いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

『ドキュメント72時間』の「女子刑務所 彼女たちの素顔」を観た。


www4.nhk.or.jp


日本最大級の485人を収容する和歌山女子刑務所への、3日間の密着取材。
やっぱり、顔がうつされていない、表情がわからない、というのは、この『ドキュメント72時間』に関しては、ちょっと伝わりにくいかな、と思うところはありました。
うつすわけにはいかない、というのもよくわかるんですけどね。


覚せい剤で人生の半分くらい刑務所にいるという高齢の女性が「戦後、流行った時期があって、それ以来やめられない」と言っていて、こういう人もやっぱり「犯罪者」なんだよなあ、どうやって覚せい剤を手に入れていたのかなあ、なんて思っていました。


そして、出所する2人の受刑者にインタビューを申し込んだら、「何も話したくない」と断られたというのが、なんだかリアルだなあ、と。


受刑者が働いている美容室の常連のお客さんが「そんなこと言うたら悪いけどね。この人、何でこんなに感じのいい人やのに、何を起こしたんやろうなと、思うたときもあったけどね」と話しているのをきいて、「受刑者」と「自分」の違いについて考すにはいられませんでした。
人と罪の距離というのは、もともとそんなに遠いものではないのかもしれません。
あるいは、その距離は近づいたり離れたりを繰り返していて、近づいたときに何かのトリガーがあれば、けっこう簡単に踏み込んでしまうものなのでしょうか。


手首には、無数のリストカットの痕、か……


うーむ、なんとかなればいいなあ、と思いつつも、覚せい剤使用歴がある看護師を病院という場所で雇うのは、ちょっと難しいのではなかろうか。麻薬管理上、不安ではあるし……
人によっては、その人の資格や特技と、やってしまった犯罪がつながっていることもあって、そういう場合、罪がそんなに重くなくてもその業界での再就職は難しくなります。
「個人の更生」と「リスク管理」を天秤にかけると、後者が重くなるケースも多いのです。


取材にかなり制限もあるし、受刑者はインタビュー内容がチェックされること前提で話しているだろうから、「本音」は話せないよなあ、と。
むしろ、堀江貴文さんの『刑務所シリーズ』とかを読んだほうが「受刑者のリアル」はわかりそうです。


これを観ていて、いちばん印象深かったのは、最後に出てきた勤続35年のベテラン刑務官の女性へのインタビューでした。
3日間どうだったか?と問いかけ、取材者が「外国人もいれば、若い人もいれば、お年寄りもいて、私たちが生活している場所と何ら変わらない。取材前のイメージとはだいぶ違いました」と答えると、刑務官は少し目を潤ませながら笑顔を見せて、
「ありがとうございます。ちょっとは変わったんや。うちら深海魚のごとくにこの熱い35年、生きてきてるから、あそこの門を入るじゃないですか、(心の中で)『スタート』って言って、映画のカチみたいに(仕事の)スイッチ入って、そこからは『よし』って」


 この番組の「彼女たちの素顔」の「彼女たち」って、刑務官のことも含まれているんだろうな、と僕は思いました。
 というか、「刑務官たちの72時間」を観てみたい。
 刑務所で働く、というのは、それなりの理由やドラマがあるものなのだろうか、それとも「これも公務員だし」って、割り切っているのだろうか。もちろん、いろんな要素が入り混じっているのかもしれないけれど。
 刑務官も「刑務所で働いている」ということに対して、周囲から偏見を持たれることがあるのでしょう。


 ちなみに、この回は、9月22日(木曜日)の1時00分から再放送が予定されています。
(冒頭のこの番組のホームページから確認できます)
 次回、9月23日は長崎のお盆が紹介されるそうで、あの盛大な爆竹騒ぎ(?)に驚愕したことがある僕としては、すごく楽しみです。



こちらは随時更新中の僕の夏休み旅行記です。有料ですが、よろしければ。
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