いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「アルバムで音楽を聴いていた」世代からの遺言


anond.hatelabo.jp


このエントリと、ブックマークコメントなどでの反応を見て、サザンオールスターズ桑田佳祐さんが、レコード会社を移籍した際に、前の会社が勝手に「バラード・ベスト」を出したことに激怒していた、という話を思い出しました。
 「アルバムのなかで、ひとつのバラードを活かすために構成や曲順を考え抜いてきたのに、『いいとこどり』をされたら、そんな努力が無駄になってしまう」ということで。

アルバムという形式があるから、そのなかでいろんな曲を入れてみて可能性を試したり、アルバム全体が1時間のドラマになるように曲順を構成したりする、という時代があったのです。

まあでも、正直なところ、これは一度針を落としたら、簡単には早送りも巻き戻しもできないし、A面とB面を物理的に裏返さなければならなかった時代を知っている僕の世代(現在50代前半)の感覚なのかな、とも思うのです。

今10代の長男や小学生の次男は、欲しい曲は配信サービスで買うのが当然、というか、「CDのアルバムなんて買ったことがないし、CDプレイヤーもほとんど使ったことがない」のですよね。

今となっては、レコード盤の脆さや針を落としてから音が出るまでの少しの間がたまらなく愛おしく感じるのですが、だからといって、わざわざあの頃と同じことをするか、と言われると、やっぱりめんどくさい。それを趣味としてやっている人も少なくないし、「レコード盤の音が好き」という人がいるのも承知してはいるのですが、僕はそれほど音楽好きでもないし、こだわりもないので。

10代の頃の僕だって、今と同じ環境だったら、聴きたい曲だけを繰り返し聴いていたのではなかろうか。
当時は「アルバムはたくさん曲が入っていてシングルより得」みたいな感覚もありました。


シングル曲には、どうしても「耳に残りやすい、キャッチーな曲」が選ばれやすいし、とにかく曲の最初とサビのインパクト重視になりがちではあります。

僕がiPodをはじめて買ったのは、2002年だったと思うのですが、「携帯用CD/MDプレイヤーで聴けばいいのに、なんでわざわざこんな高いものを買う必要があるんだ?」と自分で使ってみるまでは考えていたんですよ。
しかしながら、使いはじめてみると、CDを持ち歩かなくて済むのと、ランダム再生で、次に出てくる曲がわからない、なんか気分じゃない曲はすぐにスキップできる、というのは革命的なことだったのです。

僕自身、もうこの数年くらいは、1枚のアルバムを通して聴くことは無くなっており、CDを買ってもそのままiPhoneに取り込んで、ランダム再生の中の一曲にしています。

iPodiPhoneという道具は、音楽の聴きかた、聴かれかたを劇的に変えました。
デジタルカメラからスマートフォンのカメラの高性能化によって、写真が「タイミングを厳選して撮影するもの」から、「とりあえず気になれば撮り、あとでデキの良いものを選択すればいいもの」になったように(だからこそ、「プロの1枚」の凄みに圧倒されるところもあるのですが)。

インターネットのコンテンツも、個人サイトからブログ、そしてSNSと、どんどん属人的なものから「話題になったつぶやきや写真のみ」が参照されるようになり、フォロワーや常連さんを掴みにくい状況になってきていますし、YouTubeの動画も現在は1分(あるいは数十秒)単位で見られる、ショート動画が人気となっています。
その一方で、コンテンツが短くなりすぎると、どうしても流行るのは同じようなものばかりになりやすい、とも感じます。

コンテンツがどんどん短く、わかりやすいものになっていくのは、コンテンツが洪水のように押し寄せてくるのに可処分時間は50年前と大きくは変わらない現代人にとっては致し方ない変化ではあるんですよね。夜になったら、本を読むかラジオの深夜放送を聴くしかない、という時代と、いつでもどこでもNetflixの現代とでは、時間の使いかたが変わるのは当たり前です。


ただ、短ければ短いほどいい、というわけでもないのです。


 百田尚樹さんが、『愛国論』という本での田原総一朗さんとの対談のなかで、こんな話をされています。

百田尚樹評論家なんかはよく「この小説にはテーマがない」と、いったりします。たとえば「戦争は絶対にダメである」というテーマが重要だ、とかね。そんな意見を聞くと私は、だったら原稿用紙を500枚も600枚も埋めていく必要なんかない。「戦争はダメだ」と1行書けば済むじゃないか、思います。


