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いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

いま、僕が「インターネット」について語っておきたいこと

fujipon.hatenablog.com


d.hatena.ne.jp



id:p_shirokumaさんへ


このエントリは、ものすごく個人的な手紙でもあり、だからこそ、ある種の「一般論」みたいなものにもなっているのではないかと思います。


上記のp_shirokumaさんのエントリを読みながら考えたことについて、けっこう率直に書いてみます。
僕自身が、「はてなダイアリー」の黎明期に体験してきたこと、実際に何度かブログを休止したり閉鎖したりしたことの大きな理由は、僕自身にあるのは間違いありません。
「ナイーブ」であるとか「ネットの世界を甘くみている」というのは、僕自身の特性でもあり、地味な人生をおくってきた人間が、ネットのなかのごくごく狭いステージでも、「自分で好きなことを書いて、話を訊いてもらえる場所」を持ってしまったことによる舞い上がりがあったというのも事実です。


でもね、僕にとっての当時の記憶と、p_shirokumaさんの現在からの回顧は、やっぱり、「違う」。
違うのが当然なんですけどね。

 でも、実際に「グルになったはてな村の連中」はどれぐらいいたのでしょうか?
 
 
 私も、日常的に厳しいコメントを書く「はてな村」の古株達と似たようなコメントを書いていたかもしれないけれども、グルだったつもりはありません。当時、「はてな村」には私に近い価値観を持ったアカウントも多く、私のコメントはしばしば周囲と類似しましたが、別の局面では私が批判される側にまわり、また別の局面では彼らの幾人かを私が批判しました。

 
 私は過去の「はてな村」にネガティブな思い出とポジティブな思い出を想起します。後者のひとつが、グルにならずに「批判しあえる空間」だったと思ってます。


 当時のp_shirokumaさんは、僕にとってはまぎれもなく、「グルになって水に落ちた犬を打ち据えて『これが娑婆世界だ!』とかのたまう、あちら側の人」でした。
 ネットに慣れていない人、言葉が過ぎてしまった人、急にアクセスが増えて、舞い上がってしまった人、炎上している人を擁護した人を「血祭り」にあげて、「これがネットの正義だ」と。
 僕は別に間違ったことを正しいというつもりはありませんでした。
 ただ、僕自身にとって間違っていることに対しては、声を荒げることもあったし、感情的になることもありました。
 当時の「ネットの正義」に対しては、「そこまでやらなくても良いんじゃない?」と感じるようなことが、すごく多かった。


 p_shirokumaさんは、彼らの主要メンバーとオフ会などもされていましたし、長年、「あちら側」だと、僕には見えていました。
 エントリのなかで、「私はotsuneさんにこのような記事を書いています」と仰っていますが、それはこの記事ですよね。

d.hatena.ne.jp


僕はこのエントリの主旨に賛同しますし、それまでの経緯を考えれば「よく書いたな」とは思いました。
ですが、正直なところ、「子供のころ一緒にイジメに参加していた人が、大人になって偉くなってから、『俺、昨日あいつにガツンと言ってやったから、昔もイジメに参加していないってことで」と言い訳しているようにしか感じません。
2013年って、otsuneさんの影響力は昔ほどはなくなっていて、p_shirokumaさんはすっかり「文化人枠」じゃないですか。
そんなの、ずるいよ。


「俺たちはグルになってなんかいない」「個人の考えで『批判』しているんだ」「言論の自由だ」というのは、昔から、他者をバッシングする人たちの常套句でした。
彼らは、別にメールでいちいち相談してネガコメを書いているわけではなかったはずです。
でも、僕はそういう言い逃れが、大嫌いでした。
彼らは「容赦ない罵詈雑言を浴びせることが許されるトリガー」となるキーブックマーカーが動くと、「これは叩いていいんだ」と追従し、嬉々としてひどいコメントを書き散らし、書き手の人格を貶めていきました。
そもそも、キーブックマーカーたちは、自分たちがそのトリガーであることを、理解していたはずです。


