いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「冷たいめだかのスープ」の話

ぐるなびお題「思い出のレストラン」
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/gnavi201503


いまから20年ほど前の話。
僕はまだ大学生でした。
後輩の女の子とご飯を食べに行くことになり、先輩に聞いた、ちょっと洒落たスイス料理の店に出かけたのです。
当時は「チーズフォンデュ」なんて、どんな料理なんだか、想像もつきませんでした。
パンや野菜を熱いチーズにつけて食べるんだ、って、パンはともかく、なぜ野菜……?


二人で食事をするのは初めてだったので、緊張しながら店に入り、とりあえず当時の僕にも払えるくらいの金額のディナーコースを注文しました。


ああ、なんかマナーとかに、うるさくなければ良いな、とか思いつつ(今から考えると、アットホームな店で、全然身構える必要なんて、なさそうだったんですけどね)、メニューを眺めていると、ある一点で、僕の目は釘付けに。

前菜
サラダ
スープ(冷たいめだかのスープ)
メインディッシュ(チーズフォンデュ
コーヒー(紅茶)、デザート

ふーん、こんな感じなのか……えっ?
冷たいめだかのスープって、何?


僕の心に浮かんだのは、冷製スープの中に、めだかの死骸がプカプカと浮いている、そんな光景だったのです。
そんな料理があるのか? スイス人って、そんなもの食べているのか?
いや、普通の魚介のスープだって、ある意味、魚の死骸が入ってはいるんだろうよ、でも、めだかって、食べて美味しそうだとも思えないし、まさか、白魚みたいに「おどり食い」とかしなきゃいけないの?


お店の人に確認しておけばよかったんですけどね。
でも、「そんなことも知らないの?」なんて反応をされるのを、ちょっと恐れたりもして。
しかし、どうするめだか。そんなの出てきたら、どんな顔して、どうやって食べれば良いのか。彼女は、どうするのか。


そして、ついに、そのスープは運ばれてきました。


「冷たいめだかのスープでございます」


そこには、小さな金魚鉢が、上下にふたつ重なっているような、ひょうたん型のスープ皿が。
上のほうには、ジャガイモの冷製スープが。
そして、下のほうには、小さな水槽に入れられた、二匹のめだかが。
清涼感を演出するための、めだかの小さな水槽付きのスープ、だったのです。
「別盛り」でした。


ああ、めだかのおどり食いをしなくてよかった……と、心底ホッとしました。
女の子は、「面白いねー」と喜んでいたのだけれど、「もしめだかが出てきていたら、どうする?」という質問には、「いや、普通に食べますけど」と答えていたのが記憶に残っています。


その時は「大人の世界には、こんな料理もあるんだなあ」と思ったのですが、この「めだかのスープ」って、結局、その後どの店でも見たことがないんですよね。
この店で見たのも、この一度きりでした。


今はもう無くなってしまっている店なのですが、あの「冷たいめだかのスープ」という文字を見たときの困惑は、なかなか忘れることができません。

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