いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

はてな村で、ようやく自由になれたと思ったら、周りには誰もいなくなっていた。

azanaerunawano5to4.hatenablog.com


はてな村」の中枢からは「お前は敵だ」と言われ、外部からは「お前は『はてな村民』じゃないか!」と決めつけられ……
 僕は、そんななか、『はてなダイアリー』のβ版から、『はてな』でブログを書いてきました。


(詳細を知りたい方は、こちらをご参照ください。けっこう長いです)d.hatena.ne.jp



まあ、『はてな』のなかでも、「古参」と言えるほうではないかと。
認知度はさておき、「長年続けている」のは、間違いない。


そんな僕の実感としては、「『はてな』でブログを書くのは、昔よりも楽しくなった」のですよね。
はてなダイアリー』の黎明期のことを懐かしむ人は少なくないみたいだけれど、僕にとっての当時は、「触れるとヒリヒリするような、めんどくさい時代」でした。
村の偉い人たちからは何度もお?りを受けました。
人格攻撃のブックマークコメントなんて、珍しくもない。
脅迫や恫喝のメールを頂いたり、書いてもいないことを「お前はこう思っているんだろう!」と決めつけられ、攻撃されたり。
何年も前のエントリを持ち出して、「お前はダブルスタンダードだ」と言われても、人間の考えって、変わっていくこともあるじゃないですか。
変わった後は、変わる前の考えを消去しなければならないのだろうか。
ただ、あらためて今、考えてみると、「他者に対して言及するというのは、他者から(望まない形も含めて)言及される可能性を増やす行為ではある」のですよね。
僕が「無罪」なわけでもなかった。


僕は当時の「水に落ちた犬は、どんなに打ち据えても構わない」という、はてなの一部の人たちが醸し出していた空気が、大嫌いだったのです。
それなら、なぜ『はてな』を離れなかったのか?と問われると、結局のところ、僕自身が「変わることをあまり好まない人間」で、「安定志向」だったから、なのかもしれませんね。
アメブロにでも行っていてば、こんな零細ブロガーではなく、いまごろスターブロガーとして、ラストニンジャになれていたかもしれませんが……
一度はアルファブロガーと呼ばれてみたかったぜ……


率直に言うと、『サードブロガー』だろうが、『ミニマリスト』だろうが、『ウェーイ系』だろうが、一時期の流行り廃りみたいなものだ、としか僕には思えないのです。
人気と怨念と対価を得たものは生き残っていくでしょうが、過去のそういう、流行に乗った「雨後の筍系ブログ」は、1年も持たずに消えるものがほとんどでした。
一時的に「身内ブクマ」がついて、隆盛を極めたとしても、一度読んで、「なんでこんなのに200とかブックマークがついているんだ? しかも、コメントは『参考になりました!』ばっかりじゃねえか」みたいな体験をした人は、いくら多くのブックマークを集めていても、そのブログは敬遠するようになっていくはずです。
コンテンツに魅力がないと、いくらブックマークで人を誘導しようとしても、そんなに長続きするものじゃない。
こういうのって、他人事じゃなくて、僕が書いたエントリというだけでスルーする人が、はてな界隈をはじめとして大勢いるんだろうな、というのもわかっています。


歴史的にみると、「身内ブクマ」みたいな文化って、ネットの黎明期からずっとあって、いわゆる「テキストサイト」の時代には、有名サイトの「文中リンク」とか、「相互リンク」、あるいは「有名サイトの掲示板に、ファンっぽくコメントを書いて、自分のサイトのURIを貼り付ける」みたいな形で「馴れ合い」はあったのです。
ブログでも「コメント返し」「お気に入り返し」みたいなめんどくさい文化があります。
「はじめまして〜楽しいブログですね。ぜひ私のところにも遊びにきてくださ〜い」
みたいなコメントには、返事のしようがないだろう、と思っていたのですが、「お返し」をしないと、気を悪くされることがあったのです。


今も「そういう文化」はあるのだけれど、僕もブログを書き始めた頃は、なんとかして読んでもらいたい、と躍起になっていたので、「いまが苦しくて楽しい時期なんだろうな」と思うくらいで、「身内ブクマ」も、「ああ、今日も頑張っているねえ」という感じです。
ブックマークやSNSなど、ブレイクするための道筋は多様化されているし、本当に面白いものを書ける人は、かなり短い潜伏期間でブレイクできるようになっているように見えます。
だからこそ、「すぐに消費され尽くして『オワコン』と呼ばれるようになる」という問題もあるのですけど。
また、「はてなブックマーク」そのもののアクセスアップ効果も、最近は少なくなってきたような気がします。
それは、僕のところだけなのかもしれないけれど。


僕自身にとっての「(狭義の)はてな村の記憶」って、一部の有力ユーザーとその徒党による「水に落ちた犬をひたすら打ち据える文化」であったり、「他者のエントリの長所を評価するのではなく、言葉の足りないところを粗捜しして閉鎖するまで叩き続けるという容赦なさ」なんですよ。
その一方で、はてなには、「間違った情報に流されないように、世間に啓蒙する文化」もあって、そのおかげで僕は少しだけ「リテラシー」を得ることができました。
基本的に「正しすぎる世界」なのかもしれませんね、狭義の「はてな村」って。


僕は、昔の「はてな」よりも、今の「はてな」のほうが、過ごしやすいです。
それは、村の空気が綺麗になった、というよりは、めんどくさい人たちに「あいつは何を言ってもムダだ」と認定されて、諦めてもらえたからなのかもしれないし、長年積み重ねた「信頼」みたいなものも、あるのかもしれません。
そもそも、ネットにはどんどん「一般人」が流入してきて、「めんどくさい人」の割合も減ったし。
僕が個人サイトをはじめた時期は「これ、僕のサイト、来て来て!」ってアピールしまくる人か、「個人サイトをやっているなんて、変な人だと思われそうで、他人には言えない……」という人の両極端だった記憶があります(僕は後者でした)。
いまは、「学校の授業で、ブログつくりました」なんて人が大勢いるし、facebookのようなSNSまで含めると、個人の情報発信場所を持っていない人のほうが少ないくらいです。
「つまらないブログばかりが上がってくる」というのは、あくまでも「自分目線」で、「そういうのを面白い、あるいは役立つという人が世の中に増えてきた」だけなのではないかと。
「つまらないブログばかり」だという人には、あえて問うてみたい。
あなたにとって、「面白いブログ」とは、どんなブログですか?
ずっとずっと、「自分がつまらないと否定できるもの」ばかりを探していませんか?


ジタバタしなくても、それなりに読んでもらえるという安心感と、ジタバタしても、いまさらアルファブロガーとやらになれるものでもない、という悟り。
そもそも、アクセス解析で言及先を確認したり、ブックマークコメントを確認したり、エゴサーチをしたりしなければ、そんなに気に病むことはないんですよね。
そういう煩悩を消し去るのは、なかなか難しいことではあるのだけれども。


僕がはてな村で、ようやく自由になれたと思ったら、周りには誰もいなくなっていた。
だが、それでいい。


あの昔の「はてな村」は、僕にとっては、部活のシゴキの記憶みたいなもので、いまは懐かしいけれど、他の人に今さら薦められるようなものじゃない。全くない。
あれは、そんなに美しいものじゃなかった。
負のコンテクストなんか、知ったことか!


ブログを書くときはね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。



孤独のグルメ【新装版】 (SPA!コミックス)

孤独のグルメ【新装版】 (SPA!コミックス)

孤独のグルメ2

孤独のグルメ2


d.hatena.ne.jp