「批判」とか「議論」なら、受けて立ちますよ、ある程度までは。
でもさ、数があまりに多くて、あまりに個々の内容に個性がないと、どうしようもないんです。
「1対1で対応しろ」って言われても、物理的に無理。


 僕がネットでイヤだったのは、「名無し」という人々が、ただひたすら「そんなことを言うお前は、責任を取れ!」「そんなのじゃ責任を取ったことにならない!」と押し寄せてきた挙句に、相手がサイトを閉鎖したり、ひどいときには自殺してしまった場合には「閉鎖することはなかったのに……」「死ななくてもよかったのに……」とか、掌を返していくことでした。
 少しの罪悪感くらいは抱かないのか?
 今で言うと、ツイッターのリツイートとかは「流れ」をつくるツールであるのと同時に「いや、発言したのは自分じゃなくて、ただリツイートしただけだから……」「俺の発言を、真偽も確かめることもなく、リツイートする連中のリテラシーの問題」というように、「誰も責任を取らずに、他者を追い込むことができるツール」でもあるんですよね。
 なんかわけのわからない顔の見えない、悪意のかたまりのような存在に囲まれているような気がするんですよ、「炎上」している側は。


 まあ、このへんは、僕のなかで、自分寄りに偏見ができあがってしまっているところも大きいのでしょうけど、昔の『はてな』の闘技場を「グルにならずに『批判しあえる空間』」だと認識していたのは「そちら側」だけだったのではないか、と思うのです。
 そんな立派なものじゃなかったですよ、「こちら側」からは。
 

 当時、ブックマークコメント非表示にしなかったのは、僕自身のなかで、「こういうブックマークコメントをつけられている人(僕)をみて、みんな、『ああ、自分だけじゃないんだな』と思ってくれればいいな」っていう「意地」「生贄」みたいな気持ちもあったのです。
 ほんと、今になってみれば、なんでそんなに気負ってたんだろう、という感じですが。

私は現代のインターネットのほうが危険だと思っています。


 これに関しては、僕も同感です。
 昔の『はてな』でのトラブルなどは、最悪、サイトを消して逃亡すれば、まず、それ以上の問題は起こらない。
 今は、ちょっとした愚行が、「一生ものの傷」になりかねない。
 ただし、「現代のインターネットのほうが危険」だからといって、「昔のインターネットで起こっていたこと」が正当化されるべきでもない。
 結局のところ、「インターネットで、他者を弄んだり、揶揄したりすることで『メシウマ』とか言っている人たちの文化」は、生き残り続けており、そのルーツが、あの時代にあるのだから。
 それが人の本性、なのかもしれないけれど、本性なら、何をやっても良い、というわけでもありません。
 

 その一方で、いまのインターネットは変わってきている。
 ある意味「薄まってきている」のです。
 そして、「棲み分け」が行われつつある。


 『ウェーイ系』とか「アフィリエイトやPVのことばかり書いている人」を、僕は好みません。
 しかしながら、彼らや「ごく普通の、リアル友だちとだけSNSでやりとりをしている人たち」が多量に流入してきたおかげで、『はてな』は変わりました。
 いや、おそらくこれは、ネットの世界全般の変化だと思う。


『角川インターネット講座 (4) ネットが生んだ文化誰もが表現者の時代』の序章に、川上量生さんが、こんな文章を書いておられます。

 ユーザー視点に立ったインターネットの歴史とは、現実社会に住む人々から分化して、ネットに住むようになった人々の誕生と発展の歴史であり、さらにはインターネットの拡大により、いったんは現実生活の住民から分かれたネット住民が、再び現実社会の住民と交わり、文化的衝突を起こした歴史であるともいえる。

 このことをわかりやすくたとえる方法として、私は「ネット新大陸」という造語をよく使う。「ネット新大陸」とは、現実社会とは別の仮想現実の世界としてインターネットを理解するということである。そうすると、元々われわれが住んでいた現実世界のことは「旧大陸」とでも呼べばいいだろうか。そしてインターネットの発展の歴史とは、現実世界=旧大陸から新しく発見された仮想世界=ネット新大陸へつぎつぎと人々が移住してゆき、人間の勢力圏を拡大していった歴史であると考えるわけである。

