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いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

ブログの「面白さ」って、何なのだろう?

anond.hatelabo.jp
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novtan.hatenablog.com


ブログの「面白さ」って、何なのでしょうか?
僕は基本的に「普通のことを普通に」しか書けないので、綿密な調査に基づく渾身のエントリや文体の魔術を駆使したようなエントリを見ると、圧倒されてしまうのです。


uniunichan.hatenablog.com
d.hatena.ne.jp


牛丼屋の卵とかコンビニのくじとかお茶漬けの作り方とかで、口に糊してすみません……という気分にもなります。
広告も貼っているし、最近、あんまり読まれていないな、と思うと芸能界の話やブログ論に首を突っ込んでしまう。


お金のためにブログをやっているわけでもないし、お金がもらえなくなってもやるだろうとは思うけれど、「ちょっと休もうかな」と思ったときに「でも、とりあえず開けておけば、少しだけでもお金もらえるからな」という気分になることはあります。
僕は基本的に、1年に1ヵ月くらいは、ブログを閉鎖したくなる人間なのですが、「店を占めたら、売上ゼロだしなあ」とか。


fujipon.hatenablog.com


書きたいことは、この上記エントリで書き尽くしてしまった感もあるのだけれど、今のブログ、とくに個人ブログの世界では「面白い」という概念にパラダイムシフトが起こっているのではないかと思のです。
「こんなのつまらない」と遠慮なく罵倒できるコンテンツに「価値」が生まれてきています。


僕はけっこういろんなブログをみているのですが、地味でもすごく感銘を受けるものが少なからずあるのです。
なるべく、そういうものをブックマークしたり、ツイートで広めたりしているつもりです。


はてなブックマーク』のホットエントリをみていると、僕には興味が持てない記事に、いつも同じ顔ぶれの知り合いがブックマークをしている、いわゆる「互助会」や炎上エントリを叩く記事と、『はてな』肝いりの「スポンサー記事」が目立っています。


最後のはまあ、致し方ないとして(『はてな』がいきなり倒産しては困るし、食べ物の話は、僕も嫌いじゃないし)、傍からみていると、「つまらないサイトを叩く記事」をよく書いている人も、本当に自分が書きたくて書いているエントリはあまりブックマークしてもらえず、しょうがないな、と書いている「批判記事」ばかりがクローズアップされていて、ちょっとかわいそうだな、と感じることもあるのです。


ブログをやっていて痛感するのは、自分の記事が他人にとって「面白い」かどうかなんて、結局のところ、自分自身にはよくわからない、ということなんですよ。
もちろん、ある程度長い間やっていれば「このあたりが鉱脈だろう」という感覚はあるし、金鉱を掘り当てる確率は上がってくるのだろうけれど、百発百中には程遠い。
だからこそ、書いている側にとっても「面白い」ところもあります。


きっと僕が書いたものを「面白い」と思ってくれている人って、そんなにいないと思う。
でも、ゼロではないはず。そう信じたい。
わからないから、「自分にとって面白いもの」を書くしかない。


あらためて考えてみると、あの「PV報告」とか「仲間内でイチャイチャしている」なんていうのは、僕にとっては激烈につまらないのですが、それを書いている人、好んで読んでいるたちにとっては、僕が書いている冗長なエントリより、よっぽど「面白い」のでしょうね。
夜中にコンビニにたむろして、ヤンキー座りをしてダラダラと話している若者をみると、「そんなの何が楽しいんだよ、さっさと帰って寝ろよ」と思うのですが、彼らにとっては「それこそが楽しい」のです。
外国のバラエティ番組で、観客がバカ受けしているのをみて「これ、何が面白いの?」って思うのと同じで、「違ってあたりまえ」なんだよね。
だから、こちらの「面白さ」を押しつけてもしょうがない。
そもそも、他人のブログに「つまらないからやめろ」と言う資格は誰にもありません。
ただし、「見ない権利」はあります。
念のために申し添えておきますが、「水素水の効果」を撒き散らしたり、佐藤優さんの新書の一章を丸パクリするようなエントリには、僕も断固として「退場」を要求するけれど。


