これを読みながら、考えていたのです。
僕も「何者にもなれない人間」であることに悩みつつ、その一方で、自分を限界まで追い込むような努力もせずに生きてきて、もう40歳も過ぎてしまった。
以前、こんな文章を書いたことがあります。
fujipon.hatenadiary.com
このときの僕は40歳手前くらいだったので、まだ20代前半くらいで「何者にもなれなかった」と嘆いている冒頭の増田さんには、「まだ時間があるじゃないか」と言いたくなるところもあります。
ただ、僕にだって時間はあったし、他の大部分の人だって、そうなのだと思う。
所詮、「みんなが認める『何者か』になれる人」なんて、そんなに大勢はいないのだし、運とか巡りあわせみたいなものもある。
最近、こんなニュースがありました。
www.asahi.com
これに対して、ネットの反応をみていると、そのなかに、「奨励会(プロ棋士養成機関、そのなかで勝ち抜いた人だけがプロになれる。ちなみに奨励会員は無給)に年齢制限があるのはおかしい」、あるいは「まだプロ編入試験という道もあるし、あきらめずにがんばってほしい」というものがありました。
僕は将棋の棋士に子供の頃憧れていて、今でも将棋の本を読むのが大好きなのですが、この里見さんへの励ましをみて、なんともいえない気分になったんですよ。
里見さんは、女性棋士のなかでは卓越した実力者で、奨励会でもプロ棋士になれる四段まであと一歩の三段までやってきました。病気で奨励会を休会しなければ、いままで女性には破れなかった壁を最初に超えていた可能性が高い人だったと思います。
「夢」や「プロになる資格」に、年齢制限が必要なのか?
(「編入制度」という例外規定があるとはいえ、これはさらに「狭き門」です)

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たしかに、年齢制限がなければ、彼らはずっと「夢」を追うことができるかもしれません。
でも、奨励会員は基本的に無給だし、次から次へと、若者たちがプロを目指して入ってきます。
晩成型の棋士だっているかもしれないけれど(実際に、若い頃にプロになる夢に破れ、一般企業に就職したあとにアマチュア棋戦で活躍し、プロに編入した人もいます)、いつまでも、その夢にしがみつくことができるというのは、「将棋しかできず、プロとしてやっていくには実力がたりない、社会に適応するのが難しい人たち」を大勢生み出すリスクもあるのです。
他の道ならば、その地頭の良さを活かして活躍できる可能性は十分にあるのに。
正直なところ、「夢を年齢制限で諦めさせるシステム」というのが正しいのかどうかは、僕にはわかりません。
でも、才能や伸びしろに乏しい人が「夢を追っている自分自身の美しさ」に、ダラダラと依存してしまうのは、けっして良いことばかりではないのです。
自分自身で「見切りをつける」のは難しいこともある。
個人的には、里見さんのような立場の人は、女流棋士として活躍しながら編入の道を目指すのも有りだと思いますが。
前置きのつもりの話が、長くなりました。
これから、「結果的に、何者かになってしまった」人(あるいは会社)の本を10冊ご紹介します。
世の中には、「野心に燃えて、自分を限界まで追い込むような努力をして、『なるべくして、何者かになった』人」がいる一方で、「自分がやりたいことをやり続けていたら、『何者かになれてしまった』、あるいは、自分にやれそうなことをなんとかやっていたら、『いつのまにか、何者かになっていた』という人もいます。
ここでは、『何者かになれてしまった』『いつのまにか、何者かになっていた』ものを選んでみました。
(1)phaさん
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「日本一有名なニート」のphaさん。
「ニート」=「働いていない人」というイメージだけで全否定するのではなく、「もっとお金がかからない暮らし方」を考えるという意味でも、この本はけっこう参考になります。
phaさんの場合は、「日本での『ニート』を自ら再定義した」というのが大きいような気がします。もう、「ニート」じゃないような気もするんですよね。「勉強法」の本も上梓されているし。
(2)ヨッピーさん
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ヨッピーさんは、もともと『オレイズム』というテキストサイトをやっていた方なんですよね。
同じ時代から個人サイトを運営してきた僕としては、あの時代の「お金になるなんてことは想像もせずに、ただ書きたい、読んでもらいたい、という謎の情熱」を持ち続けていることが、ヨッピーさんの凄さなのかな、と思います。