 ネット新大陸へは、どんなひとが移住したのだろうか? 早くから移住をしたのは、旧大陸の中でも進歩的な考え方ともった知的エリート、というわけではまったくなかった。むしろ旧大陸になじめない人々が最初のネットへの移住者の中心だった。旧大陸になじめないとは、つまり、現実社会において居場所がない、ということである。そういう人々がネットに居場所をもとめて移住をしてきたのである。彼らをここで「ネット原住民」と呼ぶことにする。一方で、ネット原住民に遅れてネット新大陸に入植してきたひとたちがいる。彼らのほうは「ネット新住民」と呼ぼう。

 ネット原住民とネット新住民とはなにが異なるのか? 決定的な違いは旧大陸との関わり方である。ネット原住民はもはや旧大陸の移住者ではなく、元からネット新大陸に住み着いた人間として振る舞う。ネット原住民は旧大陸で居場所がなかったから、ネット新大陸では生まれ変わった人生を過ごしている。彼らは旧大陸を海の向こうにある自分たちとはまったく無関係な別世界として考えていて、ネット新大陸では旧大陸と違う独自のルールがあると思っている。いわば別の国の住民なのだ。一方で、ネット新住民のほうはネット新大陸を旧大陸の延長で考える。社会制度や人間関係も旧大陸のものをそのまま新大陸にもち込みたがるのが特徴だ。そしてネット原住民のほうは土地私有の概念がなくネット新大陸は巨大な共有地だと考えるが、ネット新住民のほうはSNSに代表されるように自分が生活するネットを境界で区切ろうとする。両者は同じネット新大陸の住民でありながら根本的に価値観が異なり、相容れない。


 まずネット文化を理解するための前提として、現在のネットには先にこの大陸に移住してきた「ネット原住民」とあとから入植してきた「ネット新住民」とがいて、彼らの間に大きな文化の違いが存在することを知っておかなくてはならない。なぜならネット上での軋轢のほとんどは、この古くからいるネット原住民と、それに対して勢力を拡大しつつある新住民の文化的衝突であるとみなせるからだ。


 川上量生さんが語っている、「ネット原住民と新住民との葛藤」が起こり、その結果起こってきた変化のひとつは、「もう、ネットウォッチャーが常に傍観者でいることはできなくなった」ということでした。
 なんのかんの言っても、僕たちは「ネット原住民」なんですよ。
 我々は、我々なりのプライドをかけて小競り合いをしているけれど、「ウェーイ系」の人たちは、「この人たち、学者でも評論家でもないのに、なんでこんなに『たかがネット内でのいざこざ』に、熱くなってるの?」と冷水をぶっかけてきます。
 「ウォッチャー」がすぐに絶滅することはないだろうけど、彼らもまた、新住民にとっての「見世物」であることから、逃れられなくなった。
 一方的に「私刑」を行ないつつ「グルじゃないですよ」と言うことは、難しくなった。
 「名無しさん」というのが「個人においては全く無力だけれど、集団になったら最強」というのは、変わらないんですけどね。
 ただ、SNSなどで「個人を表明する場所」を持ってしまった人たちは、もう、「名無しさん」にはなりづらいのではなかろうか。
 「捨てアカウント」みたいな形で荒らしをする人はまだいるけれど、誰かが、個人の力で「炎上」を引き起こそうとすれば、その人が、かえって燃えてしまうリスクもある。
 ネットでは、何でもできるようになって、そして、何をやるのも簡単ではなくなった。


 ある意味、どこから矢が飛んでくるかわからない世界なのですが、今、ようやく僕は、p_shirokumaさんが仰るところの、『ヨーロッパユニバーサリス3(EU3)』の1プレイヤーになれたのではないか、と感じています。
 「原住民」からは裏切り者と呼ばれ、新住民からは「過去の遺物」だと認識されているのでしょうが、そこにしか居場所がないのだから、致し方ない。
 誰かにとって大事な居場所を「面白半分」とか「茶化す」ことが目的で奪おうとする連中よりは、仲間内で「ウェーイ」とかやっている人たちのほうが、はるかに無害です。
 少なくとも、僕にとっては。

