いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「地下鉄のときも、そうだったじゃない!」

 5月12日の月曜日、朝のワイドショーを観ていたら、セウォル号の乗客が遺した映像が公開されていた。

 少しずつ船が沈んでいき、船体が傾いていく。

 「その場にとどまっていてください」との船内放送。

 恐怖と困惑のため、どうしていいのかわからなくなり、動けなくなっている学生らしき若者たち。

 

 その映像には、ある女子学生の、こんな声が遺されていたそうだ。

 

 

「地下鉄のときも、そうだったじゃない!」

 

 スタジオでの解説によると、彼女が言った「地下鉄のとき」というのは、大邱(テグ)地下鉄放火事件のことらしい。

 この事件では、2003年2月18日に起こった事件なのだが、192人が死亡、148人が負傷した。

 火災発生後の対応のまずさが、被害者の数をこんなに増やしてしまった要因だった。

 

参考リンク:大邱地下鉄放火事件-Wikipedia

 

 この女子学生は、いまから10年前、彼女にとっては小学校に入った頃くらいに起こったこの事件のことを、沈没する船のなかで思い出していたのだ。

 あのときも、乗務員からの指示は後手にまわり、しかも、乗務員が電車を動かすためのキーを抜いて逃げてしまったために、ドアが閉まり、乗客は脱出することができなくなってしまった。

 

 このときの彼女の危惧は、正しかった。

 「その場にとどまっていてください」という船内放送よりも、「沈んでいく船に乗っている人間は、どうすればいいか」と考えれば、正しい答えは、導けたのではないか、と思う。

 

 ……思うのだ、事故が起こってしまったあとの、僕は。

 でも、自分があの場にいたら、「正しい判断」ができていた自信は、まったくない。

 むしろ、みんなに「落ち着いて、次の指示を待とう!」とか、言ってしまったような気もする。

 沈没する船に乗ることなんて、ほとんどの人は初めてのはずだ。

 だれか「わかっている人」に教えてほしくなるのは、当然のことだ。

 多くの場合、「自分の判断で勝手に動くこと」で、かえって被害は増える。

 不幸だったのは、この船に「プロフェッショナル」がいなかった、あるいは、あまりにも少なかったことだ。

 そんなことは、乗客には、わからないに決まっているのだけれど。

 

 今日、同じ番組で、コメンテーターの人が「結果的には船内にとどまったのは失敗だったけれど、みんなが一斉に逃げ出してしまうと船の傾きが一挙にひどくなってしまう可能性もあるし、あの時点での指示が間違っていた、というのは結果論という面もある」と言っていた。

 

 

 人は、歴史に学ぶことができる。

 だが、「その場」にいて、適切な判断をすることは、日頃頭で考えているよりも、ずっとずっと難しい。

 

 先日起こったバス事故で亡くなったのは、自分の席を離れ、挙動がおかしくなったバスの運転席の様子を見に行き、運転手に声をかけた善意の人だった。

 

 結局のところ、そういう巡りあわせは、どうしようもないところがある。

 その一方で、自分で切り開くことができる場合も、なくはない。

 

 そもそも、僕の人生だって、沈みかけている船に乗りながら、「でも、まだもうちょっとは大丈夫なんじゃないかな」とか、「いまこの仕事から離れてしまったら、がんばっているみんなに悪いしな」とか、自分に言い訳をしながら、誰かが出してくれるかもしれない(そして、たぶん出ることはない)「正しい指示」を待ち続けているようなものだ。

  わかっているはずなのに、動けない。問題を先送りにしたり、誰かの指示を待ってしまったりしてしまう。

 もしかしたら、もう、「逃げられるチャンス」は、終わってしまったのかもしれない。そう思いたくは、ないけれど。

 

「セウォル号のときも、そうだったじゃない!」

 いつかまた、この言葉が繰り返されるのだろうか。