いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

ミッドライフ・クライシス(中年の危機)の真ん中で


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 僕がこの「ミッドライフ・クライシス」(中年の危機)という言葉をはじめて意識したのは、12年前でした。
 この概念そのものは、けっこう前からあるみたいなんですけど、成人式とか認知症みたいなもので、自分には(時期的に)、まだ(もう)関係ない、と思っているときに触れても「ふーん、世の中には、そんなものがあるんだねえ」みたいな感じだったのでしょうね。
 いまから12年前って、僕は30代前半くらいだったのか、独身だったし、ようやく少し仕事らしいこともできるようになったし、という時期だったと思います。
 リアルタイムでは、いろんな悩みはあったんだろうけど、どんなものだったかは、もう忘れてしまっています。


 そのきっかけになったのが、映画監督の周防正行さんが書いた、この本だったんですよ。

『Shall we ダンス?』アメリカを行く (文春文庫)

『Shall we ダンス?』アメリカを行く (文春文庫)


 周防監督は、この大ヒット映画のテーマが『ミッドライフ・クライシス』だと語っておられます。


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 この映画は、人生半ばで自分の生きる目標をなんとなく見失ってしまって、でも自分の人生を捨てるほどの変革を望んでもいない中年たちの物語なのですが、僕はとくに杉山の奥さんのことが気になっていました。彼女は貞淑な妻であったのだけれど、ダンスに浮気した杉山のことが許せなくなり、なんだか2人はぎくしゃくしてしまいます。あの庭でのダンスのシーンで2人は和解したようにも見えるけれど、周防監督は、著書のなかで、アメリカの記者の「あの夫婦は仲直りしたように見えるがとても曖昧だと思った。日本人の間ではそうは言われなかったか」という質問に対し、

 そう言われた記憶はない。しかし夫婦の関係はまだこれから先もゆれ動くだろう。だからハッキリと白、黒つけることはできない。仲直りしたというのは、イエスでもあるしノーでもある。これはまだまだ夫婦の関係の発展途上だと思う。


 と答えており、また、「ダンスを習う以前から二人に問題はあったのか?」という質問に対しては、

 ダンスを習うことで、二人の間に問題があることが分かった。

 と仰っておられます。


 ミッドライフ・クライシスっていうのは「問題が生じる時期」ではなくて、「問題があることに気づくというか、それまでの人生では、先送りにできていた問題に、向き合わざるをえなくなる時期」なのかもしれません。


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 この本を読んでいると、男にとって「40歳」というのは、ひとつターニングポイントになる年齢なんだな、と痛感します。
 僕自身も、日々それを思い知らされていますし。


 吉田豪さんと唐沢俊一さんとの対談のなかで、こんな話が出てきます。

吉田豪結局、サブカルの鬱的なものってなんだろうと考えたときに、体力的な問題が一番大きいのは確実ですけど、40代になって外的要因が増えるなっていう気がしたんですよ。それは、離婚だとか両親の病気だとかそういうことで。


唐沢俊一そういう意味では、母親と半同居(マンションでの隣同士)になって、朝夕一緒にメシを食うという、あれがいけなかったな。うちは夫婦同業だから、それまでは起きたときから寝るまで、完全に”サブカルギョーカイジン”でいられたわけ。メシ食いながら、資料の死体ビデオとか見ていたわけですよ、夫婦して(笑)。ところが、母親と一緒のときは常識的社会人に戻らないといけない。あのスイッチングが凄く体力的につらいのね。


吉田豪日常が地味なダメージになるわけですね。


唐沢俊一サブカルチャー畑の人ってのは、完全に一般社会とは常識を異にした異端の世界の淵に自分を追い込んで、それを商品にして食ってくものなんですよ。それが、母親と向き合うときには親戚のガキが進学したとか病気になったとかいう話に合わせなければいけない。ウチの弟なんかはギャグの矛先を鈍らせないために、親戚付き合いとかは一切断ってるぐらいなのに(笑)。


この本の大きなテーマとして、「なぜ、非体育会系のサブカル男は40歳くらいで鬱になるのか?」というのがあるのですが、まず共通しているのが「体力の低下」。
体育会系のような「基礎体力」が無いので、体力の低下をかなり急激に実感することになり、それがいろんな「抵抗力」を落としていく。
そして、これは「サブカル男子」にかぎったことではないのですが、40代というのは、たしかに「外的な変化」が大きい時期ではあります。


