いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「一緒に遊べる関係でいたい期間」と「一緒に遊んでいる時間」

参考リンク:十七歳の最後の旅(パレード)
十七歳の最後の旅 - パレード


この文章、心に沁みました。
ああ、修学旅行って、「そういう意味」もあるのだなあ、僕たちは、多くのことを、それが「最後」だと知らないまま、何気なく、済ませてしまっているのだなあ。


読みながら、僕は6歳になったばかりの長男のことを思いだしていました。
長男は、来年から小学生になります。
先日、弟が生まれたのですが、これまでは、ひとりっ子で、幼稚園から帰ってきて、家で遊ぶとき、「ひとり遊びの寂しさ」を抱えていたようです。
夜、まだ起きているうちに僕が帰ってくると、「パパ、一緒に遊ぶよ!」と嬉しそうに寄ってきます。


父親としては、息子に「遊ぼう!」と言ってもらえるのは、やっぱり嬉しい。
ただ、最近は、トミカを片手に悪者役を演じたりしなから、「ああ、こうやって息子が僕と遊んでくれるのも、あとどのくらいの期間なんだろう」と、内心せつなくなってみたりもするのです。
こうして、ずっと一緒に遊んでいられたらいいのに……


……と言いたいところですが、仮に10年後までこういう状況で、16歳の男子と50歳を過ぎた僕が仲良く遊んでいるというのも、想像してみると、かなり気色悪いし、そんなことはありえない。
結局のところ、いずれは「卒業」することになるんだよね、してくれないと、困る。
でも、それが今だったら、やっぱり寂しい。
もうちょっとは、だいじょぶだよね、と思いたい。


しかしながら、息子と遊べて嬉しい、という一方で、40過ぎのオッサンがトミカ片手に「ぶーん」とか言いながら、「じどうしゃあそび」とかをやる時間は、けっこうつらいんですよね。
1時間もやっていれば、「ちょっともう勘弁してほしい……」という心境になってきます。


なんだか、ものすごく矛盾しているのだけれど、「息子と遊べる期間が、長く続いてほしい」と日頃は思っているにもかかわらず、個々の「息子と遊んでいるとき」は、早く終わらないかな……と鞄を片手に、終業時刻のベルを待つような心境になってしまうのです。


でも、こういうことって、生きていると珍しくもなくて。
僕は小学校時代に転校する前、通っていた学校で過ごす時間が惜しくてしょうがなかったんですよ。
「転校」というものへの恐怖感もあって。
少しでも長く、いまの友だちと一緒にいたい。
ところが、体育の授業がある日になると「うーむ、今日の体育の授業は、とりあえず早く終わってくれ……」と思っていたのです。
本当に「少しでも長く、このままでいたい」のならば、僕の苦手な体育の授業だって、なかなか終わらないほうが良いはずなのに。
体育終了までの時間がサラッと流れてしまえば、それだけ、僕に遺された時間は短くなる。
それでもやっぱり、体育の時間が終わるまで、早送りしたかった。


生きていると、「良い時間」と「つらい時間」は、モザイク状に入り混じっていて、「いいとこ取り」は不可能なのです。
そして、どんなに「良い時間」でも、その中には、早送りしてしまいたい時間は、含まれている。


「今日はちょっときついから、そろそろ終わりにしたいな、次は、もっとちゃんと遊んでやろう!」
そう堅く決心するのだけれど、その翌日になってみると、やっぱり「今日」になってしまって、なかなか「次」はやってこない。


早送りや、スキップのボタンを押しているうちに、「息子が一緒に遊んでくれる期間」には、いつか終わりがきてしまう。
そんなはずでは、なかったのに。