いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「あなたたちに、おかあさんの居ない人の気持ちがほんとうにわかるか?」

松岡享子さんの『子どもと本』(岩波新書)のなかに、こんな話が出てきました。

 国民学校の最後の一年余りは、親や先生たちにとってはたいへんな時期だったと思いますが、わたしは、よい先生に恵まれて幸せでした。担任のH先生は、よく作文を書かせました。あるとき「おかあさん」という題が出ました。わたしが書いたのは、おかあさんというものはありがたいものだ、おかあさんのいない人はどんなにかつらいだろうというものでした。それまでの作文は、戦地の兵隊さんを思い、わたしたちも銃後の守りを固くし、よく勉強して、はやく大きくなり、男ならば兵隊さんに、女ならば看護婦さんになってお国のために尽くしたい、と書くのが決まり、つまり、要求されているように書く、建前を書くものだと思っていましたから。
 ほかにも同じようなことを書いた人が大勢いたのでしょう。先生は、あなたたちに、おかあさんの居ない人の気持ちがほんとうにわかるか? わからないだろう。わからないことを書いてはいけない、と、たしなめられました。そして、Eさんの作文をよくできたものとして読んでくださいました。それは、盲腸で入院したおかあさんを弟と一緒にお見舞いに行ったとき、ふたりがかしこまってだまっていると、おかあさんが「あんたたち、どうしたの。いつものようにしゃべったり、けんかしたり、にぎやかにしたらいいのに。そのほうがおかあさんはうれしいわ」といったという話でした。先生は、そういう物言いがいかにもEさんのおかあさんらしくてとてもいい、とほめました。
 このときH先生から与えられた教訓——思ってもいないこと、自分でほんとうにそう感じたのではないことを書くんじゃない——は、以来わたしの頭を離れたことはありません。


 これを読むときには、太平洋戦争が終わった直後で、ようやく「自由にものが言える時代」になった、という時代背景もあわせて考えるべきでしょう。
 しかしながら、そういう背景を抜きにしても、このH先生の言葉には、僕を考え込まる力がありました。
 いまから、70年近く前のことなのに。


 これを読んで、最初に「そのとおり!」だと思ったんですよ。
 自分がわからないこと、実感できないことを、わかったふりをして、他者の立場を「代弁」してはいけない。
 ただ、この話の場合は、「他人の立場を勝手に想像して、代弁するんじゃない」というよりも、「誰かが決めた『模範解答』に縛られずに、自分が本当に思ったこと、感じたことを書こう」という意味なのかもしれません。


 現在、2015年のネット時代にこれを読むと、70年経っても、こういう「同調圧力」みたいなものは、あまり変わっていないのではないかと感じるのです。
 あるいは、ネット社会だからこそ、さらに、「予防線だらけの文章」や、「自分が言いたいことを自分自身の言葉ではなく、他者の立場を利用して語ろうとするテクニック」が蔓延してしまっているのではないかでしょうか。
 みんな萎縮してしまって、「正しいこと」あるいは、「お金のためと割り切っている人の、自分のアイデンティティとは切り離された商売道具」ばかりが幅をきかせている。


 もちろん、「自分がわからないことを、書くんじゃない」というのに、強制力などありませんし、他人に強要できるようなものでもない。
 他者の気持ちや立場を「想像する」ことができるのは、人間にとって、とても大事な能力でもあります。
 それがなければ、人間は、もっと激しい争いを繰り広げ続けることになるでしょう。
 誰かが「代弁」してくれることで、救われる人だって、確かにいるのだと思う。
 でも、自分が思ってもいないことを「代弁」するのは、やっぱりおかしい。


 「わからないこと」や「思ってもいないこと」が書かれた文章には、なんというか、「圧力」みたいなものが決定的に欠けているのです。
 「思ったこと、感じたことを、そのまま書くことができる時代」に生きていることを、もっと大事にしたい、そう僕は考えています。



子どもと本 (岩波新書)

子どもと本 (岩波新書)