子供の教育とか親の病気とか……
子供がいない時期は結婚していても、なんとなく「お互いの領分」みたいなものを尊重して生活していけるのだけれど、夜中にどんなマニアックなDVDを観ていても、子供が泣きだしたら、すぐに「スイッチを入れ替えて」駆けつけなければなりません。
授業参観やご近所との世間話もこなさなければならない。
そういうのは、たしかに「幸福」ではあるのだけれど、ストレスといえば、まちがいなくストレスではあるわけで。


「大人としてあたりまえのこと」なんですよね、こういうのって。
でも、「あたりまえのことをあたりまえにやる」って、けっこう大変。
ましてや、この人たちは、仕事では常識を突き抜けて食べていかなければならないのだから。
離婚経験者が多いものなあ、この本に出てくる人たちには。


この対談集を読んでいると、サブカル男たちの「救われなさ」を感じずにはいられません。
桝野浩一さんの回から。

桝野浩一:でも、リリー・フランキーさんや松尾スズキさんみたいにお金があっても憂鬱になるのかと思うと……。


吉田豪サブカルは成功した人たちがみんな病んでるからこそ、切ないジャンルなんですよね。


桝野:たとえば本がまったく売れなかった時期のほうが、いつかは売れるかと思ってたから幸せで、半端に売れて「あ、こんなものか」と思ったときに、たぶん能力的にこれ以上にはならないから、ホントに希望が持てなくなっちゃって。


「成功」しなければ地獄、「成功」したとしても、なんだか満たされない……
もともと「考えすぎてしまう人たち」なのかな……


正直、僕自身にも「そういうところ」があるんですよ。
とりあえず仕事を続けてきて、経済的には、そんなに困ってはいない。
でも、同じ職業、同じくらいの年齢の人のなかでの自分の実績・実力・モチベーションなどを考えていくと、いまから教授や大病院の責任者になっていけるとは思えないし、自分の病院をつくる甲斐性もない。
もともとそういう野心はない人間のはずなのに、「もう、そういう選択肢は自分にはないのだ」ということが現実になると、なんだかとても寂しくなるのです。
そして、自分の限界というか、先行きもみえてくる。
自分にとって、いちばんマシなコースが、このまま地道に働いて稼いで、とりあえずそこそこがんばって働いた、人生、優良可でいえば、ギリギリで「良」くらいの人として死んでいくことだと思うと、なんなんだろうな、って思う。
しかも、そんな「いちばんマシな道」を歩くのだって、一歩踏み外したら、医療ミスとか交通事故とか病気とか家族の問題とかで、一瞬のうちにダメになってしまう可能性が高い。
バッドエンディングしかないゲーム(しかもクソゲー)みたいなものじゃないか、とか、つい考えてしまうのです。


吉田豪さんと香山リカさんとの対談では、こんな話が印象的でした。

吉田豪リリー(・フランキー)さんがブレイクした頃に心を病んじゃったのもそうですけど、呑気でいられない体質なんでしょうね、文化系の人は。


香山リカああ、そういう意味では、それこそ昔のプロレスラーじゃないけど、お金が入ったからキャデラック買うみたいな、それも違うんですね。


吉田豪ただ天狗になる、みたいなことができない人たちっていうか。そうなったことで余計に人の目が気になったりして。


香山:許されるのか、みたいなね。やっぱり厳罰意識じゃないけど、自分は許されない、みたいな気持ちがすごく強い人たちかなと思って。


ちなみに、町山智浩さんのこんな言葉を香山さんが紹介しています。

町山智浩サブカルの人たちが40歳ぐらいでおかしくなるのは簡単だよ。もともとモテなくて早めに結婚して生活を支えてくれた女性がいたのに、モテだしたらほかの女に手を出して家庭が壊れるの。みんなそうだよ!」


売れずに鬱屈し、売れても天狗になれず。
というか、冷静に考えてみると、僕の場合は、とりあえず好きなゲームを遊びまくり、立派な車を買い、子供たちにも贅沢をさせて、夜の街で女の子をはべらせてウハウハ言うのが幸せなメンタリティであれば、それはそれでラクだったのではないか、とも思うんですよ。
でも、そういうことをやってもむなしい、という意識が先に立ってしまう。
もしかしたら、やっている人たちのほうも、「何か漠然としたむなしさ」みたいなものがあって、追い立てられるようにそうしているのかもしれない。


ただ、最近よく言っているのですが、人間の行動って、主と従が反対に語られることが少なくないのですよね。


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この本のなかで、コラムニストの小田嶋隆さんがこう書いておられます。

