いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

最後の「電王戦」での佐藤名人は、『真田丸』の信繁のようだった。

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 ああ、佐藤名人、やっぱり勝てなかったのか……
 もちろん、僕も人間なので、佐藤名人に人間側の最後の輝きをみせてほしい、と願ってもいたのですが、これはもう、必然的な結末だとしか言いようがありません。

「(対局前から)勝つのは相当厳しいとは思っていた。ただ、名人として指すということで、ファンの応援に応えられなかったのは残念」(佐藤名人)


 このコメントからも、事前に何度もソフトと対局していたであろう佐藤名人が「この対局で勝つのは難しい」と考えていたことがわかります。


 シャープX1、PC8801の時代からマイコンに触れてきて、「人間と対局できるソフト」の出現に感動した30数年前の僕に「2017年に、コンピュータ将棋(Ponanza)が人間の名人に2連勝するよ」と言っても、たぶん信じなかったはず。
 初期のコンピュータ将棋は、「とりあえずルール通りに駒を動かせる」だけで御の字で、コンピュータが強くなるモードで対局すると、何時間も考え続けている、というシロモノだったのですから。
 とはいえ、あの頃は「超高速グラフィック」とうたった『デゼニランド』で、一枚の絵が表示されるまで、点を打ったり線を引いたり色を塗るプロセスを何分か眺めているのが当然であり、T&Eソフトの『3Dゴルフシミュレーション』では、計算に時間がかかるのか、18ホール回るのに本当に一日がかりだったしたんですよね。
 月刊『マイコン』で、毎年『コンピュータ将棋選手権』とかやってたよなあ。森田和郎さんがつくっていた将棋の時代から、まだ30年しか経っていないのに(『森田将棋』は、当時としてはかなり強かったのですが)、人類は、コンピュータはここまで来てしまったのか。


 佐藤名人の今回の対局に関しては、厳しいだろうな、と思っていました。
 それは、佐藤名人の実力云々という話ではなくて、コンピュータ将棋があまりにも強くなってきているからです。


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 Ponanzaの作者の山本一成さんが、2017年5月19日付けのブログで、こう書いておられました。

最近のコンピュータ将棋は半年で以前の自分に対して勝率75%くらい強くなるのが普通なこと


 どんなに上り調子の棋士でも、半年前の自分と対局して、勝率75%というのは難しいはずです。
 しかも、コンピュータ将棋は、その成長を右肩上がりで続けていく。
 もちろん、いつか将棋というゲームそのものの限界に近づいていけば、その成長は鈍化していくのでしょうけど、それはもう、人間の手が届くレベルではないはずです。



 2011年の10月に、米長邦雄永世棋聖と『ボンクラーズ』との対局から、『電王戦』はスタートしました。

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 このとき、米長さんが指した、後手番初手「6二玉」が「コンピュータを霍乱するための手」として話題になりましたが、今回、後手番のponanzaの初手が「4二玉」だったのをみて、「歴史というのは環になっているのかな」なんて思ったんですよ。
 米長さんがコンピュータを霍乱するために指した奇手は、もしかしたら、「妙手」だったのかもしれない。
 コンピュータ将棋によって、人間は常識や定跡を一から洗い直すことになったのです。
 まあ、そういうふうに、指し手に「ドラマ」を見いだしてしまうところが、人間の面白さであり、限界でもあるのでしょう。


 僕はさまざまな本などで、『電王戦』や「人間の棋士とコンピュータ将棋」を追いかけてきたので、以下にそれを御紹介しておきます。
 順番に読んでいただくと(けっこう長いので難しいお願いだとは思いますが)、『電王戦』以降の棋士とコンピュータ将棋の対局の流れがわかるはずです。


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 この『理想を現実にする力』は、現名人の佐藤天彦さんの著書なのですが、佐藤名人は、こう仰っています。

 正直に書くと、棋士がコンピューターに負けるのはおかしなことではないと私は思っています。もちろん電王戦では、勝つつもりで全力で戦います。しかしプロになったときから私はすでにそういう考えでした。
 将棋は「二人零和有限確定完全情報ゲーム」です。難しい言葉のようですが、要は偶然や運に左右されない、プレイヤーの実力がそのまま出るゲームのことです。将棋だけでなく囲碁もそうですし、チェスやオセロも同じです。麻雀は牌が伏せられていて、どんなものを持ってくるかわからないので、これには該当しません。
 実力がそのまま出るゲームである以上は、いつかは人間がかなわなくなる日が来るはずです。ほかの分野でもコンピューターはどんどん人間の能力を凌駕していましたし、それは将棋界も変わらないはず。開発者の努力だったり、ハードウェアの進化もあったりするので、Xデーがいつにになるかはわかっていませんでしたが、その日は必ず来るだろうという考えでした。


