いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

『美味しんぼ』の福島の話について、ずっと考えています。

美味しんぼ』の福島の話について、ずっと考えています。
風評被害の拡散などを考えれば、ああいう描写は好ましくないとは思うのです。
取材者は、自分の都合のよい「被爆で鼻血が出るようになった人」ばかりを選んで採り上げているようにもみえますし。


ただ、僕はこの件について、水を得た魚のように「『美味しんぼ』を回収しろ!」「『スピリッツ』を廃刊にしろ!」「小学館を潰せ!」と叫んでいる人たちに、諸手をあげて賛同する気にもなれないのです。


僕がネットでみた範囲では、『美味しんぼ』のあの話題については、原作者が取材した人の「体験談」として描かれています。
それに対して、ネットでは「放射能で鼻血が出るなんて、非科学的だ」と、猛然とツッコミが入っているのです。
うん、それはそうなんだ。
これまでの人類史において、被爆した患者さんの経過を集積してみると、すぐに鼻血が出る、出血傾向がみられるような放射線被爆量であれば、その人がその後何年間も、鼻血だけが出やすい状態で生き続けるとは、考えられません。
一般論として考えれば、ある人が「鼻血が出やすくなった」ということであれば、高血圧などの基礎疾患や、その他の出血傾向がみられるような(肝臓病とか血液疾患のような)病気の有無について、病院で検査を受けたほうが良いのではないでしょうか。
そもそも、鼻血のいちばんの原因は、鼻の粘膜の物理的な損傷ですし。


この件に関しては、あんまり感情的になって「『美味しんぼ』を潰せ!」ってやっても、あんまり意味はないと思うのです。
そもそも、マンガに出てくる人たちは「自分の体験」を語っている。
「科学的にみて関連があります。こんなデータや証拠があります」というふうに書かれていれば、その真贋について議論がなされるべきだけれども、「私は鼻血が出た」という人に対して、「鼻血なんて出るわけないだろ!」と、こちら側からの「あるべき姿」を押しつけても、仕方がない。
原作者がほのめかしている解釈にこそ問題があるのかもしれないけれど、嘘の取材に基づくものや、偽の「科学的根拠」を提示しているのではないかぎり、「有罪」とは言い難いのです。
そもそも、ある現象に対する、個人的な解釈に「言論の自由」「表現の自由」は適用されないのでしょうか?
福島の人たちに対する「名誉毀損」とかに、なるのでしょうか?
原発放射能は、微妙な問題だから」
たしかに。
でも、そういう「微妙な問題」だから、言論や表現の自由が保証されないというのでは、「自由」の意味がないような気がします。


鈴木みそさんの『僕と日本が震えた日』というマンガでは、「長期間にわたる低線量被ばくが人に与える影響は『わからない』としか言えません」と書かれていました。
(僕はかなりの放射線関連の本を読みましたが、この件に関しては、信頼が置けそうなものは、いずれもこのスタンスです。ちなみに、チェルノブイリ原発事故後、約30年の統計では、チェルノブイリ地方で小児、特に女児に多くの甲状腺がんが多く見られたことが報告されています。逆にいえば、その他の癌の発症率が目立って上昇したというデータは無いのです)


 100ミリシーベルトで、ガンになるリスクが上がる(0.5%の人がガンになる)と言われていますが、もともと、日本人の4割がガンになります。


 この鈴木みそさんのマンガによると、「0.5%ってことは、200人のうち、別の要因でガンになるのが80人いて、1人だけ放射線が原因でガンになるという確率」だそうです。
 もちろん、0.5%だろうが、自分の責任でもないことで癌になる可能性が上がるのは、みんな嫌だとは思うのですけどね。


