いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「何か反論ある?」と長谷川豊さんが仰っていたので、人工透析や医療保険について、お返事してみます。

fujipon.hatenablog.com


 この2016年9月21日のエントリに対して、長谷川豊さんから、こんなふうに言及していただきました。


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何か反論ある?fujiponさん。


fujiponさん、あなた…現役の医師なんでしょ?ネットをカタカタ叩いてあんな古いデータ持ち出してないで、ちゃんと最新のデータで論じましょう。それくらい出来るでしょうが。
私のコラムを読んで胸糞悪くなってる暇があったらもうちょっと現場で人に話を聞きな。絶対に私と同じこと言うから。汗をかけ、汗を。


 なんだかご指名いただいたみたいなので、これを書いているのですが、率直なところ、「反論」っていうけど、長谷川さんがこのエントリで仰っていることへの僕なりの「答え」は、ほとんど冒頭の9月21日のエントリに書いてあると思うのだけど……読んでくれていないのだろうか?と困惑してしまいました。
 というか、長谷川さん、何と戦っているのだろうか……


 最初にお詫びをしておくと、採りあげたデータが2011年と少し古いものであったことに関しては、なるべく新しいものにこしたことはありませんし、もっと丁寧に調べて紹介すべきだったな、と反省しております。
 多少強い言葉を使って煽っておられるのも、僕が先に「胸糞悪い」とか「Googleくらい使えるでしょう?」などというエレガントではない言葉を使ったがゆえの反作用で、大変失礼しました。


 あと、僕は長谷川さんのように「マスコミの人として取材した」わけではありませんが、それなりに臨床経験もありますし、現場の人と話す機会もありました。
 ただ、それが「全部の医者の意見」だとは思いませんし、たぶん、長谷川さんの取材に積極的に答えてくれるような医者と、僕の周囲にいるような地方の臨床医とは、考えかたが違うところもあるのでしょう。
 個人的には「何か積極的に発言したい人」の声には、バイアスがかかりがちだとは思っています。
 新書とかを出している医者の「独自理論」のなかには、けっこう酷いものも多いですし。


 冒頭のエントリに書いてあると思うのですが、僕は「糖尿病性腎症において、自己管理不足で腎不全が悪化しやすい」ことを否定しているわけではありません。
 「ちゃんと食事療法や運動療法を励行し、必要な人は薬もちゃんと飲んでくれたほうが、透析導入を先延ばしにしたり、しなくてすむ場合が多い」ことに異論はないんですよ。
 そしてもちろん、患者さんがみんな気をつけてくれて、少しでも元気で長生きしてくれればいいと思っています。


 ただし、冒頭のエントリにも書きましたが(こればっかり……)、最近は、2型糖尿病でも遺伝的・体質的な要因がかなり影響するという研究結果が出ていて、同じような食事・運動療法をしていたとしても、糖尿病にならない人もいれば、発症し、コントロールがつかない人もいるのです。
 みんながライザップをずっと続けられればいいのかもしれませんが、それぞれの生活もあるので難しい。
 そう考えると、「結果」だけをみて、「自己責任だ!」と責めるのは、あまりにも不公平であり、理不尽です。
 個人的には、生活習慣を改善しようと頑張っている患者さん(たとえば、1日1万歩を続けているとか、食事ノートをちゃんとつけているとか)に関しては、結果よりも、その努力に対してインセンティブがあっても良いと考えます(どこまで正確に申告してもらえるか、というのはなかなか難しいでしょうけど)。
 なかなか医療者の指導・指示に従ってもらえない、定期的に通院してくれない、という患者さんも少なからずいて、医療側にとっては悩みの種です。
 もうちょっと食事療法・運動療法してくれれば、定期的に通院してくれれば、薬もちゃんと内服してくれれば……と言いたくもなります。


 医者として、患者さんにはちゃんと指導もしますし、いつも愛想よく接している自信はないのですが、自分自身、ひとりの人間として、そんなにキチンと自己管理できているわけでもないな、とは思うんですよ。
 急な呼び出しや当直もあるし、飲みに行ったり、ちょっと食べ過ぎたりすることもあります。
 基本的に運動不足です。
 それが良くないのは百も承知で、「人間は、なかなか完璧には生きられない」ものだと、半ば諦めているところもあります。
 そもそも、生活習慣病には生活習慣・遺伝的要因とともに、加齢が大きく影響します。
 どんなに気をつけていても、年を取れば動脈硬化は進むし、臓器の機能は落ちます。
(このあたり、前の繰り返しになってしまってすみません)


 慢性疾患の場合には、定期的に通院しないと、自己負担が少しアップするとか、そういうペナルティはあってもよさそうですね。
 とくに、「ちょっと腎機能が悪い」とか「少しHbA1cが高い」という、あまり自覚症状が無いような患者さんが「末期的な状況になってから受診」というのを防ぐための方策として。
 もっと気軽に「自覚症状がないくらいの状態でも、仕事を休みやすい」社会になってほしいのだけれど。


病気は予防や初期段階での対応が大事だし、自己管理が重要である。医者も患者もそこを重視すべきだ。という点では、長谷川さんと同意見です。
 というか、そこに異論がある医者は、存在しないはず。


 ただし、それと「病状が悪くなった人を、『自己管理ができていなかったから』という理由で、医療費を全額負担せよ、とか、払えなければそのまま殺せ!と追い詰める」のは別だと考えています。
 遺伝的な影響が指摘されており、同じことをやっても個人による効果の差が大きいことを「結果」で断罪するのはあまりにも理不尽です。

「自業自得」とはっきり判断できるレベルの人工透析患者など、全額自己負担にせよ!

