いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「なんか最近はてな見てるのがきつい」と感じている人へ

anond.hatelabo.jp


 うん、きついよね、「はてな」見るのも。
 口が滑ったり、ある方面への気配りが足りなかったりした人を、みんなが寄ってたかって誰かを攻撃しているのはつらい。
 「ああ、これはブックマーク稼ぎの『釣り』だな」としか言いようがないものをみんなが嬉々としてブックマークして叩いているのを見るのもつらい。
 でも、そういうのをみて「キーッ!こんなのが注目されているのに、なんで僕は……」とか思ってしまう自分もつらい。
 そもそも、僕自身も、そのきつい「はてな」の一部でもあるわけで、鬱エントリや知ったかぶりエントリや「面白い10冊」とかを垂れ流している。
 それが良いとか悪いとか、長い間やっているとよくわからなくて、ただ、自分も周りも飽きてきているのかな、と思うことはある。
 しかし、飽きていたとしても、一から他のことをやるというのも気が遠くなる話であり、そうやって迷っているうちに、大概の人は死んでしまう。


 「はてな」は問題を指摘する。
 「はてな」は問題を大きくする。
 だが、「はてな」は問題を解決しない。


 ただし、それは「はてな」だけがそうなのではなくて、世の中の大概の問題というのは、深い議論にもとづいて結論が出るわけではなく、絶対に決めなければならない時間的、経済的なデッドラインが生じた際に、その場の勢いや流れで結論を出してしまうものなのだ。
 
 そもそも、本当に切実な問題意識を持っている人はブックマークコメントで間接的にあれこれ言うよりも、直接責任者にメールしたり、デモに参加したりするものだ。


 ただし、時代の「空気感」みたいなものが、「はてな」には詰まっているし、他のブログに比べたら、まだ、はるかに僕にとっては面白い。
 他のブログサービスがfacebook的なものと『実話ナックルズ』的なものに二極化しているなかで、『はてな』では、まだ、「普通の人の生きた体験と言葉」が紡がれている。
 できれば、そういうものをみんなあまり叩かないで見守ってほしいと思う。


 実際には、β版から『はてなブログ』をやっている僕からみると、今の『はてな』は、みんなだいぶ丸くなってんじゃないか、とも感じる。
 ひどいことを書く人は、ブックマークコメントの名前をクリックして、他の人へのコメントをみていると、やっぱり同じような罵倒ばかりしていることが多い。
 ああ、入場するときにサーベルを振り回しているタイガー・ジェット・シンみたいなものなのだな、と僕は自分に言い聞かせる(そして、シンはサーベルで人を刺すことはせずに、柄の部分で相手を殴るだけだ)。
 炎上商法は大嫌いだが、炎上しているブログがない状態というのは、案外手持ち無沙汰なものでもある。


 正直、10年以上ブログをやっていると、「ああ、同じような話、何年か前にも盛り上がっていたな」ということが多いのだ。
 人は年をとると、すでに経験していることの繰り返しが多くなるので、人生の体感時間が短くなる(時間が経つのを早く感じる)というのを聞いたことがある人は多いだろう。
 人というのは、けっこう、同じ話を繰り返していているもので(僕もそうだ)、「ちょっと賢くなる」とか「役に立つ」「いいはなし」というネタも「どこかで聞いたことがあるもの」が多くなる。
 ネットで「いいね」やブックマークを稼ぐために、人間がいままで蓄積してきたそういう「役に立つ話」や「いい話」は、急速に消費されてきている。
 そういう意味では「炎上」というのは、「いま、まさにここで起こっている事件」なわけで、ネットのリアルタイム性がもっとも活かされる分野でもあるわけだ。
 ああ、なんか炎上大好き人間みたいだな。好きじゃないんですよ、本当は。でも、嫌いといったら噓になるかもしれない。
 ネットというのは、炎上する側、させる側の双方の姿がみえやすい。


 僕も「はてな」を見るのがきついときが少なからずあって、以前は「なんでこんなに荒んでいるんだ……」と苛立っていた。
 でも、最近は、「きついときには見ない」ことにしている。
 自分で書いたものへのブックマークコメントも、ほとんど見ない。
 ただし、よっぽどひどい誹謗中傷や個人情報晒しみたいなもの以外は、コメントを制限もしない。それには、営業上の理由もある。「このエントリには、どんなコメントがついているのか」を愉しみにしている人というのは、けっこう多いのだ。


