をかけた。


 20年前の「7大タイトル独占」のときにも、そんなことができる人間がいるのか、と驚愕したのですが、今回の「永世7冠」もすごい!
 天才たちが集まる将棋界のなかでも、羽生さん世代は多士済々なのに、そこでタイトルを独占し、すべて永世称号まで獲得してしまうんなんて。
 正直、「7大タイトル独占」は、瞬間風速というか、一瞬のきらめきでも、うまく噛み合えば、不可能ではないかもしれない(逆に、どんなに強い人でも、それこそ現在の『ponanza』でもないかぎり、実力だけではなく、タイミングとか運も絶対必要だと思います)。
 その後も、羽生さんは、ずっと第一線で戦って、結果を出し続けてきた。
 全部のタイトルをこれだけ長く保持しつづけるというのは、羽生さんの「息の長い強さ」も示しているのです。
 僕は子供の頃、『将棋入門』という本に「将棋はスポーツ」と書いてあるのをみて、鼻で笑ってしまったのですが、将棋というのは、長時間盤の前に座って、考えつづける「体力」「気力」が必要なのです。
 棋士が「いちばん強い年齢」について、ある棋士がこう仰っていました。

 ちなみに将棋のタイトル戦において、年上の挑戦者が年下のタイトルホルダーに勝ったという例は、過去1割にも満たない。一般的に将棋が一番強い時期は、体力と棋力が充実している20代後半から30代前半と言われている。
 私を含めてほとんどの棋士は、40歳を過ぎたあたりから、考え続ける体力や記憶力が衰え、成績も下降線をたどることになる。将棋界において時計が逆回転することはまずありえないのだ。


 これは、羽生さんの長年のライバルの一人、森内俊之さんの言葉です(『覆す力』(森内俊之著・小学館新書)より)。
 その森内さんは、2017年、46歳で、名人戦の挑戦者決定リーグのA級から陥落したのを機に、名人戦を「引退」し、フリークラスに転出することを発表しています。
 森内さんの場合は、「早すぎる」という声も多かったのですが、森内さん自身が、限界を感じたからこその決断だったのでしょう。
 大山康晴さんのように、69歳で亡くなるまでA級に在籍していた棋士もいましたが、コンピュータが積極的に活用され、どんどん若手が進化していく現代の将棋界は、新陳代謝も速くなっているのです。
 ちなみに、2017年12月現在、名人位に就いている佐藤天彦さんは29歳です。


 羽生さんという偉大な天才が、コンピュータが人間の棋士の強さを乗り越える時代を生きていることに、なんだか不思議な巡り合わせも感じます。


 前置きが長くなってしまいましたが、僕は将棋関連の本を読むのがけっこう好きなのです。
 僕自身は、けっして強い将棋指しではないのですけど。
 そんな僕が読んできた、羽生さん自身の著書、あるいは、羽生さんが大きく関わった本のなかで、印象に残っている羽生さんの言葉を5つ紹介してみたいと思います。





(1)『どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?』より
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「将棋と人生は別物。『遊びは芸の肥やし』は遊ぶための口実に過ぎない。『将棋は技術』と割り切っている。」



(2)『決断力』より

決断力 (角川新書)

決断力 (角川新書)

 以前、私は、才能は一瞬のきらめきだと思っていた。しかし今は、十年とか二十年、三十年を同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている。直感でどういう手が浮かぶとか、ある手をぱっと切り捨てることができるとか、確かに個人の能力に差はある。しかし、そういうことより、継続できる情熱を持てる人のほうが、長い年月で見ると伸びるのだ。
 奨励会若い人たちを見ていると、一つの場面で、発想がパッと閃く人はたくさんいる。だが、そういう人たちがその先プロになれるかというと、意外にそうでもない。逆に、一瞬の閃きとかきらめきのある人よりも、さほどシャープさは感じられないが同じスタンスで将棋に取り組んで確実にステップを上げていく若い人のほうが、結果として上に来ている印象がある。
 プロの世界は、将棋界に限らず若いからといって将来の保証はまったくない。確かに、年齢が若ければ集中力も体力も充実している。だからといって、その人に明るい未来があるかの保証はまったくないのだ。
 奨励会を抜け出すのも大変だが、たとえば、タイトル戦に四、五段の人が出ようと思ったら、予選で若手同士でつぶし合わなければならない。勝ち上がってもA級が待っている。それを全部勝たなくてはいけない。層の厚さという点で、私のころとはかなり状況が違う。やっても、やっても、やっても、結果が出ない……そういう状況だ。しかし、そういう中でも、腐らずに努力していけば、少しずつでもいい方向に向かっていくと思っている。
 やっても、やっても結果が出ないからと諦めてしまうと、そこからの進は絶対にない。周りのトップ棋士たちを見ても、目に見えて進歩はしていないが、少しでも前に進む意欲を持ち続けている人は、たとえ人より時間がかかっても、いい結果を残しているのである。



(3)『結果を出し続けるために』より
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 私は小学二年生のときに将棋道場に入ったのですが、実は最初の二〜三ヵ月間は一度も勝てませんでした。
 道場に入ると、普通は8級くらいからスタートします。しかし、そのときの道場の席主が、私があまりに弱いので、毎回昇級して励みになるようにと、15級という通常にはない級を作ってくれて、そこからスタートしたのです。弱すぎて相手もいないので、その席主がずっと駒落ちで相手をしてくれていました。


