いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

当節ピアノ教室事情

 うちの長男も、4月からは小学生。
 そこで、小学校入学の機会に、習い事を再検討しよう、という話になりました。
 英会話教室に、スイミングに、知育系のプログラム。
 小学校に上がれば、サッカーとかやりたいと言い出すかもしれないし(インドア派っぽいので、たぶん言わないと思うけど)、「勉強系」も、中学受験を意識したものから、公文式や七田式のような「基礎能力開発系」に、最近は図形やパズルに特化したものとかもあるんですね。
 「自分の子どもには何が向いているんだろう?」と悩んでいると、何でもやらせてみたい衝動に駆られるのだけれど、あまりにいろいろありすぎて、「何でも」やらせることは無理だな、と。


 で、小学校入学を機会に「続けるもの、やめるもの、新しくはじめるもの」を決めなければなりません。
 そこで、妻と相談していると、「自分たちが子どもの頃には、どんな習い事をしていたか」という話になって。


 僕が小学校入学の頃、昭和50年代前半くらいって、小学生の習い事って、習字、そろばん、スイミング、ピアノ(オルガン)、そして「学習塾」(中学受験のためというより、学校の授業についていけるように)くらいしか「定番の習い事」って、無かったのです。
 僕より少し年下の妻の時代も、同じようなもの。


 で、僕と妻が共通して習っていたのが、ピアノ、なんですよね。
 率直なところ、僕は子ども時代、ピアノ教室に行くのが、けっこう苦痛だったのです。
 音楽は嫌いではなかったのだけれど、「男のくせにピアノを習っている」というので、同級生男子から、からかわれていたんですよ、40年近く前の地方都市の小学校って。
 引っ越しを機にピアノ教室をやめたときには、内心とても嬉しくて、憂鬱な転校のなかで、唯一のメリットだと思っていたものです。
 ただ、後から考えると、「ピアノを6年くらい習っていた」というのは、それなりにメリットもあって、「いちおう、楽譜が読める」だけでも、音楽の授業で勉強することはだいぶ減るのです。
 ああいうのって、音楽の時間に先生から習うことだけで、どこまで理解できるか、想像もつきません。
 僕の場合は、もともとあまりそういう芸術的なセンスが無かったこともあり、「子どもの頃に、音楽に嫌々ながらも触れていた」というのは、結果的にはプラスになったのではないかな、と。


 それで、長男の習い事に関しても、妻に「ピアノ、なんてどう?」と提案してみたのです。
 すると、妻がこんな話をしてくれました。


 「知り合いに聞いたんだけど、今のピアノ教室って、私たちが行っていた時代とは、だいぶ違うみたいだよ。あの頃って、先生はけっこう厳しくて、家で練習してこないといけなかったし、指の使い方とかから教えられて、バイエルを地道にやってたでしょう?
 でも、いまのピアノ教室って、先生たちは絶対に『練習しろ』って言わないし、家で何もしてこなくても、絶対に怒らないらしいよ。レッスンも、子どもたちが喜ぶような曲をいきなり弾かせて、基礎的なトレーニングはほとんどやらないんだって」


 「それじゃあ、子どもたちは上手くならないんじゃない?」


 「そうなんだけど、今、あまりに子ども向けの習い事の種類が増えすぎていて、とにかくどの子どもも時間がない。親もお金がない。それで、習い事をどれか削ろう、ということになると、最初に削られるのが、ピアノなんだって。
 だから、先生たちも、生徒を減らさないように、とにかく楽しませる、厳しくはしない、というふうになってきてるみたいだよ」


 僕は「練習してこないと、怒られる世代」なので、こういう話を聞くと、「それって、その場では子どもは楽しいかもしれないけれど、技術の習得にはつながらないのではないか?」って思ってしまうんですよね。
 そもそも、そんなヌルいのが「習い事」なのか、と。
 ああいうのは「練習して上達する」ことを学ぶという意義もあるのではなかろうか。
 それでも、「音楽に触れる」だけでも、意味があると考えるべきなのか。
 ただ、実際問題として、よほど音楽が好きか、才能を示している子どもじゃなければ、「ピアノの練習をさせる時間を確保する」というのは、かなりの難題ではありますよね……
 音楽で食べていけるようになるのは、かなりハードルが高いし。


 実際のところ、妻が知り合いから聞いた話の受け売りであり、すべてのピアノ教室がそうなっているわけではないのかもしれないのですけどね。


 ちなみに、我が家の場合、スケジュール的な問題もあるのですが、長男は「ピアノにはまったく興味がない、というか、やりたがらない」ということで、ピアノ教室は選択肢から外れることになりました。
 まあ、僕も子どもの頃は、やりたくないというか「男なのにピアノ習っているなんて、周りには言えないよ……」って感じだったので、お前の気持ちもわかるよ。


 でも、パパは子どもの頃ピアノやっててもこんなに音痴なんだから、長男は将来「何か音楽やっていれば良かったかな」と思う日もありそう。
 まあ、考えようによっては、「ピアノって、習ったことが何の役に立ったのか、よくわからない」ものではありますよね。
 習い事って、基本的に「そういうもの」なのかもしれないけれども。