 「横暴な患者や自己管理があまりにもできない患者」という極端な例をあげて、「こういうやつらなら、見殺しにしてもいいだろ?」とか言われると、その「見捨ててもいい患者」って、誰が判断するの?と訊ねたくなるのです。
 そういうのが、担当医の好き嫌いで決められるような医療って、怖くないですか?
 善意の第三者が決めてくれるの?


 繰り返しになりますが、僕は人間なんて弱いもので、ちょっと嫌なことがあったら暴飲暴食することだってあるし、1日1万歩やスポーツジム通いをきちんと続けることは、むしろ、「きちんとできないのが当たり前なのではないか」と考えています。
 人間、そんなにちゃんと生きられないよなあ、とも思うのです。
 もちろん、患者さんにはちゃんと説明して「一緒にがんばりましょうね」って言いますし、治療がうまくいけば嬉しいのだけれど。
 基本的には、頑張ってやっている人はすごいし、どうしてもダメな人は、それなりに可能な範囲でやっていくしかないのかな、と。
 もちろん、国としての予算の問題はあるでしょう。日本の保険制度・医療制度は高齢化で難しい状況に陥っている。
 透析が「高い医療」であることは事実ですし、技術革新によって、少しずつ患者さんが困らない形でコストダウンされたり、高齢者への適応基準が厳しくなったりしていくことにはなるはずです。
 

 ……と、けっこう長く書いてしまったのですが、ほとんどが前回の繰り返しですし、長谷川さんが今回書かれている内容って、僕の先日のエントリとそんなに異なるものとも思えないので、なぜ「何か反論ある?」と書かれているのか、正直よくわかんないんですよね。
 挑発的な言い回しや「過剰な自己責任論」を除けば、今回はそんなにおかしなことは書かれていませんし。
 8〜9割は自己責任、というのは誤解を招く言い方で、「個人差はあるが、8〜9割の患者には、生活習慣に気をつけることで改善・増悪予防の可能性がある」くらいが妥当じゃないかとは思うのですが。


 人間、そんなに完璧じゃないですよ本当に。
 それでも、医者は「なかなか言うことをきいてくれない」とボヤき、患者も「医者は患者の気持ちをわかってくれない」と嘆きながら診察室で顔を合わせている。
 

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 だいたい、長谷川さんも自身で「不良患者」って仰っているじゃありませんか。
 僕はこのくらいで「不良患者」とは思いませんが、患者さんも、みんなそれぞれ事情を抱えて生きているので、なかなか医者の言うとおりの自己管理なんてできない。
 もどかしさはあるけれど、お互いにできる範囲でやるしかない。
 透析を受けている人のほとんどは「ちょっと不摂生だったり、わがままだったりもする、普通の人」です。
 それをわざわざ「良い透析患者」「悪い透析患者」に分断する必要があるのでしょうか。
 本当に日本にお金がなくなって、赤ちゃんの命をとるか、透析患者の命をとるか、っていう事態になれば、僕も「優先順位」を考えざるをえなくなるかもしれません。
 でも、そういう選択をしなくてはならない、という思い込みこそが危険なのです。
 そういう状況になったら、すでに負け。

fujipon.hatenadiary.com


 良い機会ですので、この話についても、ちょっと触れておきますね。
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 長谷川さんの官僚嫌いが伝わってきますし、日本の公的保険・年金の運用や将来性に疑問が多いのも確かです。
 ただし、自分が経験した自動車保険の話を論拠に、「ぜんぶ民間に任せればいい」というのは、あまりに短絡的なのではないかと思います。


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 この新書、堤未果さんの『アメリカ』シリーズのなかの「医療」をテーマにしたものです。
 2008年5月に、64歳の元バス運転手の女性が肺がんの再発を告げられたときに起こったことを、著者はこのように紹介しています。

 ショックを受けて黙りこむバーバラに、主治医は今度は良い知らせのほうを告げた。
「でも大丈夫ですよ。放射線治療の良い新薬が出ていますから」
 ターセバというその薬には、がんの進行を遅らせる効果があるという。
 バーバラは深いため息をつき、低所得層のための医療保険制度を持つオレゴン州の住民であることに、心の底から感謝した。


(中略)