そもそも、彼らに対してムカつくのは「(自分にとっては)つまらないエントリなのにPVが多い」とか「(やたらと)ホットエントリに上がってくる」という点なのですが、それらに対しては、もうどうしようもないのです。
システム上、それが「セーフ」になってしまっているのだから。


はてな』だって企業なのだから、稼げる方向にシフトするのは当然で(でも、『はてな』はそのなかでは比較的良心的なんじゃないかな、たぶん。けっこうグレーゾンなものでも分け隔てなくホットエントリに載せているし)、いまの「ブログ斜陽時代」のなか、サービスとして生き残るためには「稼げる可能性があります!」というのは、協力な売り文句になるだろうし。


ひとりのブログを書いている人間として、現実的にできるのは、自分自身が面白いと思うエントリを書き続けるか、面白いと思うブログを紹介し続けるかしかありません。


「つまらないものを叩く」のは爽快だし、僕もときどきやりたくなるけれど、負の連鎖を生むだけだし、多くの人には「やっぱり個人サイトって不毛だな」という印象しか残さない。
お前らのコンテンツは、殴り合いだけなのか、と。
最近、殴る方も殴られる方も、なんだか同じように見えてきているのです。


最近は、ある程度知られている個人サイトのほうが、より「ビジネスライク」になっていて、『デイリーポータルZ』とか『しらべえ』のような「企業サイト」のほうが、「規模や人脈を活かして、個人の趣味を突き詰めたエントリ」を公開し、「みんなには言いづらい個人的なぼやき」は『はてな匿名ダイアリー』に向けられているのです。


もう、要らないんじゃない?個人ブログって。


そもそも、「拝金ブログ」や「ウェーイブログ」を叩いているのも、ある程度の基盤を持った「中堅以上のブログ」で、そこでは、「叩き」がコンテンツになっています。
本当に状況を改善しようと思うのであれば、自分が面白いと思うエントリを公開するか(って言っても、それがまた世間からはスルーされちゃうんだよね)、面白いと思うブログを紹介するほうが「王道」でしょう。


ただ、「つまらないと言っても異論が出ないようなブログをつまらないと断罪する」というのは、けっこう「面白いコンテンツ」でもあるのです。
たぶんそうなんだと思う。
でもそれは、「つまらないブログ」や「腹が立つブログ」が無いと、成立しない。
かくして、「どうしようもないブログ」ほど、叩くためにピックアップされて拡散され、さらに人々を失望させる、という悪循環。


たぶん、昔からやっている人のブログの「面白さ」の概念と、最近入って来た人の「面白さ」って、違ってきているのではないかと思うんですよ。
論争しても、議論に「実り」みたいなものを求める人たちと、仲間内で「うんうん」って頷きあっていれば、それで楽しい、という人たちと。
どちらかが偉いとか正しいじゃなくて、これはもう、文化的背景の違いなのです。
「個人にしか書けないこと」にこだわる人たちは、「ウェーイ系」からすれば「チラシの裏にでも書いとけ!」だろうし、「仲間内の共感」を重視する人たちは、古参からすれば「LINEでやれよ!」なのです。


概観すれば、『はてな』ではまだ人間の「情念」みたいなものを描いたエントリが大ブレイクすることがあるし、「互助的ブックマークでホットエントリ化するブログ」は。ホットエントリ入りしても、実際にはあまりクリックされなくなっているようです。
そりゃそうだよね、ユーザーもそんなにバカじゃない。
一度「スカスカおせち」みたいなのを食わされたら、そこにまた注文しようとは思わない。


