いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

同級生を「○○君」としか呼べない人生を、おくってきました。

komekui.hatenablog.com


そうか、こういう人もいるのか……
僕の中高生時代なんて、もう30年くらい前の話になってしまうのですが、僕はずっと、「同級生をどう呼べば良いのか?」に悩んできたのです。
女子に関しては、「○○さん」で統一する、という方針で、そんなに困らなかったのですが(そもそも、高校時代は男子校だったので学校に「女子」はいなかったし、中学時代もとくに親しい女子はいなかったから)、同級生男子、それも、話しかけられれば普通に話はするけれど、そんなに親しくもない相手をどう呼ぶかには、ずっと悩んでいました。

僕は基本的に「あだ名」とか「ニックネーム」とか嫌いなんですよ、橋本君を「ハッシー」とか呼ぶのも、なんかちょっと身構えてしまう。そういう「あからさまな親しさの表現」みたいなのが怖い。
そんなふうに馴れ馴れしく呼ばれて、相手に「お前なんかにハッシーとか呼ばれる筋合いはないぞ」とか思われていたらどうしよう、とか、考えてしまうのです。
そもそも、本人が内心でその「あだ名」をどう思っているのかなんて、こちらからはわからないし。
「そんなふうに呼ばれるのはイヤだなあ」と感じている可能性だってあるはず。

「ハッシー」くらいだったらまだ良いのかもしれないけれど、学生時代のあだ名って、けっこう微妙というか、「愛情表現なのかバカにしているのかよくわからん」みたいなのもありますしね。


今から考えると、「他人に対する親しみをあからさまにして、拒絶されるのを極度に恐れていた」ということなのでしょうけど。
いちばんの友だちも「○○君」って、読んでいたものなあ。
僕自身、ちょっと苗字を短縮したくらいのあだ名しか、ついたことがありませんでした。
周囲からも、「そういうのを嫌う人」だと思われていたのかもしれません。
何も硬派だったわけじゃなくて、本当に「名前とかをネタにするのが、嫌だった」んだよなあ、当時は。
そもそも、「あだ名で呼ぶ人」と「○○君」の区別をどうつけていいのか、わからなかった。
アイツはあだ名で親しげなのに、こっちは「○○君」なの?とか、思われるんじゃないかと想像するのもめんどくさかった。


大学に入ると、「先輩は男女に関わらず『××先輩』で統一、男の後輩は苗字呼び捨て、女の後輩は「△△さん」、という「自分ルール」をつくっていたんですよね。
もちろん、それが正解だとか言うつもりは一切なくて、「他人をどう呼んでいいのか悩むような人間も世の中にはいて、ニックネームで他者に声をかけることのハードルも人それぞれなのだ、ということなのです。
僕はずっと、「他人にどう呼びかければ良いのか?」悩んでいましたし、今も「役割」が決まっていない場面では、きっとそうだと思う。


ちなみに、今の仕事では、老若男女、みんな「先生」なので、その点だけは、自分に向いた職業選択をしたものだな、と思っています。
世間的には「お互いに『先生』って呼びあってて、なんかおかしい」と思われがちではあるのでしょうけど、「妙にプライドが高い人もいるし、上下関係が判断しにくい場面も多いので、それで統一しておいたほうがラク」というのが大きいのではないかなあ。