 アメリカには65歳以上の高齢者と障害者・末期腎疾患患者のための「メディケア」、最低所得層のための「メディケイド」という、二つの公的医療保険がある。このうち州と国が費用を折半するメディケイドの受給条件は、所得が国の決めた貧困ライン以下の住民が対象だ。
 だがオレゴン州では「できるだけ多くの州民に医療保険を」と考えた民主党議員を中心に、独自の医療保険制度「オレゴンヘルスプラン(OHP)」を設立していた。バーバラのような、メディケアを受給するほど最底辺ではないが所得が低くて民間保険に入れない者は、OHPを通して民間保険に加入することができる。
 OHPの医療費支払いには「いのちに関わる医療行為から、改善の見込みが低い治療」まで、州独自の基準で優先順位がつけられていた。三年前、まだ初期ステージだったがん治療費用をOHPが支払ってくれたときのことを思い出し、バーバラはなんとか気持ちを落ち着けた。病気の再発はショックだが、まだ希望はあるのだ。
 だがその希望は、後日OHPから届いた一通の手紙によって、打ち砕かれることになる。
<がん治療薬の支払い申請は却下されました。服用するなら自費でどうぞ。代わりにオレゴン州で合法化されている安楽死薬なら、州の保険適用が可能です>
 州からの支払いがなければ、バーバラのような低所得患者がひと月4000ドル(40万円)のがん治療薬代を支払うのは不可能だ。だが1回50ドルの安楽死薬なら、自己負担はゼロですむ。
 のちに、この手紙について地元のテレビ局に聞かれたOHP事務局の担当者は、治る見込みのない患者に高い医療費を使うよりも、その分他の患者に予算をまわすほうが効率が良いと発言し、波紋を呼んだ。

 リーマンショック以降、1930年代の大恐慌以来の不況を迎えたアメリカは、想像を絶する貧困大国と化している。2014年にカリフォルニア大学バークレイ校経済学部エマニュエル・サエズ教授とロンドン経済大学のガブリエル・ザックマン教授が行った調査によると、アメリカでは資産2000万ドル(20億円)以上の上位0.1パーセントが、国全体の富の20パーセントを所有しているという。
 全体の8割を占める中流以下の国民の富はわずか17パーセント。7秒に一軒の家が差し押さえられ、労働人口の3人に1人が職に就けず、6人に1人が貧困ライン以下の生活をするなか、年間150万人の国民が自己破産者となってゆく。
 自己破産理由のトップは「医療費」だ。
 アメリカには日本のような「国民界保険制度」がなく、市場原理が支配するため薬も医療費もどんどん値上がりし、一度の病気で多額の借金を抱えたり破産するケースが珍しくない。国民の3人に1人は、医療費の請求が払えないでいるという。
 民間保険は高いため、多くの人は安いが適用範囲が限定された「低保険」を買うか、約5000万人いる無保険者の1人となり、病気が重症化してからER(救急治療室)にかけこむ羽目になる。世界最先端の医療技術を誇りながら、アメリカでは、毎年4万5000人が、適切な治療を受けられずに亡くなってゆく。
 大半の労働者は雇用主を通じた民間保険に加入するが、保険を持っていても油断はできない。利益をあげたい保険会社があれこれ難癖をつけ、保険金給付をしぶったり、必要な治療を拒否するケースが多いからだ。驚くべきことに、医療破産者の8割は、保険加入者が占めている。


 こんな状況を「改善」するために、オバマ大統領が推進してきたのが「オバマケア」だったのですが、民間保険会社の圧力により、なかなかうまくいっていないのが実情のようです。
 新しい保険制度になれば、保険会社はそれぞれ「お得なプラン」を打ち出して、競争するはず……だったのです。
 ところが、著者はこんな事実を紹介しています。
「全米50州のうち45州は、保険市場の50パーセント以上が1社か2社の保険会社に独占されているのだ」


 また、アメリカの製薬会社では、こんな話もありました。
www.huffingtonpost.jp


 長谷川さん、ニューヨークに駐在されてましたよね。
 もちろん、アメリカの民間会社の問題点や「チューリング・ファーマシューティカルズ」がやったことは、ご存知でしょう?
 「日本企業だったら、民間医療保険でも、製薬会社でもアメリカみたいにはならない」とお考えなのでしょうか?
(実際は、日本の製薬会社のほとんどが外資となんらかの形で提携しています)


 僕だって、必ずしも官が善、民が悪、だと思っているわけではありません。
 九州に住んでいると、JR九州はがんばってるなあ、とか思います。
 でも、このアメリカの例をみると、命にかかわるところは、現状では「官」がやったほうがマシな気がするのです。
 民間企業は、どうしても「利益」を追求しなければならないのだけれど、命に関することで「より儲けよう」とすると、危険な方向に行きやすい。


 「日本のため」「国のため」って言う人は多いけれど、そういう共同体っていうのは、その国の人々を幸せにする、あるいはなるべく不幸にしないために存在すべきものだと僕は考えています。


watto.hatenablog.com



こちらは随時更新中の僕の夏休み旅行記です。有料ですが、よろしければ。
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