 毎週土曜日に、その道場に通っていたのですが、日曜日にはNHKの将棋対局の放送があります。私は、席主にずっと先週の将棋放送の話をしていました。誰が対局して、どういう展開になって、どちらが勝ってという話を、延々としていたのです。
 席主は、その放送をすでに見ていたにもかかわらず、私が将棋に興味を持つように、毎回ちゃんと話を聞いて、受け止めてくれました。それもあって、最初はまったく勝てなくても、道場で将棋を指すことが本当に楽しくなりました。
 昇級、昇段のたびに名刺大のカードをいただき、それを大きな励みにして将棋を続け、少しずつ上達していきました。そしてだんだん強くなっていって、勝つことが増えていき、それが自信につなかっていったのだと思います。


 結果を出し、自分の道を進むためには、「これをやっていこう」と決めたことに対して、自分のペースで少しずつハードルを上げながら課題をクリアしていくこと。自分の予想通りにならないことを楽しむこと。少しずつ新しいことにチャレンジして、日々新しい発見をしていくこと。
 そして何より、続けることです。



(4)『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』より
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(羽生さんの講演の一部です)


 もうひとつ、ミスにミスを重ねてしまう理由として、「その時点から見る」という視点が欠けてしまうことがあると思います。
 将棋でいえば、先の手を考えていくときには、過去から現在、未来に向かって一つの流れに乗っていることが大切になってきます。「こういうやり方でいこう」とプランを立てたら、その道筋が時系列でちゃんと理屈が通っていて、一貫性があるのがいい。ところがミスをすると、それまで積み重ねてきたプランや方針が、すべて崩れた状態になるわけです。
 すでに崩れてしまったのですから、それまでの方針は一切通用しない。そのときやらなくてはいけないのは、「今、初めてその局面に出会ったのだとしたら」という観点で、どう対応すればよいかと考えることです。それが、「その時点から見る」ということです。
 実際の対局では、ミスをすると、ついついその場で反省と検証を始めてしまいがちです。もちろん、同じミスを繰り返さないために反省と検証は大切です。でもそれは、対局が終わってからでいい。ミスをした直後には、とにかく状況を挽回し、打開するために、その盤面に集中しないといけない。「こうしておけばよかった」などと過去に引きずられずに、「自分の将棋は次の一手からはじまる」と、その場に集中していくことです。これはもう本当に、意識的にやらなければうまくできないことだと思います。



(5)『人工知能の核心』より
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 実のところ、勝負の世界では、ベストだと思う手法が通じるかどうかは、常に皆目わからないものです。しかし、そういう局面でこそ、経験値は活きてきます。
 そのときに大事なのは、実は「こうすればうまくいく」ではなくて、「これをやったらうまくいかない」を、いかにたくさん知っているかです。取捨選択の「捨てる方」を見極める目こそが、経験で磨かれていくのです。
 その意味で、これまでに遠回りをした経験の積み重ねも、決して無駄にはならないと思っています。喩えて言うなら、経験によって“羅針盤”の精度がだんだん上がっていくイメージです。経験の積み重ねが、年を経るなかで自分に「こっちにいくとうまくないぞ」と教えてくれて、確実な方向性が見えてくるのです。




 僕は羽生さんの著書や対談集のほとんどを読んできたのですが、「現代日本の最高の知性のひとり」である羽生さんの言葉に、突飛なものってほとんど無いんですよね。
 あたりまえのことを、あたりまえにやること、自分の足元をしっかり見据えることの大切さを、羽生さんは語り続けているのです。
 最初の「将棋と人生は別物」なんて言葉には、ゾクゾクしてしまうのですが。
 これまでの「なんでも人生に結びつけてしまう偉い人」に「そんなわけないだろ!」と堂々と言い放っているわけですから。
 羽生さんにこんなこと言われては、「無頼派」はたまらないだろうなあ。
 将棋界にも、無頼派は少数になってきてはいるのですが。


 ずっと前を向いて、努力と研鑽を持続すること、小さな目標を、ひとつひとつクリアしていくこと、失敗したときは、反省するよりも、まず目の前で起こっていることに適切な対処をすること、そして、「思い入れ」や「先入観」を捨て、「いま、ここがスタートの状況だったら」と考えてみること、「失敗」こそが経験として活きるということ……
 羽生さんは、つねにわかりやすい言葉で、誠実に話す人なんですよね。
 「わかってはいるんだけど、実行するのは難しい、食事療法と運動療法によるダイエット」みたいなところもあるのですけど。


 最後に、僕にとって、最近いちばん参考になった、羽生さんの言葉を御紹介して終わりにします。


番外編(『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』より)
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「負けてあげてください」
 羽生善治は「子供に将棋を教えるコツ」を尋ねられた際には、そう繰り返し言明している。強い親から、必ずしも強い子が育つとは限らないのが将棋である。逆にいえば、弱くて、子供に負けてしまうような親であっても、それは子供に自信と素晴らしいきっかけを与えている、ということになるだろう。


 子供相手とはいえ、「わざと負けてあげる」なんていうのは、かえってやる気を削ぐのではないか、とか考えていたのですが、素直に負けてあげればいいのか!
 とか言っているうちに、本気で自分の子供と対局しても負けそうという悲しい現実……



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人工知能の核心 (NHK出版新書)

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