 なんでアル中になっちゃうんでしょうね? 私もさんざん訊かれました。みんな理由を欲しがるんですよ。その説明を欲しがる文脈で、アル中になった人たちは、「仕事のストレスが」とか、「離婚したときのなんとかのショックが」とか、いろんなことを言うんです。
 だけど、私の経験からして、そのテのお話は要するに後付けの弁解です。
失踪日記2〜アル中病棟』の吾妻ひでおさんも言ってました。アルコホリックス・アノマニス(AA)の集会や断酒会など、両方に顔出して、いろんな人のケースを聞いたけど、結局さしたる理由はないことがわかった、と。「こういう理由で飲んだ」とこじつけているだけで、実は話は逆。
 まず、飲んじゃった、ということがある。
 飲んじゃったから、失業した、飲み過ぎたから離婚した、飲んだおかげで借金がこれだけできたよ、というふうに話ができていくのです。
 ではなぜ飲んだんですか、という問いには、実は答えがない。
 世の中で、アル中の話がドラマになったり物語として書かれるときに、やっぱり理屈がついていないと気持ちが悪い。止むに止まれぬ理由がないとドラマが成立しにくい。だから、飲むための理由を補った形で物語がつくられるわけです。
 だからあれウソ、だと思う。
 実際の話、嫌なことあって酒飲むとすっかり忘れられるかというと、そんなことはありません。あたりまえの話です。むしろ、飲み過ぎちゃったってことが逆に酒を飲む理由になる。あるいは、お酒がない、入っていないと、正常な思考ができない、シラフだとイライラしてあらゆることが手につかなくなる、そういう発想になっていくから飲む。
 アル中になる前に飲んだ理由は、別に普通の人が飲む理由とそんなに変わりません。なんとなく習慣で飲んでました、仕事が終わって一区切りで飲んでました。その程度のものです。


 TOKIOの山口さんが起こした事件について「アルコール依存症」の関与が語られ、「離婚がきっかけになったのではないか」という話が出たときに、僕はこの小田嶋さんの話を思い出したのです。
 あれほど人生に「成功」しているようにみえた山口さんにも「中年の闇」があってアルコールに溺れた、と解釈するのは簡単だけれど、実際のところは、「まず酒が好きで、飲みたくてたまらないという前提があり、それによって、家庭の問題や今回の事件が起こったのではないか」という気がするのです。僕の周囲の体質的にお酒が飲めない人は、いくらつらい状況にあっても、アルコール依存にはならない場合がほとんどです。「飲みたいから、理由として悩み事を作り出す」というのも、あるのかもしれません。
 酒っていうのは、本当に強力なドラッグで、しかも、日本のほとんどの地域で、いつでもどこでも手に入りますからね。
 山口さんの場合は、これまでも酒による健康面や仕事、対人関係のトラブルがあって、「これはまずい」と思うところがあったからこそ、一時入院までしていたと思われるわけで、自分が酔ったらどんな問題行動を起こす傾向があるかも、40代半ばであれば、知っていたはずです。
 以前、お酒を飲むと死にたくなる、という有名ミュージシャンがいましたが、そんな危険な状況になることがわかっていても飲んでしまうのがお酒というもののようです。
 もちろん、僕だって焼肉やギョーザを前にすると、ビールの誘惑を断ちきるのは困難ですし、酒がコミュニケーション力を一時的に底上げしてくれることも知っています。それでも、良い面ばかりを強調してみせる気分にはならないのです。


 若い頃であれば、一緒に飲んでくれる人もいるでしょうし、夜中に寂しくなって友達に電話しても「しょうがないヤツだなあ」なんて呆れつつも、話し相手になってくれる。
 でも、オッサンになると、酒を飲んで荒れたり愚痴ったりすると嫌われたり避けられたりするようになって、それを言い訳に、また飲みたい酒を飲む、という負のアルコール依存ループに陥りやすい。若い頃ほど、身体もアルコールに強くはないのだし。


 「体力の問題」っていうのは、けっこう大きいんじゃないかと思うんですよ。
 男性にも更年期がある、と言われていますし、僕も「なんかイライラしっぱなし、焦りっぱなしで、我慢がきかなくなる精神状態」みたいなものと日々向き合っているのです。
 20代から30代前半の頃は、「ここで我慢してがんばっておけば、この先、きっとプラスになる」と自分に言い聞かせることができた。
 でも、40を過ぎると「ここで我慢したって、もう、天井は見えてるじゃないか。もう、この先にいいことなんてそんなにないんだから、言っちゃえよ、やっちゃえよ」という、自分の内なる声が聞こえてくるのです。それと「いや、ここでレールから外れたら、お前はもうどん底まで落ちていくだけだぞ。家族にも迷惑がかかる。なんとか踏ん張れ」という抑制の声が、つねに闘っている。浮気の機会、なんて色っぽいものは皆無だけれど、面倒な仕事を頼まれそうになったときや、突然の呼び出し、ほぼ一睡もしていない朝5時に救急車のサイレンが聞こえてきたときに、毎回、けっこうギリギリのところで闘っているのです。
 また、40代くらいになると、そういう苛立ちをぶつけても、周囲は「根に持ちながらも、その場は我慢してくれる」ことも多いわけです。
 そして、モンスターは、成長していく。