 この件で、『美味しんぼ』に過剰な圧力をかけるのは、かえって、「放射能に関して、被災地の人たちが自分の体験談を語ることすら許されない空気を助長する」のではないかと、僕は危惧しているのです。
 『美味しんぼ』で語られている内容は「原作者の偏見によって採り上げられた一部だけの証言」なのかもしれませんが、そういう「ノンフィクション」って、たくさんありますしね。
 そこで、「それは非科学的だから、何も言うな」と圧殺すべきなのか、「こういう個々の証言と『科学的な事実』を、どう結びつけていくべきか」を考えていくべきなのか。


 『美味しんぼ』を読んで、僕が考えたのは、「それならば、双葉町に住んでいた人たちに実際に聞き取り調査をし、症状を訴える人には、血液検査を行ってみれば良いのではないか?」ということでした。
 本当に、鼻血が出るようになった、という人は多いのか?
 以前より、増えているのか?
 基礎疾患との関連性は?
 

 鼻血が出る、という人たちも、実際に病院で検査を受けてもらえば良いのです。
 血小板数やプロトロンビン活性など、凝固能に関わるような検査を受けてもらったり、造血能力に問題がないか、確認したり。
 町長さんであれば、あの事故以前のデータも健診などで残っているでしょうから、比較してみればいい。

 
 個人個人の「体験」に対して「非科学的であるからおかしい」という態度で望むのも、ある意味「非科学的」なんですよ。
 本人が嘘をついているのでなければ、鼻血が出るのには、なんらかの原因があるのだから。
 もちろんそれは、被爆が原因とは限りませんが。
 それならば、ネットで押し問答をするよりも、実際に検証してみればいい。
(もしかしたら、すでに誰かによって検証されている可能性もあるんじゃないか、とは思うのですけど)


 あくまでも僕の個人的な見解ですが、「風評被害のリスク」を考えるのであれば「体験を証言することすら許さない」よりは、「体験をそれぞれ語ってもらって、それを集約して科学的に検証する」ほうが、はるかに有益だし、長い目でみた風評被害の撲滅につながるのではないでしょうか。
 『美味しんぼ』は影響力がある人気マンガだから、と言う人もいるでしょうけど、じゃあ、ここで『美味しんぼ』を叩いて、社会から排除することは、長い目でみても、本当にプラスになるのでしょうか?
 科学的な検証も、根拠の提示も行わずに「リンチ」にされれば、「やっぱり放射能について採り上げるのは怖いな」と、みんなが及び腰になるだけです。
 あの原作者や小学館、マスメディアを嫌っている人たちは、「ざまあみろ」と快哉をあげて、ちょっといい気分になれるでしょうけど。


 「原発のことや放射能について語ることや報道することを、敬遠する空気」が、さらに蔓延していくのは、本当に「良いこと」なのでしょうか。
 かえって、「何かが隠されているのではないか」という不安を煽ることに、なりませんか?


 もちろん、『美味しんぼ』に実際に書かれていることに対して、「実際に被爆が原因とは考え難い」と疑義を呈するのは、大事なことです。
 鵜呑みにする必要はないし、多くの善意の人々によって、デマや捏造は、見分けやすくなりました。
 ネットのおかげで、社会全体としてのリテラシーは、かなり上がっていると思います。
 だからこそ、気にいらないものは、炎上させて潰す、というようなやり方からは、もう、卒業すべきではないでしょうか。
 『美味しんぼ』は、取材に基づいた事実であれば、書けばいい。
 そして、書かれていることに問題があれば、みんなで知恵を集めて、公の場で「検証」すればいい。


 こういうのは、反論するほうも、「非科学的、盲目的に、発信者を叩き潰そうとする」べきではないと思うのです。むしろ、憤っていればいるほど、冷静になったほうがいい。
 そもそも「お前の体験したことは、全部間違っている、ありえない!」なんて、みんなに言われる社会って、ロクなもんじゃないですよ。
 そこにはきっと、理由がある。
 それは「思い込み」とか「別の病気の影響」なのかもしれないけれど……


 まず、「起こったこと」に寄り添うことこそが「科学的」なのだと、僕は思っています。



僕と日本が震えた日

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