いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

SMAPファンじゃない中年男が『SMAP×SMAP最終回』を観て思ったこと

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録画で追っかけ再生開始。
冒頭、西山喜久恵アナウンサーの沈鬱な喋りを聞いていると、『スマスマ』って、バラエティ番組なんだよね……これじゃ追悼番組にしかみえないよ……と、観るかどうか迷ってしまいました。
だいたい、メンバーは誰も生出演しない「最終回」って、これ実質先週の「タモリさん回」が最終回みたいなもんだろ、と思いつつ。
森且行さんがいる「6人SMAP」からスタートして、2ヵ月で森さん脱退しちゃったんだなあ。


稲垣吾郎さんが不祥事で活動自粛になったときの映像で、4人でコンサート(っていうか、5人でやるところをいきなり4人バージョンに変えるのって、すごく大変だったはず)に臨むところや、「4人でやります」と言ったときの客席の反応など、当時は知らなかったことがザクザクと。
そもそも、稲垣さんは駐車違反をしただけで、その後、人が集まってきたので「別の場所に移動して話しましょう」と警察の人に言ったのがうまく伝わらなくて、揉め事みたいになってしまった、ということみたいなんですよね。
不起訴処分にもなっています。
事件のことは知っていても、そんな事実も知らないまま「稲垣メンバー」なんてネタにしていたのを思い出して、胸が痛みました。
こういう事例って、少なからずあるんでしょうね。


稲垣吾郎さんがひさしぶりに復帰した際、涙の稲垣さんに、みんながしんみりしているところで、中居さんが「また時間あるみたいだから、もう1曲いきますか」と言って、流れてきたのがアップテンポでノリノリの『SHAKE』。客席のファンも大喜び。
なんかこれ、めちゃめちゃカッコいいんですけど。


ああ、でもこういう「5人の絆」みたいなものを見ると、懐かしさとともに「こんなにいい感じだった5人も、一緒に仕事で番組やコンサートをやるのもイヤになっちゃうくらい、こじれてしまうこともあるのが人生なんだな」とか、いちいち考え込んでしまうところもあるんですよね。


番組を観るまでは「本人たちが出演しないで、VTRだけでつくられた『総集編』なんて、最終回としての仁義に反する」とか思っていました(というか、今でも「いきさつはさておき、顔くらい見せるべきだったのではないか」とも思っています)。
でも、もし現状のSMAP5人の雰囲気のなか、こういうVTRを流してもけっこう微妙な空気になりそうだし、「稲垣吾郎さんの件」など、メンバー不在だからこそ、ここまで突っ込んで放送できるのかな、とも感じたんですよね。
どうしても、本人たちがいれば、「触れにくいこと」「美化せざるをえないこと」もあるのだと思うけれど、いないからこそ、「SMAPの歴史」をある程度俯瞰して、客観的にまとめられた。


番組にマイケル・ジャクソンが登場したときのメンバーの表情なんて、「人は本当に驚いたときにこんな顔をするのだな」と。
中居さんが、何度も何度も「マイケルジャクソン?」「マイケルジャクソン?」って誰にともなく繰り返し、マイケル登場に驚いた香取さんが木村さんにしがみついて唖然としているのも、なんだか現状を考えるとせつない。
稲垣さんの「ほんとやりづらかったよ〜」には笑った。


草彅さんの謹慎も、もう7年前になるのか……
あれって、今から考えると、みんな面白がっていただけで、謹慎までするようなことじゃなかったような気もするなあ。
草彅さんが復帰の挨拶をしたあと、木村さんがちょっと強めに背中を「ドン!」って叩くんだよね。
ほんとにさ、なんで解散、なんてことになっちゃったのかねえ。
逆に、最初からビジネスライクな「仕事仲間」だったら、こんな形での解散にはならなかったのかもしれないね。


東日本大震災のあとも、『SMAP×SMAP』では、ずっと、番組の最後に支援を呼びかけていたんだよなあ。
SMAPっていうのは「スターであることによって課せられた天命」みたいなものに、ものすごく誠実に従ってきた人たちなんだと思う。
まあでも、大変だよね。車でコンビニに寄っただけで、「ええーーっ!」って言われちゃうんだもの。
ETC慣れしていないのも、けっこう笑ってしまいました。そりゃそうだよね。
SMAPだったら、ゲーセンもそう簡単には行けないのか。
旅館で付け届けを渡す中居さん。しっかり者感満載。
カラオケで自分たちの曲をグダグダと歌いまくっているのも観ていて楽しかった!


ファンにとっては、本人たちの不在が物足りないかもしれないけれど、とくにファンというわけじゃなかった僕にとっては、「SMAPという現象」をまとめあげた、たぶん、本人たちがいないからこそつくることができた、素晴らしいドキュメンタリーだったと思います。
あんまり「感動」ばかりを与えようとせず、笑わせてくれるところもたくさんあったし。
ファンじゃなくても楽しめて、それぞれの「時代」を思い出さずにはいられませんでした。
西山喜久恵さんのお通夜の葬儀社の人みたいな進行は、西山さんのせいじゃないんだけど、結果的に蛇足だったような。
こういうのって、感情を押しつけられると、反発してしまう。


草彅さんが、2009年の謹慎から戻ってきたときのステージで、しみじみとこう言っています。
「いざこう離れてみると、普通にSMAPでいられることが、すごく幸せで、僕にとって大きなことだった」
観終えて思ったんだけれど、一緒にやりたくないから最終回も出なかったのではなくて、最後に微妙な雰囲気になっている5人を視聴者に見せたくなかったから、記憶のなかのSMAPを「楽しいもの」のままにしておいてもらいたかったからこそ、生出演は無かったのもしれない。
どちらが正解かなんてわからないし、「けじめ」はつけたほうがスッキリするところはあるだろうけど、僕としては「5人が楽しそうにしているところだけ、覚えておけばいいかな」とか思いました。
みんな悪いことして逮捕されたわけでもないし、どこかでまた交わることだって、無いとはかぎらないしさ。


あっ、最後にちょっとだけめんどくさいこと言ってもいいですか?(イヤって言われても言うけど)
エンディングでSMAPのメンバーと制作スタッフがひとりずつ並んで写真撮影をするようなシーンが続いたのですが、こういう「内向きな感じ」が今のフジテレビの問題点だと思うのです。これが公開収録で、ファンの前での最後の『世界にひとつだけの花』だったのならともかく、非公開での収録+スタッフとの記念撮影というのは、スタッフは嬉しいだろうけど、視聴者、とくにファンは完全に「置き去りにされている」。
これは、ファンじゃない僕でさえ、けっこう残念に感じました。
むしろ、歌い終わったあと、あの白い幕が下りて終わりで、よかったのでは……


観終えて、なんだかけっこう素直に、寂しくなったな、と思いました。
僕みたいな、SMAPのファンじゃないオッサンでも、テレビの向こうにSMAPがいる人生は、いない人生より、たぶん、少しだけ楽しかった。


ありがとう、SMAP


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