いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

小林麻央さんの訃報を聞いて


www.asahi.com



 小林麻央さんのご冥福をお祈り致します。


 小林麻央さんの闘病しながらの日常を綴ったブログ、ずっと読んでいました。
 僕の母親も乳がんで亡くなっていて、家族としてその経過をみてきましたし、職業柄、厳しい状況であると認識はしていたつもりなのですが、訃報を聞いて、涙が止まりませんでした。
 悲しい、若くして亡くなってかわいそう、という感情よりも、最後まで発信をつづけ、がん患者としてではなく、ひとりの人間として「日々の幸せだったことや家族のこと、心の揺れ」を綴り続けた麻央さん、そして、海老蔵さんをはじめとする家族の方々の「生きざま」への敬意のほうが、ずっとずっと強かった。
 不謹慎なのはわかっているけれど、「お見事でした」と思いながら泣きました。


 僕は最初の頃、小林麻央さんの闘病ブログに、あまり良い感情を抱いていませんでした。
 それは、彼女への反感というよりは、「同じような病気で苦しんでいる人、身内からも見放され、経済的にも困窮している人が大勢いるのに、芸能人・有名人であるというだけで、こんなに注目され、応援され、ブログからの収入も得ている人がいる」ことへのやるせなさ、だったのです。
 でも、ずっと彼女のブログを読んでいて、少しずつ僕が偏見に凝り固まっていたことがわかってきました。
 これまで、日本で「がん患者であること」は、悲劇の象徴であり、社会的には、その病名がついただけで「がんになった人」「がん闘病中の人」というレッテルを貼られてきたのです。
 ちょっとアクティブに動き回っただけで、「ちゃんと養生しなきゃ」なんて、親類からたしなめられたり、ちょっと笑顔をみせただけで「意外に元気そう」と言われたり。


 多くの人が「人間」ではなくて、「がん患者」にされてしまっていたのです。
 がんという病気を抱えていても、ほとんどの人は、ふつうの日常生活を送っていて、些細なことで笑ったり、怒ったりしているのに。


 小林麻央さんのブログは、そんな「日常」にあふれていました。
 海老蔵さんのこと、子供たちのこと、些細な気づきや嬉しかったこと……
 いままで「がん患者」は、歯を食いしばって「闘病」する姿ばかりがクローズアップされてきました。
 人間はみんな、命が尽きるまでは生きているし、幸せを感じることもできる。
 調子が良い朝もあれば、眠れない夜もあるけれど、それは、特別なことじゃないのに。


 小林麻央さんが、2016年の11月に、BBCに寄稿した文章があります。
www.bbc.com

病のイメージをもたれることや弱い姿を見せることには「怖れ」がありました。
なので、当時、私は病気を隠すことを選びました。
隠れるように病院へ通い、周囲に知られないよう人との交流を断ち、生活するようになっていきました。

 
 がんの患者さんは、「なんでこんな病気になってしまったのだろう?」と、自分自身を責め、周りに病気が知られることを恐れ、閉じこもってしまいがちになります。
 「病気」のつらさに加えて、精神的な苦痛を感じることが多かったのです。

人の死は、病気であるかにかかわらず、
いつ訪れるか分かりません。
例えば、私が今死んだら、
人はどう思うでしょうか。
「まだ34歳の若さで、可哀想に」
「小さな子供を残して、可哀想に」
でしょうか??
私は、そんなふうには思われたくありません。
なぜなら、病気になったことが
私の人生を代表する出来事ではないからです。
私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、
愛する人に出会い、
2人の宝物を授かり、家族に愛され、
愛した、色どり豊かな人生だからです。


 小林麻央さんの闘病は、かなり苦しかったと思うんですよ。
 舞台裏では、さまざまな葛藤やブログには書けない(書かない)出来事もあったはずだし、気持ちが荒れた夜だってあったのではないだろうか。
 そんななかで、「日々の生活のなかで、希望や嬉しかったこと、気づいたことをブログで発信し、読者とやりとりをする」というのは、「病人として社会から置き去りにされる」苦痛から、麻央さんを救ってくれた。
 最初は「ブログのネタ」のつもりだったのかもしれないけれど、「幸せなことさがし」を続けていくうちに、それが麻央さんの生きる力になっていたように感じていました。
 海老蔵さんも、会見で「ブログが麻央さんや家族の生きがいになっていた」ことを語っておられましたし、だからこそ、あえてブログの更新を続け、公演の合間に自分の言葉で語るための会見を開いたのでしょう。
 がんの治療をしていると、定期的にテレビ出演とか、ドキュメンタリーの取材を受けるとかは難しい、あるいは、リアルタイムで多くの人と繋がることはできなかった。
 ところが、ブログでは、そんな状況にある人も、あまり身体に負担をかけずに、自分の言葉で、リアルタイムに発信できるのです。
 ドキュメンタリーでは放映されない、「日常」が、そこにはありました。
 ああ、がんに罹患していても、こんなふうに、人生を楽しむ時間があってもいいんだ。
「ファイティングポーズをとっている姿」以外を見せてもいいんだ。


 小林麻央さんは、最期まで、ひとりの人間として、生き抜いた。
 本当に、立派な「生きざま」だった。
 若くして亡くなったことは残念だけれど、だからといって、生きてきたこと全部が悲しみで塗りつぶされるわけじゃない。
 小林麻央さんが遺したブログは、これからも多くの人に「発信する勇気」を与えてくれると思います。
 お子さんたちにとっても、大切な「お母さんの記録と記憶」になるはず。


 闘病している人が発信することで、「寄付してください!」なんて言わなくても、多くの人が興味を持ってブログを見ることが経済的なサポートにつながるというのは、悪くない仕組みだと感じます。
 お金に関しては、公的な援助がもっと充実してくれれば良いのだろうけれど、これからの日本の年齢構成や財政を考えると、高福祉のほうに進んでいくとは考えにくいですし。


 海老蔵さんは「(麻央さんは)無念だと思う」と仰っていました。
 たしかに、子供たちの将来を見届けたかっただろうなあ。
 家族としては、当然の気持ちでしょう。


 それでも僕は、小林麻央さんの生きざまに、悲しみの涙ではなくて、感謝と拍手を贈りたい。
 麻央さんが撒いた種は、きっと、病で苦しんでいる人の心に、勇気と希望の花を咲かせ続ける。
 死ぬことが「敗北」であるのなら、人間はみんな、「敗北が約束された存在」になってしまうけれど、そんなはずはないと信じたい。


 僕は、小林麻央さんや市川海老蔵さんを「聖人君子化」せずに、ずっと覚えていようと思います。海老蔵さんは、これからずっと悲しみ続けるにはまだ若すぎるし、もともと「灰皿テキーラの人」なのだし。海老蔵さんも、やりすぎない程度に、羽目を外す夜があっても良いんじゃないかな。
 いま生きている人は、なるべく良い形で生き続けてほしいし、生きることを楽しんでほしい。簡単そうで、ものすごく難しいことではあるけれど。
 

小林麻央写真集(DVD付)「まおのきおく」

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