いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

塾の名前

このあいだ、車で通勤中に、ふと、ある看板を見つけました。
白地に黒で、墨文字っぽく『自助塾』。
外観からの印象では、こじんまりとした個人経営の学習塾のようだったのですが、それからしばらく、心の片隅で、その塾のことを考えていました。
なんだかとても、心に引っかかってしまったので。


「天は自ら助くる者を助く」という、よく知られた慣用句があるのですが、塾で「自助」って、なんか、しっくりこないな、と。
いや、理念としては、よくわかるのです。
この慣用句のように、子どもたちが「自分で努力して、道を切り開けるような人間になってほしい」と願って、塾長は名付けたのでしょう。


でもまあ、なんとなく、
「先生、この問題、どうやって解けばいいんですか?」
「バカモンっ! 自分で考えもせずに答えを聞いてラクしようとするんじゃないっ! 努力が足りんっ!」
というようなやり取りを、想像してしまったりもするわけです。


たぶん、そんなことはなくて、片田舎にある、地元の子どもたち相手の寺子屋的な学習塾の可能性が高いと思うのですが、僕自身、あるいは僕の子どもが塾に行くことを考えたとき、この名前の塾は、ちょっと敬遠してしまいそうです。
なんだか、気合いが入りすぎていて。
あるいは、経営者が訴えたいことが、表に出過ぎているように思われて。


「自助」という考え方が悪いわけじゃないんですよね。
というか、たぶん、正しいのだと思います。
で、それを若者に伝えたい、という意思も、理解はできる。
しかしながら、そういう理想を大上段に掲げられると、なんだか気味が悪い。
こういう感覚って、何なのでしょうね。


逆に「じゃあ、どんな名前の塾なら、入ることを積極的に検討するのか?」とも考えてみました。
うーむ、「東大合格塾」とか「能力向上塾」とかいうような「自信満々の名前」って、けっこう怖いですよね、入ったら、取って食われそうな感じがする……


実際に、大きく成功している塾の名前って(大学受験向けですが)、『河合塾』『代々木ゼミナール』『駿台予備校』『Z会』など、名前は無味乾燥なものがほとんどです。


そうだ、『東進ハイスクール』があるじゃないか!
あれは『東大進学ハイスクール』の略なんだろ?と思って、ネットで調べてみたのですが、『東進ハイスクール』は何かの略である、という記述を見つけることはできませんでした。
これも、もしかしたら、「東大進学」だか「東京進学」だか曖昧なままの『東進』のほうが、「東大」って言ってしまうよりも好感度が高い(というか、嫌われにくい)からなのかもしれません。


「名前」って、自分の「想い」みたいなものを投影したくなるじゃないですか。
僕も自分の子どもの名前をつけるとき、けっこう悩みました。
でも、良い名前を思いついた、という次の瞬間、同じ名前の芸能人とか、知り合いのあまり好ましくない人物のことが浮かんできたり、逆に「あいつは良いヤツなんだけど、名前をもらった、みたいな感じでプレッシャーをかけるのも、お互いになんだかな……」などと悩んでみたり。
結果的には、妻が「これが良いんじゃない?」と考えてくれた名前に決まって、一安心。


ちなみに、いわゆるDQNネームとかじゃなくて、普通すぎるくらい、普通の名前です。
それでよかった、と、いまのところ満足しています。
子どもがどう思っているかは、わからないんですけどね。
あるいは、これからの人生で、どう思うかは。


もちろん、「愛着」とか「思い入れ」って大切だし、何かの名前に自分の「想い」を込めたい、という気持ちもわかる。
とはいえ、あんまり命名者の主張が強すぎるものは、名付けられた側にとってマイナスになりやすいのではないか、と思うのです。
成功した企業名とかをみても、平凡、あるいはシンプルでも十分なのです。
『HONDA』とか「イチロー」とか、ありがちな名前でも、実力があれば、カッコよく聞こえるものではありますし。


それにしても、『自助塾』、いったいどんな塾なんでしょうね。