僕は、「PV報告系」や「互助会系」のブログが嫌われる最大の原因って、「面白くない」ことよりも、「態度がやたらとデカいか、慇懃無礼」なことだと思うんですよ。
あるいは、読んでいる人への配慮が足らず、「俺が俺が」ばかり言っていること。
本当に面白かったら、「シェアしてください」なんて言われなくても、紹介するって。
仲間内でばかり盛り上がっていると、新参者は入り込みにくくなって、悪事以外では、外部への拡散力は落ちてしまいます。
誰がああいうフォーマットを教えたのか知らないけれど、本当に顧客の心をつかみたいのなら、「私のことは二の次で、まずは、あなたのためにお役に立ちたいんです!」っていう「フリ」くらいしてみせるのが、サービス業の基本だと思うのです。
このあいだも、大ブレイクしたあと、「釣り宣言」をして、あっさり消えてしまったブログがありましたが、僕は内心、「それ、竿を上げるの早すぎ!」と思いました。そういう意味では、あの人は「悪性」では無かった気がします。
きっと、あまりの反響の大きさに、混乱してしまったのだろうな。
本当の嘘つきは、自分自身にさえ、本当のことを言っていると信じさせてしまう。


恩田陸さんが、こんな話をされています。
ダ・ヴィンチ」(メディアファクトリー)2005年10月号の恩田陸さんと鴻上尚史さんの対談記事より。

鴻上:たぶん、チェーホフは役者も選ぶんだよね。小津さんの映画と同じで。シェイクスピアは少々下手な役者がやってもそこそこ観られるものになるんだけど、小津作品もチェーホフも、名優たちがやんないと目も当てられないから(笑)。あ、今その話をしながら、今回ぜひ聞きたかったことを思い出したんだけど、恩田さんって、物語ることが好きなの?


恩田:好きというか、ストーリーというものに興味があるというか……。私には、ストーリーにオリジナルなんかないという持説があって。つまり、人間が聞いて気持ちいいストーリーというのは、ずっと昔からいくつかパターンが決まってて、それを演出を変えてやってるだけだと。でも、昔聞いて面白いと思ったストーリーは今でもやっぱり面白い。それが不思議で面白いから小説を書き続けている、という感じなんですよね。


鴻上:つまり、同じパターンなんだけど演出を変えるというところに今の作家の使命があると?


恩田:そうですね。だから、私は新しいことやってますという人は嫌いなんです。それはあなたが知らないだけで、絶対誰かが過去にやってるんだからと。以前、美内すずえさんのインタビューをTVで見ていたら、『ガラスの仮面』は映画の『王将』が下敷きになっていると。で、今なぜ自分は漫画を描いているかというと、小さい頃、一生懸命夢中になって観たり読んだりしたストーリーを追体験したいからだと。それは、すごく共感したんですよね。


恩田さんほどの「クリエイター」でさえ、こう仰っているのですから、世の中に「自分にしか書けないこと」なんて、たぶん、そんなにたくさんはないんですよ。
あるとすれば、自分の日常生活とか、食事の内容とか、家計簿とか、まさに「日記」です。
頭の中で考えた「自分にしか書けないこと」を書こうと思ったら、年に何度かしか更新できない(あるいは、一生できないかもしれない)。
逆に、「コピー&ペーストしなければ、『他の人と全部同じ』にはならない」とも言えるのだけれど。


とりあえず、それぞれの人が、それぞれの「面白いと思うもの」を大切にしていくしかない、と僕は考えています。
そして、「集合知の時代」は、もう、終わりつつあって、「キュレーターの時代」が、またやってくるのではないかと。


maname.txt-nifty.com


僕も、これからまた「個人ニュースサイトの時代」への揺り戻しが来るのではないか、という気がしているのです。
食べログ」が研究され、対策をとった者が有利になるのなら、信頼できるコンシェルジュに任せたほうがいい。
「個人ブログ」は、絶滅への道を辿るのだろうか。


なるべく、「自分にとっては面白いもの」を出し惜しみせずにいきましょうよ。
人生、そんなに長くはないんだし。