 あらためて考えてみると、「はてな」を見るのがきついときは、僕自身が身体的・精神的に疲れていて、強い言葉や他人の幸福や不幸に対して過敏になってしまっていることが多いのだ。
 失恋したときに、のろけ話を聴くのはつらいよね。
 でも、こちらから事前に説明しているのでなければ、のろけ話が悪いわけでも、その話をしている相手が悪いわけでもない。
 だが、こういう場合、往々にして、「なんでこの人は、私がこんな状況なのに、こんな嫌がらせをするのか」と思ってしまいがちだ。
 たぶん、「はてな」そのものは以前より利用者が増え、守備範囲は広がったものの、そんなに話題になることやブックマークコメントの強さは変わっていない。いや、コメントに関しては、むしろ「薄まった」のではないかと思っている。
 それは、僕自身がこの場での処世術みたいなものを多少は身につけてしまったからなのかもしれないが。
 

 『毎月新聞』(佐藤雅彦著/中央公論新社)という本のなかに、こんな文章がある。
 20年くらい前に書かれたものです。
 僕は、ネットが嫌になったとき、これを読み返すことにしている。

 故郷で独り住まいをしている高齢の母親は、テレビの野球中継をとても楽しみにしています。「この松井って子はいいよねえ」と、目を細めながら応援しています。そして、好きな番組が終わると迷いもなくテレビを消すのです。たまたま帰郷していた僕は、そんな母親のあたり前の態度にハッとしてしまいました。『面白い番組を見る』――こんなあたり前のことが僕にはできなかったのです。


 テレビを消した後、静けさが戻ったお茶の間で母親は家庭菜園の里芋の出来について楽しそうに僕に話し、それがひと通り終わると今度は愛用のCDラジカセを持ってきて、大好きな美空ひばりを、これまた楽しそうに歌うのでした。


 僕はそれを聴きながら、母親はメディアなんて言葉は毛頭知らないだろうけど、僕なんかより、ずっといろんなメディアを正しく楽しんでいるなあと感心しました。そして目の前にある消えているテレビの画面を見つめ、先日のやつあたりを少し恥ずかしく思うのでした。


 つまらない番組を見て、時間を無駄使いしたと思っても、それは自分の責任なのです。決してテレビの責任ではありません。リモコンにはチャンネルを選ぶボタンの他に「消す」ボタンもついています。


 僕達は、当然テレビを楽しむ自由を持っていますが、それと同時にテレビを消す自由も持っているのです。


 これは、「ネット」にも言えることで、きついときに、あえて『はてな』を見る必要なんてありはしないのだ。
 「はてな」を見るのは、僕やあなたの「仕事」ではない。
 長年の付き合いだから、習慣化してしまってはいるんだけれど、だからこそ、ときには、意識的に距離を置いておくべきなのかもしれない。
 お笑い芸人が相方とプライベートでは一緒に行動しなくなるように。


 とりとめのない話をしてしまったが(GW中に寝付けなくなってしまったので、とりとめのない話を書こう、というのがこの文章が生まれた理由のひとつでもある)、僕はけっこう「はてな」が好きだ。10年以上いて、ようやくそう言えるようになった気がする。
 ここはそんなに広くないコミュニティだけれど、まだ、ネット上で「王様の耳はロバの耳!」と叫ぶことができる、数少ない場所だと思う。
 もちろん、「王様(といっても、ロックを日本語訳で歌う人じゃないです)の耳はロバの耳(形がロバの耳であっても、人間のしかるべき場所についていれば、正確には「ロバの形の耳」ではないかという議論もあるかもしれませんが、今回は表現としてのわかりやすさを重視して言いきりにしました)」みたいな、極めて高度かつ読む気が失せるような言い訳芸を駆使せざるをえないこともあるのだが。


 町山智浩さんの『アメリカ流れ者』という本のなかに、クリント・イーストウッドのこんな話が出てきました。

 イーストウッドは『父親たちの星条旗』を作る時に、敵である日本軍の硫黄島守備隊について徹底的に調べたそうです。すると、「硫黄島守備隊は、全員が全滅することはわかっていたのに戦おうとした。しかも彼らはバカではなく、守備隊の中にはアメリカで勉強したインテリが2人もいた」と知り、「なぜ彼らは死を選んだのか?」ということにものすごく興味を引かれたそうです。
 日本側の考え方を徹底的に調べたイーストウッドは、『硫黄島からの手紙』(2006年)という、「硫黄島の戦い」を日本軍側の視点で描いた映画を作りました。


 イーストウッドとは、そういう人です。彼は「相手のことを調べて、調べて、徹底的に調べていくと、憎むことなんかできない。戦争なんかできないんだ」と言っています。


 『はてな』では、まだ、「普通の人の生きた体験と言葉」が紡がれている。
 編集されていない他者を知ることができる貴重な場所だ。
 だからこそ、触れるのがきついときもあるのだけれど。


fujipon.hatenadiary.com

毎月新聞 (中公文庫)

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町山智浩の「アメリカ流れ者」

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硫黄島からの手紙 [Blu-ray]

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