私は、fujiponさんのブログが自由で救われているのは、ネット環境や「はてな村」の空気の変化によってではなく、あなた自身の変化と練達によるものではないか、と疑っています。なぜなら、ずっとfujiponさんのブログを眺め続けている私には、ブログの安定度がずっと高くなっていると感じられるからです。


 これに関しては、前のエントリで書いた「周囲に呆れ、飽きられている」というのも含めて、仰るとおりだと思います。
 僕はたぶん運がよくて、10年前のメンタルでいまの『はてな』をやっていたら、あっという間に炎上ブロガーとして短い生命を終えていたはずです。
 「基本的に、他者に対してネガティブな言及はしない」ようにもしています。
 興味本位で採りあげただけで、悪口は書いていないつもりでも、批判だと受けとられることもあって、言葉というのは難しいな、と再確認している毎日ですが。


 昔からやっていたからこそ、僕自身にも成熟と開き直りの機会と時間があった。
 大学時代からブログをやっている若者とかをみて、「時間がいっぱい残っていて、うらやましいな」と思うのですが、僕には、たぶんそういうブログライフは、向いていなかったでしょうね。


 これだけ長い記事なんで、もうみんな脱落していると思うのですが、最後に、僕がブログをやっていて、いちばん良かった、と感じていることを書き残しておきます。


 人って、本当に「覚えていない」し、「自分のことを客観的にみられない」生き物なのだと、40年以上生きてきて、痛感するのです。
 僕はこうして書くことそのものが大好きで、人生の出来事や家族のことも、ときどき書いています。
 それが、良いことなのか悪いことなのかは、わからないけれど。
 

 少し前に、僕自身、そして家族のあいだに、大きな問題が起こりました。
 どちらかに「これ」という原因があったわけではないのだけれど、それは、僕にとって、とてもつらい体験でした。
 こんなはずじゃなかったのに。
 僕にとっての「家族」とか「仕事」って、何なのだろうか?


 一時期は、かなり苛立っていて、もうリセットしてしまおうか、という衝動に駆られたことも、何度かありました。
 でもね、こうして文章を書いていると、自分や家族の姿、読んだ本のことなどについて、キーボードを叩きながら、「ああ、そういえば、あんな楽しいこともあったんだよな」とか、「この出来事は、向こう側からみれば、腹が立っても仕方が無いか……」などと、考えることができたのです。
 クールダウンしては、相手と向き合って、その繰り返し。
 感情に流されがちな僕にとって、ブログは「日々の自分を見るための鏡」でした。
 僕はたぶん、こういう形でしか自分に向き合えなかったし、ある時期は、ブログを書く時間だけが、自分のなかの嵐が止んでいるときでした。
 
 もちろん、そういうのが万人に共通するものではないというのは百も承知です。
 僕にとってはそうだった、それだけのことです。
 僕は自分のブログというのが、そんなに好きじゃないんだけど(なんかジメジメしてますし)、すごく、感謝しているんですよ、こういう場所が持てる時代に生まれたことに。
 もっとうまく書ければ、言うことないんだけど。


 嵐は、たぶん、またいつか来る。
 今度は、もっと大きな嵐かもしれない。
 それでも、だからこそ、僕は、書き続ける(つもり)。


 末筆になって大変申し訳ないのですが、僕にとっての現在のp_shirokumaさんは、まぎれもなく「戦友」です。
 だから、あえて昔の話とかも、当時の自分の感情のままに書きました。
 僕にとってのネット上の友人って、ブックマークとかスターをつけてくれる人だけじゃなくて(もちろん、それはそれで嬉しいしありがたいけれど)、「この人より先に閉鎖するわけにはいかないな」という存在なんですよ。
 ベタベタするのは苦手だけれど、その人が更新しているのをみると、安心するし、刺激も受ける。
 そのくらいが、僕にとっては、心地よい距離みたいです。