いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

身近な「食品への異物混入」の話

参考リンク:マック"異物混入"、3時間釈明会見の全容(東洋経済オンライン)
マック"異物混入"、3時間釈明会見の全容 | 外食 | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト



ペヤングの事例につづいて、マクドナルドの商品から相次いで見つかっている「異物」。
やっぱり、口に入るものだから、気にはなりますよね。


この会見内容について、「異物混入の具体的な発生件数については、答えられない」というのは、なんだか秘密主義というか、情報公開がなされていないのではないか、と僕は思っていました。
ところが、今朝観ていたワイドショーのなかでは、匿名を条件にアンケートに答えていた企業はほとんど「異物混入の件数については、お答えできません」という回答だったことが紹介されていたのです。
マクドナルドのような大きな会社となると、事例数もそれなりにあるのでしょうし、中にはお客さんの勘違いや、自分で入れて言いがかりをつけた、というような場合もあるのだとは思います。
食品を扱う企業側としては、そういうのを「公開」することに迷いがあるのは、わかるような気はします。
とはいえ、「言えない」というのは、あんまり感じの良いものではないのも事実。


ただ、この「異物混入」って、食べる側としては「あってほしくないこと」ではあるけれど、「そういうことが起こりうるのも、頭では理解できる」面はあります。
とはいえ、そのクジを自分が引いてしまうと、「何これ!」って思うよなあ。


僕自身の「食品への異物混入」の経験としては、以前、あるうどん屋でごはんについてきた大根の漬物を食べていた際、ふと、最後に残った1枚を裏返してみると、そこに、蛾みたいな虫が一匹、べったり貼り付いていたことがありました。
サラダに青虫、なんていうのは、経験したことがある人も多いのではないでしょうか。
あるホテルの朝食で、レタスの上を青虫が這い回っていた際、「こんなのありましたけど」とレストランの人に見せると、偉い人が謝りに来てくれました。
その際は「そういうことも、ありますよね」って感じで、返金とか特別なサービスとかいうような話にはなりませんでした。
僕も、リゾートホテルの朝食で揉め事とか起こすのはイヤだったし、新鮮なサラダに小さな青虫がいるのは、「合理的」ではあるので、怒るようなことでもないな、と。
それでホテルの若い人とかが怒鳴られてしまったりすれば、かえって気分が悪くなる。
考えてみると、なんであのとき、わざわざ「報告」したのだろう……


そういえば、大学時代の先輩の武勇伝として、「弁当屋で買った弁当のごはんの中に、小さいゴキブリが埋没していた」というのがありました。


「で、それから、どうしたんですか、そのお弁当?」
「食べたよ。ゴキブリと、その周りのご飯は除けたけど。お腹すいてたし」


考えてみれば、オープンキッチンの弁当屋のご飯で、なんでそんなことが起こるのか疑問ではありますが、それを聞いていた部活の面々のうち3分の2は「うえ〜」と先輩の衛生観念に疑義を呈し、残りの3分の1は、「ま、それで全部捨てるのも、なんかもったいないよね」と理解を示していた記憶があります。
20年くらい前は、「抗菌」もそんなに一般的なものではなかったし、衛生観念もおおらかというか、「それでいちいち文句言いにいくのもめんどくさい」という感じだったんでしょうね。
文句を言いにいっても、せいぜい返金+お詫びくらいなのだから、もう一度店まで行く手間を考えると、「もういいや」と。
ヘタにクレームなどつけに行って「オラ、この店では、客にこんなもの食わせるのかよ!」って、自分で入れたゴキブリをラーメン屋の店主につきつけるチンピラみたいに扱われるのもイヤだし。


そういう意味では、いまは「SNSで写真を拡散する」ことによって、店に直接クレームをつけるよりも、もっと「店に対する強力な抗議」ができるので、こんなに一斉に異物混入の事例が吹き出している面もありそうです。
同じようなことは、これまでもあった、というか、最近の日本国内の食品工場の潔癖っぷりをみると、昔に比べて激増しているとは考えにくいのです。