「なんでお金にならないことをするんだ?」って言う人は多いけれど、世の中には「楽しいからやっている」という人がたくさんいて、そういう人の「突き抜けた『好き』」が、時代の波に合って、結果的にお金として評価されることもある。
ヨッピーさんの話はすごく面白いのだけれど、「一般人が真似することが可能か」で考えると、まだ、ブログサロンの人とかのほうが、現実的ではないか、とも感じるんですよ。
(3)星野源さん
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さすがに星野源さんをここに入れるのはおかしくない?という声が聞こえてくるのですが(空耳?)、星野さんは、「生活へのプレッシャー」からの逃避としてエンターテインメントの世界にはまり、いっそのこと自分がそれを作る側として生きていこうと決意したと仰っています。
そういう意味では、星野さんは「生活コンプレックス」をうまく昇華させ、社会的に成功している人なんですよね。
もしこれでミュージシャンや作家、役者として成功していなかったら、どうなっていたんだろう、それこそ、今の僕と似たようなものだったのでは……とも想像してしまうのですけど。
(4)シブサワ・コウさん
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縁というのは不思議なものです。
それまで全く別の業界で会社を経営していたシブサワさんは、マイコンに惹かれてはいたものの、当時は高価なもので、なかなか買えなかったのだとか。
そこで、「誕生日にマイコンをプレゼントしてくれた」のが、奥様の恵子さん。
30歳のときの、このプレゼントがなければ、『信長の野望』や「光栄」は世に出なかったかもしれません。
営業職の経験はあり、ひととおり社会人として接待などもこなしてきたものの、銀座で飲むより新しいゲームをつくっていたかった、というクリエイター気質のシブサワさんと、多摩美大を卒業していて、アートのセンスがあり、経営についての知識と、自分たちのやり方を貫く度胸があった恵子さんの組み合わせは、まさに、絶妙といえるものでした。
(5)家入一真さん
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家入さんは、何か「新しいことをはじめる」ことへの情熱と勘は、ものすごく優れているのだけれども、「ダメな人」「成功に安住できない人」なんですよ基本的に。
でも、周囲からみれば「放っておけない人」「助けてあげたくなる人」なんだと思う。
そして、すごく「やさしい人」。
ただ、この本を読んでいると、家入さんの「やさしさ」というのは、「別れが見えている恋人に、言い出せなくて結論をズルズル引き延ばしてしまう、そんなやさしさ」のようにも感じます。
同じ「IT起業家」でも、ワーカホリックな藤田晋さんや政治力が高い三木谷浩史さんのような人が勝ち残り、家入さんが転落していくというのは、当たり前といえば当たり前なのだけれど、結局世の中はそういうものなのだよな、と思うと、ちょっと寂しくもあります。
(6)大槻ケンヂさん
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サブカルな人になりたいと思って自分学校で一生懸命に自習している人が陥りがちなんですけど、色々な本や映画、ライブ、お笑い、演劇を見ているうちに、それを受容することばかりに心地よさを感じてしまって、観る側のプロみたいになってしまうことってよくあるんです。
だからといって、批評、評論の目を養うわけではなく、それこそツィッターやミクシーに「今日はそこそこよかったなう」とかつぶやくだけで満足してしまう。それでいてチケットの取り方だけは異常に詳しい……みたいな。そういうのを「プロのお客さん」というんです。
色んなライブを観ました、色んな映画を観ました、でも「じゃあその結果、君はどうしたの?」と聞かれると「え? いっぱい観たんですけど……何か?」で終わっちゃう。もちろん、そういう生き方もあると思いますけど、自分も表現活動をこれからしていこうというサブルなくん、サブルなちゃんは、プロのお客さんになっちゃいけませんよ。
映画を何本観た、本を何冊読んだ、サブカルになりたいならばその結果、受容したものを換骨奪胎し、自分なりの表現としてアウトプットすることが重要です。それが稚拙であろうとクオリティが低かろうと、まずは自分で何かを表現してみるということが第一歩ですから、もう一度言いますね。プロのお客さんになってはダメです。
ああ、耳が痛い……
(7)たかぎなおこさん
