いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

ヒロミさんは、三村さんを「生かしたのか殺したのか」

参考リンク:三村マサカズ、ヒロミNGの真相を告白「号泣した」「全部あの人を超える」 | マイナビニュース
三村マサカズ、ヒロミNGの真相を告白「号泣した」「全部あの人を超える」 | マイナビニュース


僕もこの番組を観たのですが、「和解できてよかったね」と素直に受け入れる気分にもなれず、なんだかずっと考え込んでしまいました。


芸能人同士の「共演NG」なんて、いわゆる「都市伝説的なもの」か、あるいは「周囲が勝手にそう思い込んで、話を大きくしてしまっているもの」だろうと思っていたのですけど、三村さんとヒロミさんは、「本当にNG」だったのだな、と驚きもしましたし。
三村さんって、あんまり他人を拒絶しそうな感じに見えないじゃないですか、僕の勝手なイメージかもしれませんけど。


この番組を観て、率直なところ「そりゃ、ヒロミさんが悪いだろ」と思ったんですよ。
いくら仲の良い後輩(のつもり)だからって、厳しい、を通り過ぎて、イジメになっていたんだろうな、と。
ただ、こういうケースって、世の中にはけっして少なくない。
先輩側からすれば「イジリ」であり、「ちょっとからかって、かわいがってやっている」つもりでも、後輩側にとっては「イジメ」「イビリ」でしかない、という事例は、たくさんあります(僕も同じような経験を「後輩側」としてしたことがあります)。
困ったことに、それが「イジリ」だと思い込んでいる人って、自分自身も先輩にそういう扱いをされてきたりしていて、「相手がイジメだと感じている」ことに対して、全く無自覚だったりするんですよ。
「こっちはかわいがってやっているだけなのに、なんだアイツ」って。
当時のヒロミさんは、「そういう感覚」を持っていて、人気もあったから、それを咎める人も存在せず、という状態だったのでしょう。
このエピソードを読むと、当時の三村さんは、本当につらかったのだろうな、と思います。
当時の芸能界での位置づけからしても、よほどの決心がなければ、人気番組の出演を断らなかったはず。


ただ、その後の三村さん(そして大竹さん)の活躍と、現在のポジションをみると、このヒロミさんの「イジメ」(って書いてしまいますね。いちおう、やられた側からの視点ということで)は、結果的に、三村さんにとってのプラスになった可能性もあることを、否定はできないのです。
そこで「あの人には負けない」と一念発起して努力したからこそ、三村さんは、さまぁ〜ずは売れっ子になれたのかもしれない。
もし、ヒロミさんが中途半端に優しい先輩だったら、なんとなくかわいがってもらったまま、ブレイクすることもなく終わっていたのかもしれない。


もちろん、さまぁ〜ずの成功の大きな要因が、内村光良さんという、相性の良い師匠、そしてパートナーと出会ったことだったのは、間違いないでしょう。
でも、ヒロミさんのこんな言葉を聞くと、ヒロミさん自身には、あんまり「悪意」はなかったのだろうな、というのも伝わってきます。

そして、三村と溝があった15年間を「結構気にして見ていたと思うんだよね」「内村(光良)と一緒になって。やっぱり内村みたいなタッチがバカルディには合ってたんだと。俺のやり方はちょっと違ったんだろうなとか」と振り返り、「自分でも多少先輩ヅラして後輩をどうにかしてやりたいとか、出ていければいいなとか、いろいろ振ったりしてやっていたつもりだけど、生かしたのか殺したのか」と感慨深げ。最後は握手を交わし、ヒロミは三村に「いつか…番組やろうな」と声を掛けてその場を後にした。


ヒロミさんについていけずに芸能界で成功できなかった人もいるでしょうし、内村さんのやり方が合っていなかった人もいるはずです。
実際に活躍している人の数をみると、「内村方式」のほうが合う人は多いのだろうな、とは思われますが。


でも、こういうのは「運」とか「相性」みたいなものが大きすぎて、結局のところ、「正解」なんて無いのだろうな、と考えずにはいられませんでした。
三村さんがヒロミさんと出会っていなかったらどうなっていたかなんて、誰にもわからないし。


ただ、三村さんは、たぶん、ずっと心の奥底では「許しきれない」のではないかな。「和解」はしても。
「生かしたのか殺したのか」って、アンタが殺そうとしたのを、なんとか生きのびたんだよ!と。
こういうのって、やったほうは忘れても、やられたほうは、忘れられないものだしね。