 1988年生まれの佐藤さんは、「将棋ソフトが全然人間にかなわなかった時代」を体感していないわけですから、コンピュータ将棋に対する「負の先入観」を持っていないのです。
 いまの若い世代の考えとしては、「そりゃ、コンピュータには、いつか、かなわなくなるのが当然だろう」なんですよね。
 それでも、人間の棋士の対局には、コンピュータ将棋にはない、背景やドラマがある、そうであってほしい、というのが、佐藤名人の現時点での「解答」のようです。


 実際のところ、コンピュータ将棋は、もう、かなり前から、人間のプロ棋士、それもトッププロより強かった、と僕は思っています。
 具体的には、2013年第2回の電王戦で、人間側の1勝3敗1引き分けに終わった時点で、もう、コンピュータのほうが強かった。
 ただ、将棋というのは、強い側が100%勝つ、というゲームではないんですよね。羽生さんがもっとも勝っていた時期でも、勝率は8割くらいです。
 逆にいえば、全盛期の羽生さんでさえ、トッププロ相手に指せば、10回に2回は負けるのが、将棋というゲームの面白さなのです。
 だから、今回の『電王戦』にしても、佐藤名人が勝つ可能性も、たぶん、ゼロではなかったはず。


 その2013年から、さらに「半年で以前の自分に対して勝率75%くらい強くなっていった」コンピュータ将棋。いまの人間側としては、バグなどを利用して勝つしかない、という状況でしょう。
 そして、そのバグも、すぐに改善されていく。
 

 まあ、勝てないですよね、勝てる可能性はかなり低い。
 なんだか、佐藤名人が、大坂夏の陣真田信繁(幸村)みたいに見えてきました。
 目の前の勝負を客観的にみると、自分には勝ち目がない。それがわかっていながらも、勝つための最善を尽くし、みんなを鼓舞し、やるべきことをやる。
 それが、大将、将棋界でいえば「名人」という存在に課せられた責任なのでしょう。
 勝手にいろいろ言って申し訳ないんだけれど、佐藤名人は、自らが戦って敗れることによって、人間の棋士とコンピュータ将棋の戦いに「けじめ」をつけたようにも思われるのです。
 「名人」が、全力で勝負をして、負けた。
 もう、これで「どっちが強いか」の話は、終わりにしよう。


 ただ、これは「強さ比べ」の終わりだけではなくて、「人間とコンピュータが協力して、将棋というゲームの完全攻略をめざす」あるいは「あらためて、ゲームとしての将棋を楽しむ」という、新しいテーマの始まりでもあります。
 
 
 いや、まだ羽生さんがいるじゃないか!
 僕もちょっと前までは、羽生さんが「最後の砦」だと思っていたんですよ。
 でも、山本一成さんの著書『人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?』(まさに、このタイトルが「予言」になったのです)に書かれていた、この文章を読んで、「もう、羽生さんに勝つことにこだわる意味はない
のだな」と感じました。

「知の本質」というものが存在するとしたら、かつては普通の人と昆虫のあいだにこそあったのでしょう。
「かつて」と書いたのは、これからは人工知能アインシュタインのような天才すら超えていくのではないかと思うからです。
 いま、人工知能は多くの場面で人間をお手本にした「教師あり学習」としています。多くの場合はそれだけで十分に技能が高められるでしょう。しかし、強化学習とディープラーニングの組み合わせによって、人工知能は人間のお手本からも離れて、はるかに上のレベルに到達することが、少なくとも囲碁の世界では証明されてしまいました。今、人工知能は天才からも卒業する時代になったのです。そうした時代に、「知の本質」はどこにあるのでしょうか?
 もしかしたら、「知の本質」は、「普通の人」と「昆虫」のあいだよりも、アインシュタイン人工知能のあいだにある、と考えるべきなのかもしれません。


 これからコンピュータが、人工知能が向かっていく「知の世界」の広さ、深さを考えると、羽生さんと佐藤さんの「違い」なんて、無いに等しい。
そもそも、現在の将棋の強さで考えると、佐藤さんのほうが羽生さんより強いかもしれません。だから名人だし、今回のトーナメントにも勝ち上がっているのですから)
 俯瞰すれば、僕と羽生さん、佐藤名人の差ですら、「微々たるもの」なのかもしれません。


 この30年間で、僕は「何かものすごく速い列車のようなものが、自分の立っている通過駅を猛スピードで駆け抜けていく瞬間」を見ていたのだな、と、感じています。
 

 佐藤名人、山本一成さん、本当におつかれさまでした。
 たぶん、こうして人間とコンピュータが将棋で闘ったことは、これからの「知性や知能」を考え、つくっていくうえで、とても意義深いことだったのだと思います。
 というか、意義とか意味とかはさておき、ワクワクするイベントでした。
 「人工知能は、すでに、優秀な放射線科医師の画像診断技術を凌駕しつつある」なんて話を聞くと、「僕はこれからどうやって生きていこうかねえ……」なんて、考えてしまうんですけどね。


人工知能の核心 (NHK出版新書)

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