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イラストレーターになりたいと夢だけ抱えて上京したものの、仕事もない、お金もない、知り合いもほとんどいなかった。バイト情報誌を片手にドキドキふわふわ暮らしていた20代のたかぎさんが、デビュー作『150cmライフ。』を描くまでのエッセイマンガ。同種の「女性作家の売れるまでのエッセイマンガ」としては、さくらももこさんの『ひとりずもう』という傑作があるのですが、たかぎなおこさんや益田ミリさんの自伝的な作品を読んでいると、世の中には、「本人はそんなに気合が入っていなさそうなのに、いつのまにか売れてしまう人」っているのだなあ、と思うのです。例外、ではあるけれど。
(8)古川亨さん
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著者の古川亨さんは、1954年生まれ。
アスキー出版取締役、マイクロソフト株式会社社長、米マイクロソフト副社長を経て、現在、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の教授として勤務されています。
いわば、日本のマイコン、そしてパソコン(しかし、いつからマイコンはパソコンと呼ばれるようになったんでしょうね、ちょっと疑問になってきた)の歴史を最前線でつくってきた人なのです。
その古川さんが、コンピュータに魅せられ、新しい技術と向き合いながら、「コンピュータを仕事にすること」と「コンピュータ業界の黎明期に活躍していた、面白い人々」について、丁寧に、そして愛情たっぷりに語っておられるのが、この本なのです。
(9)丹道夫さん(『富士そば』創業者)
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丹会長は、最初から「富士そば」で成功したわけではなく、連れ子として苦労した末に東京に出たものの、身体を壊してしまったり、不動産事業は成功したものの、仕事に面白みを感じられなくなってしまったりと、何度も挫折を経験しているのです。
働けない寂しさも、働きすぎるつらさも、両方知っている人なんですよね。
それが「富士そば」のスタッフに対する絶妙な気配りにつながっているのではないかと思います。
(10)海洋堂
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この本を読んでいると、初期の海洋堂には、現在のような大きな、ちゃんとした会社になるという野心があったようにも思えないのですよね。
今では信じられない話だが、初期の海洋堂の商品は、ボール紙の箱にマジックで手書きの商品名を書いただけのものだった。一個何千円もするようなキットをそんな状態で売っていたのだから、いい度胸をしていたというか、中身には自信があったというか……
マニアたちが「つくりたいものをつくって、それが売れたら御の字」という、殿様商売だったのです。
だからこそ、当時の海洋堂には勢いがあったし、金銭的な見返りがなくても、すごい技術を持ったマニアたちが集まってきたのでしょう。
人が他者から認められる「何者か」になるためには、実力だけではなく、タイミングや縁、運といった要素も大きいのだと思います。
若いころの堀井雄二さんと同じ能力の若者がいまのテレビゲーム界にあらわれても、堀井雄二と同じような存在にはなれないだろうし。
スポーツでもメジャーな競技とマイナー競技とでは、「世界トップレベル」でも注目度や競技環境は全く異なります。
もちろん、メジャー競技では競争も激しいのですが。
その一方で、仕事で「本当にすごい人」を間近にみていると、この人は、他の仕事をしていても、成功していたんだろうな、と感じることが多いのですよね。
ただ、ひとつだけ言えるのは、なんのかんの言っても、打席に立たなければ、ヒットもホームランも打てない、ということです。
「成功か死か」みたいなレベルじゃなくて、自分なりの「何者か」になれればいいのに、という人は、この10冊のうちに1冊くらいは、肌に合うものがあるのではなかろうか。
「夢が持てる」とか「何者にもなれる可能性がある(と信じられている)」時代というのは、ありがたいし、幸せなのはわかる。
でも、それを追い求めない選択だって、たぶん、あっていい。
「プロのお客さんとして、人生を楽しむ」という選択も悪くないと個人的には思うし、そういう人がいればこそ、世の中は回っているのですけどね。
しかし、僕もやっぱり、往生際が悪い。

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