いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「戦力外になった男」の分岐点

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そうか、篠田戦力外か……
カープファンにとっては「未完の左腕エース」であり、左投手が慢性的に不足しているチームのなかで、「実は現役選手のなかでは、チーム内で通算最多勝左腕」だったんですよね。
例年春先は絶好調なのに、暑くなってくると体力的な問題なのか打たれはじめ、秋口くらいになると、「そういえば篠田、どうしてる?」って、ふと思い出す、そんな選手だったなあ。
高橋建さんも「暑い時期は勝てなくなるサウスポー」だったような。


素質はあるのだから、いつか出てきてくれるはず、二桁勝てる日が来るはず、と期待していた篠田だったのですが、本人は「10年もやらせてもらって、悔いはない」と現役引退の意向だそうです。
2012年オフに左膝半月板を手術をしたあとは、球威が大きく落ちてしまい、先発の谷間に1軍で先発した試合は、むしろ、「この状態で1軍に上げるのは、本人にとってもつらいのではないか」と言いたくなるような状態でした。
今年も2軍で4勝(6敗)もしているのですが、先発5番手が埋まらないチーム事情のなか、一度も1軍に呼ばれなかったのは、やはり、「上で通用するピッチングではない」という評価をされていたのでしょうね。
長年カープのために貢献してくれたピッチャーであることは間違いないし、本当にありがとうございました、とお礼を申しあげるのと同時に、まだ30歳ですから、第2の人生が素晴らしいものになることを願っております。


さて、この記事中には、「シャケ」こと鈴木将光選手、育成のデヘスス投手(デヘススとか、この段階でクビなら何を期待して契約していたのかよくわからないんですが、契約でもめたりしたのだろうか)とともに、武内久士投手の名前も出ています。


武内……ファームではけっこう活躍していて、今年は一度1軍で先発のチャンスももらっているんですよね。
残念ながら、4回4失点で、ものすごく好意的に言えば「まとまっている」、率直に言うと「決め球がない」内容で、1試合のみで、再び2軍行きになってしまいました。


僕は、この武内投手のことが、ずっと気になっていて。
ある試合で武内投手を襲った「悲劇」が、すごく印象的だったので。


武内投手は、入団当初はリリーフで起用されていたのですが、先発の適性を見出され、ファームで先発投手としての実績を積み上げていきます。
5番手、6番手の先発がなかなか決まらないここ数年のカープにとっては、その枠を埋める候補だったのです。
そんななか、2013年6月28日の阪神戦で、武内投手は、プロ入り2度目の先発のチャンスをもらいました。
そこで、阪神相手に、素晴らしいピッチングを披露するのです。
僕はこの試合、ずっとネットで経過を追っていて、「今日は武内か……『捨てゲーム』かな……」と斜に構えていたところ、その武内が6回までノーヒットピッチングをして、「救世主登場!」と舞い上がっていました。
武内投手は、疲れもあったのか、7回に1点を失ったものの、7回終了時点で、スコアは4−1とカープ3点のリード。あと2イニングですから、まずこれで、プロ初勝利。
ところが……


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リリーフ陣が大炎上し、味方の守備も乱れまくり、なんと、カープは大逆転負け。
まあ、カープには今年のヤクルト優勝決定翌日にもあったような「終盤での信じられない負け方の歴史」があるので、その日の時点では「ああ、武内、せっかくプロ初勝利のチャンスだったのに、ついてないな……」と、ただ、それだけの印象でした。
これだけのピッチングができたんだから、そのうち勝てるだろう。


武内投手は、これだけ好投しながらも、ローテーションの関係で「しばらく登板機会なし」ということで、この登板のあと、二軍へ。


僕があの日に「そのうち」来るだろうと信じていた「初勝利の日」は、予想に反して、なかなか訪れることがありませんでした。
武内投手は、あれだけのピッチングを見せたにもかかわらず、2013年シーズン、その後一度しか先発の機会が与えられなかったのです。
正直、あの阪神戦は「でき過ぎ」な感じはしましたし、もともと「これが武器」という球種も、すばらしいコントロールもなく、「それなりにまとまっている」ことが長所でも短所でもあるピッチャーだったのだけれど、それにしても、もう少しチャンスをあげても良かったのではなかろうか。
「6回無失点、ノーヒット」という結果を出せるピッチャーって、そうそういるものじゃないのだから。
カープは明らかに「先発の頭数不足」だったのだし。


そのあたりの「干されていたようにさえみえる起用の裏事情」は、僕にはわかりません。
プロの目でみると、やはり「力不足」であり、あの試合の好投は「偶然」だという評価だったのか、あるいは、首脳陣の好みとか、他に優先すべき選手がいる、という判断だったのか。


僕はいまだに、想像してしまうのです。
もしあの日、2013年6月28日の試合、武内投手が勝ち投手になって、「1勝」を手にしていれば、その後のプロ野球人生は、変わっていたのではなかろうか。
試合の結果が「負け」になったことによって、武内投手はヒーローインタビューを受けられなかっただけではなく、あの試合での素晴らしかったはずのピッチングの印象まで悪くなってしまったのではないか。

監督やピッチングコーチが起用について考えるとき「このあいだ勝ったアイツにしよう」という動機はあるはずです。
あの試合の8回にリリーフが打たれたり、野手がエラーしたりしたことは、武内投手のピッチング内容とは関係がないはずなのに、そのまま勝ち投手になった場合と比べれば、「新星登場!」というインパクトは、はるかに薄れてしまった。
「1勝」していれば、しばらくローテーションで使ってみようか、ということになったかもしれないのに。
何より、本人だって、あれだけのピッチングをして「先発でプロ初勝利」していれば、大きな自信になったはず。
ちょっとしたきっかけで、選手が「化ける」ことは少なくないのだから。


カープのピッチャーでも、マエケンや黒田、あるいは大瀬良クラスであれば、こういうのは「一過性の悲劇」にしていたでしょう。
こんな逆転負けを食らっても、首脳陣は彼らの力を信じて起用しつづけ、彼らはシーズンが終わってみれば、それなりの結果を出している。
でも、ボーダーラインギリギリの選手にとっては、こういう「運」みたいなものが、ものすごく大きいのだろうな、とあらためて思うのです。
あの試合で、勝ち投手になれていれば。


年を経るごとに、あの試合の「意味」は、色濃くなっていきました。
そんなはずでは、なかったのに。


武内久士、6年間のプロ野球生活で、1軍の公式戦に11試合登板、0勝1敗0セーブ。


これから現役続行を模索するのか、新たな道を探すのかはわかりませんが、僕にとっては、記憶に残り続けるであろう選手です。