いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

いろんなものが「便利になってきている」のだ。

先日、テレビを新しく買ったのです。
自分の部屋に置くための、それなりの大きさだけれど、大きすぎないテレビ(32型くらい)を買おうとして、値段をみたら、「4K」じゃない「普通のハイビジョン」の安さに驚きました。
6〜7年前に自宅の42型テレビを買ったときには、「1インチあたり1万円」くらいが相場だったのに。
いまや、その10分の1近くになっているのではなかろうか。
技術が進歩しているとはいえ、これじゃ、電機メーカーも家電量販店も、なかなか儲からないだろうなあ。
こんなに価格差があったら、「4K」もまだそんなに売れないだろうし。
電器店で既存のテレビと「4K」を並べて比較しているコーナーがあるのだけれど、「たしかに画質の違いはあるが、値段の違いを考えると、いま4Kにする必要性を感じない」という人が、ほとんどなのではなかろうか。


で、手頃な値段のテレビを買って、家で設定をしていて驚いたのです。
やっぱり最近のテレビって、すごいや、って。
僕が子供の頃のテレビのチャンネル設定って、下手すれば半日仕事とかだったんですよ。
慎重にダイヤルを回して調節し、自分の家で映る放送局に合わせていく、これをチャンネルごとに繰り返すのは、かなり大変な作業でした。とにかくめんどくさかった。
僕の家では他に電気製品に詳しい人もおらず、小中学校時代は、僕がそれを担当していたんですよね。
それを「家の中では、自分しかできない」ということを、ちょっと誇らしくも感じていました。


でも、今のテレビだったら、画面の指示通りにボタンを押すだけで、いつのまにか、地元のチャンネルがちゃんと映るようになっているのです。
初期設定をはじめてから終了するまでに、15分くらいしか要りませんでした。
同じ「テレビ」なのだけれど、設定のしやすさは、劇的に「進歩」しているのです。


そういえば、DVDを使い慣れてきてすっかり忘れてしまったけれど、ビデオテープで録画するのって、けっこうめんどくさかったですよね。
観たい番組の時間とチャンネルを調べて、自分で数字を入力しなければならず、失敗しても「自己責任」。
さんざん確認して録画したと思ったら、プロ野球中継の延長で、いいところで録画終了。
それが、DVDになってからは、番組表をみて、録りたい番組のところでボタンを押すだけです。
幼稚園児でも、軽々とやれるくらいになりました。
番組の延長にも、何も言わずに対応してくれます。
もう、ビデオテープには戻れない、戻りたくない。
「番組を録画する」という同じことでも、ものすごくラクにできるようになったのです。


僕はときどき、こんなことを考えます。
「昔に比べて、生活を便利にするような技術の進化は、停滞してしまっているのではないか?」


ところが、こうやって実際にさまざまな製品を使ってみると、「できることは同じでも、誰にでも、簡単にできるようになっている」あるいは「処理速度がものすごく上がっている」というような「進化」を実感せざるをえません。


携帯電話からスマートフォンへの変化なんて、まさに「同じようなことをやっているようで、実際は劇的に進化しているもの」ですよね。
「持ち運べる電話」としてだけみれば、そんなに変わりはないのだけれど、その付加価値は、ものすごく大きくなっています。
いまは、入力のしづらさと画面の小ささを除けば、「持ち運べるパソコン」だものなあ。


この20年くらいって、「できないことを、できるようにする」よりも、「できることを、より簡単に、誰にでもできるようにする」方向に技術が進歩していった時期なのかもしれませんね。
ということは、みんなの「やりたいこと」というのは、大概、実現されてきていて、あとは効率の問題、ということなのだろうか。


ただ、「やりたいことはあっても、時間がない」のは、どうしようもないところがあるんですよね。