いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

僕の思い出のラジオ番組たちと「投稿文化」について

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これを読みながら、高校時代のことを思い出していました。
僕は男子校の寮に入っていて、学校と勉強に明け暮れていた(と言いたいところですが、実際は参考書のカバーをかけて、小説ばかり読んでいました。『Oh! X』を読んでいるところを寮監に見つかり、「これは工学技術の本なんです、ほら、こんなに難しそうな数式(プログラム)がいっぱい!」とか言い訳をしたことも、よく覚えている。その結果こんな人間になってしまったので、やっぱり若者は勉強したほうが良いんじゃないかと思います)。

今から考えると、共学でも自宅から通っていても、モテるような要素は何一つなかったので、「全寮男子校」というのは悪くない環境だったような気もするのですが、そんななかで、読書と並ぶ僕の楽しみは、「ラジオを聴くこと」でした。
なかでも、当時、南野陽子さんがDJをやっていた『南野陽子 ナンノこれしきっ!』は、録音して何度も聴き返していたものです。
南野さんが、キャッキャと笑っているのを聴くだけで、なんだかとても心地よかった。


僕は基本的にアイドルが好きなわけではなかったし、あの頃も、夕方、食堂で同級生が『夕焼けニャンニャン』を観ていても、作り笑いをしながら静かに立ち去っていたのですが、ラジオから流れてくるナンノの声には、僕を、なんとなくホッとさせるものがありました。
彼女のファン、じゃなかったけれど、彼女のラジオのファンでした。


中島みゆきさん、デーモン小暮閣下の『オールナイトニッポン』も、よく聴いていたなあ。
閣下の『夜霧の横綱審議会』の丹波哲郎ネタは鉄板でした。


僕と同世代から少し年上のラジオ好きの人たちは『ビートたけしオールナイトニッポン』の話をよくしていたのですが、僕はたけしさんのラジオには、「聴いてはいけない感」があって、ちょっと敬遠していたところがあります。
「コーマンのなかのタンポンを引き抜くように」と早口でたけしさんが言っていたのを、なぜかそこだけ克明に覚えているのですが、当時の僕には、「コーマン」も「タンポン」もよくわからなかったのです。わかるようになったからといって、偉くもなんともなっていないけど。


僕は自分が誰かと喋るのは苦手なのだけれど、見知らぬ誰かの話し声が、内容がわかるかどうか、くらいの大きさで聞こえてくるような世界が好きです。
そこは、孤独ではないし、めんどくさくもない。
その話が、ちょっと面白かったり、自分の知らないことだったら、なおさらいい。
よく聞こえないけれど、なんとなく誰かが喋っている、それだけでもいい。


ラジオって、面白い話が意外なタイミングで聴けることもあります。
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テレビで扱うには短すぎたり、映像栄えしなかったりするような日常の出来事やパーソナリティの「内心」が、ラジオでは聴こえてくることがあるんですよね。
それも、さりげないトークやリスナーからのメールへの感想のなかで。


そういえば、妻と結婚する前、付き合っていた時期、よく車のなかで、『NISSAN あ、安部礼司』を聴いていたものです。
日曜日の夕方5時からなので、出かけたときの帰り、ということが多かった。
当時はまだ会社の先輩後輩でしかなかった安部礼司と倉橋優のふたりが、劇中で結婚して子供も生まれる、という展開は、ちょうど同じ世代の僕たちとシンクロしつづけているのです。
最近は、「ビジネス書みたいな番組」っぽくなってしまって、たまに聴くとちょっと寂しいけれど。


なんとなく、なのですが、1990年代後半から、2000年代前半くらいにネットでテキストサイトとかをやっていた人たちって、『ジャンプ放送局』(世代によっては『ファンロード』)やラジオの深夜放送の「ハガキ職人」の系譜に連なっているような気がします。
2000年代後半くらいからの「ブロガー」たちは、仲間内のSNSの延長か、自己啓発セミナーの課題か、というイメージです(あくまでも「僕の」ですよ)。
前者は「その雑誌の読者や番組のリスナー」を意識していて、後者は「仲間うち」や「講師の採点」を重視している。
ネットで書いている人にも、『ジャンプ放送局』や「オールナイトニッポンハガキ職人」というような、「投稿文化」みたいなものに若い頃に触れていたかどうかで、けっこう「断絶」があるような気がするんですよね。
どちらが良いとか悪いとか、そういう話ではないのだけれど。


やや脱線しましたが、地上波もCS放送もレンタルビデオもストリーミング配信もネットもある時代なのに、ラジオというメディアが生き残ってきたのには、それなりの理由があると思います。
現代において、ラジオがすべてにおいて最高のメディアじゃないのはわかる。
それでも、ラジオの出番って、あるんですよね。