それにしても、先ほどの先輩の話もそうなのですが、「衛生観念」というのは、けっこう個人差があるんですよね。
虫とか金属片というのは、さすがにハードルが高いというか、大部分の人は「気にする」と思うのですが、中には、自発的に「異物」を混入する人もいます。


2014年7月に放送された、『旅猿SP』カリブ海編で、ゲストの女優・平愛梨さんが「軽い潔癖症」を告白していました。
「回し飲みとか、すごくつらい。家族とでもイヤ」という人でも、テレビ番組のロケともなれば、あからさまに拒絶もできないわけで、男性芸人3人との旅番組は、キツい仕事だったろうな、と。


僕は幼稚園児の長男の飲み残しなどを「もったいない」と口にすることも多いのです。
でも、飲み会などで、ちょっと珍しいカクテルなどを「ひとくち飲ませてください」と、注文した人以外が口にしているのを見ると、「この人は、他人が口をつけたものを飲むことに、こだわりがないのだろうか?」と、気になるんですよね、ほんの少しだけ。
「絶対にイヤ」とかいうわけじゃなくて、僕なんかが飲んだ後のものに、口をつけることに不快感はないのだろうか?とか、なんだか不安になってしまう。
場の雰囲気で、嫌々ながら、口をつけているのではないか、とか。


正直言うと、僕も「ちょっとは気になっている」のです。
潔癖性とは、程遠い生活をおくっているにもかかわらず。
衛生的に、というよりは、「親愛の情としてのまわし飲み」みたいなものに、違和感があるといえばある。
(衛生的に考えれば、自分の体調が良ければ、重い感染症にかかっている人との回し飲みでもないかぎり、回し飲みで混入される唾液というのは「それで病気にかかる可能性は極めて低い」のです)



 蛭子能収さんは『ひとりぼっちを笑うな』という著書のなかで、こんな話をされています。

 テレビのロケで地方に行ったときは、収録終わりに出演者とスタッフで「みんなで一緒にご飯を食べましょうか!」という流れになることが多いんです。おいしいと評判の地元の料理屋さんに行って、広いお座敷みたいなところに案内されて、と。その土地の名産を大皿で出されます。

 それをみんなで、ワイワイ言いながら箸でつつくわけです。

「やっぱり、地元の名産はおいしいね!」とか言い合いながら。言ってみれば、その仕事が無事に終わったことを示す、簡単な打ち上げですね。

 でも、この大皿料理っていうのが、僕はどうも苦手で……いつも、つき合い程度に箸をつけるだけで、「ひとり分のカレーライスが食べたいなあ」「早くお開きにならないかな」と、頭のなかで思いながらやりすごしています。

 お開きになってみんなと別れたあとは、すべてから解放された気分で心が満たされます。その足でひとりぶらぶら街に出て、自分の好きなものを食べに行く。

 そもそも、他人が箸をつけたものを自分の口に入れるっていうことが、生理的にダメなんですよ。別に特段、潔癖性というわけではないし、それが汚いとか、自分がきれいと思っているわけでもない。でも、昔からダメというだけなんです。


 こういうのって、たぶん、「それで病気になるのが怖い」とかいうよりも、「生理的にダメ」「昔からダメ」みたいなのが、正直なところなのだろうな、と。
 だから、「そのくらいで病気になんかならないよ」というのは、あまり説得の材料にはならないのです。
 

 「食品異物」なんていうのは、「普通の人が普通に食べる食品のレベルでは、どんなに徹底的に管理しても、絶対にゼロにはならない」というのはわかるのだけれど、それが自分に起こると納得できないもの、の典型例ではありますね。


 「ちょっとひとくち飲ませて」って、みんな気にならないのかなあ。
 「いちいち気にすると場の雰囲気を悪くしそうだから、ちょっとだけガマンしている人」って、少なからずいるのではないかと思うのだけれども。