 ああ、もうイヤだ、何もしたくない……


 こういうのって、精神状態だけの話じゃなくて、体力面での衰えは大きいと思うのです。
 研修医時代にも、体力的にもたない、という理由で辞めていった同僚を何人かみてきました。もともと体力に自信がない僕は、よくこの年まで騙し騙しやってきたな、と少し仕事の質を変えた今では思っています。大きな事故を起こす前に、なんとか逃げ切れてよかった、とつくづく思う。
 いままでどおりのことがやりにくくなることに苛立ち、自分にさらに鞭打つよりも、ライフスタイルや職場環境を思い切って変えてみたほうが良い場合も多いのではないでしょうか。


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 世の中の「心や精神の問題」だと思われていることのなかには、その本当の原因が「体力や体調の問題」にあるものって、けっこうあると思うんですよ。
 寝不足だったり、疲れていたりしても「平常心」でいられる人間はそんなに多くない。
 そして、「サブカル者」は、乱れた生活習慣を中年になっても引きずっていることが少なくありません。


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 この本のなかには、「批判や中傷をどんなふうに感じているのか、あるいはやり過ごしているのか?」という質問がいくつか出てきます。
 それに対する村上さんの答えのひとつが、これでした。

 こんなことを言うとあるいはまた馬鹿にされるかもしれませんが、規則正しく生活し、規則正しく仕事をしていると、たいていのものごとはやり過ごすことができます。誉められてもけなされても、好かれても嫌われても、敬われても馬鹿にされても、規則正しさがすべてをうまく平準化していってくれます。本当ですよ。だから僕はなるだけ規則正しく生きようと努力しています。朝は早起きして仕事をし、適度な運動をし、良い音楽を聴き、たくさん野菜を食べます。それでいろんなことはだいたいうまくいくみたいです。試してみてください。


 村上さんみたいにストイックな生活をしたり、フルマラソンに出たりするのはあまりにも極端な例かもしれないけれど、村上さんは、しばしば「長篇小説を書き続けるのには、体力が必要だ」と仰っているんですよね。


 僕の場合は、正直言って、「鬱っぽい自分の精神状態に慣れてしまっている」ところがあって、自分自身の「ミッドライフ・クライシス」というより、周囲のそういう変化に戸惑うことも多いのです。内心「僕なんか、オールライフ・クライシスだぜ」と毒づいていることもあります。
 むしろ、ハッピーなときほど、「大丈夫なのか、これは」と身構えてしまうくらいです。
 ロクなものじゃないですね、本当に。

 
 そんななかで、なんとかここまではやってこられたのは、こうしてブログとかで「書いて表出する」という習慣を持っていることが大きいのではないかと自分では思っています。
 あるいは、他の人の話を聞いたり、読んだりすることが。


「いろんなことがあるけれど、良いことも悪いことも、それは、自分にだけ起こるのではない」
 そう認識すると、少し、生きやすくはなる。
 もちろん、そんなにうまく自分を説得できないことも多いけれども。
 そういうときは、なるべく不貞寝するか、面白そうな本を読むことにしています。
 それをやると回復する、というよりは、「それをやると回復するんだ、と自分に言い聞かせつづけている」という感じです。


 さっきのアルコールの話でも書きましたが、「自分は、調子が悪いときに、どういうこと(失敗)をやりがちなのか」というのを知っておくのも大事なんですよ。
 そして、いまの自分はダメだと思ったときには、その情報を周囲と共有することも。
 そういう意味では「孤独」というのは、人にとって、もっとも耐え難い病なのかもしれません。
 精神的にも、状況的にも。


 ああ、ちょっとわかったようなことを書いてきましたが、正直言うと、「こんなことをダラダラと続けていくうちに、死んでしまうんだな」って、すごく虚しくなることって、今でもよくあるんですよ。そういうとき、どうしたらいいのか、よくわからない。
 ただ、こうして「よくわからない」って書けるうちは、まだ生きていられるような気がする。
 おかしいよね、ダラダラしながら生きていくのはイヤでしょうがないんだけど、ダラダラしているから生きていられるなんてさ。



 ちなみに、僕はこれが至高の「ミッドライフ・クライシス小説」だと思います。
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村上さんのところ コンプリート版

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上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白

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