田原総一朗うん、そりゃそうだ。


百田:小説が論文と違うのは、そこです。「戦争はダメだ」「愛が大切だ」「生きるとは、どれほどすばらしいか」なんて1行で書けば済むことを、なぜ500枚、600枚かけて書くのか。それは心に訴えるために書くんです。「戦争はダメ」なんて誰だってわかる。死者300万人と聞けばアタマでわかるし、悲惨な写真1枚見たってわかる。けれども、それはアタマや身体のほんとに深いところには入らない。そんな思いがあって、『永遠の0』という小説を書いたんです。


 ネットではとくに「3行でまとめて」などと言う人が多いけれど、「戦争は悲惨なものです。やめましょう」という「テーマ」をそのまま提示されたら、「そんなのわかってるよ……」としか思わないですよね。
 「あらすじで読む名作」とかにしても、名作とされるものの「あらすじ」なんて、ある程度「型」にはまっていることが多くて、本当に大事なのはディテールじゃないか、と僕は考えるようになりました。
 SNSで話題になるTweetを見ると「ツッコミどころがある」のも大事なようです。
 YouTuberの発言なんて、どこまでが素で、どこからが「炎上狙い」なのかわからないし。

 「つまらない映画」をある程度観ないと「面白い映画の、どこが面白いのか」はわからない、そんな気もするのです。
 それは、僕がまだ若い頃に、「暇だなあ」と思うことができる時代だったからなのかもしれませんが。
 
 音楽のアルバムにしても、ネットのコンテンツにしても、映像配信サービスにしても(僕はAmazonプライムビデオやNetflixも、これからはもっと1作品が短くなっていくのではないか、と予想しています。プライムビデオの『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』も、結局第1話しか観ておらず、1話1時間って、けっこう長いな、と思うのです)、結局はその時代に合わせて聴かれかた、観られかたは変わらざるをえないわけです。
 提供する側からすれば、「渾身のアルバムを隅々まで聴いてほしい」し、「一生懸命書いたエントリを最後まで読んでほしい」のだけれど、僕だって読む側になると、長いブログは途中から飛ばし読みすることが多いのです。

 少なくとも「商業的に」考えるのであれば、いきなりインパクトがあるサビの部分が流れてくるような作品ではないと厳しい。
 そして、これだけコンテンツが世の中に溢れていると、一発屋上等で「渾身の一作でボロ儲けする」か、「その人が作ったものなら何でも無条件に受け入れて、お金を払ってくれる太客を作って集金する」かしかなくなっているわけで、もう、少数の超勝ち組か出遅れた(あるいはオワコンになった)負け組の両極端になっていて、「HIKAKINか餓死か」みたいになってきているんですよね。

 最近のCDやDVD、BDなどの物理メディアで販売されている作品って、作品そのものだけでは配信サービスに負けてしまうので、「付いてくる特典でなんとか勝負しようとしている」ものが多いのです。AKBの「握手券商法」は批判され続けてきましたが、アイドルじゃなくても、推しを応援するためか、特典をゲットするためじゃないと、わざわざCDを買おうとは思わない。売る側だって、今はそう考えているのです。
 僕の感覚では、ずっと「配信でダウンロードするよりも、CDが手元にあったほうが、データが消えることがあっても残るしCDそのものへの愛着もある」のですが、僕の子供をみると、デジタルネイティブ世代にとっては「CDとかあってもどうせプレイヤーで聴くことはないし、取り込むのがめんどくさいだけ」みたいです。CDアルバムに対しても「なんでわざわざ聴きたくない曲まで買わなくてはならないのか」と。

 僕だって、若い頃に遊んでいた『Wizardry』とか『惑星メフィウス』『デゼニランド』とかは、思い出の中では輝いているけれど、今、懐かしさ補正抜きでプレイしたら1時間で飽きるかイヤになると思うのです。
 だからといって、あの頃に遊んだ時の僕の中での「価値」が変わるわけではありません。

 素晴らしいCDアルバムはあったし、今でも、たぶんあるはず。
 でも、「アルバムなんてコスパが悪い」と考える人が増えるのは、仕方がないことなんだろうな、と思います。
 たぶん「そのコンテンツ(や作者)が本当に大好き」なら、アルバムも買うんじゃないか、という気もしますし。
 アルバムって昔からほとんど、「あのシングル曲も入っていて10曲入り3000円でお得」か「そのアーティストが好き」といういずれかの理由で買われていたのです。
 「コスパ」か「推し」か。

 コロナ感染拡大前までは、その反動のように「ライブ」の価値が上がってきていて、配信で知名度を上げて、ライブの集客で稼ぐというスタイルのアーティストが増えてきている、という話もありましたし、コロナが終息してくれば、その流れが再燃する可能性もありそうです。
 
 とりあえず、それが受け入れられるかどうかはさておき、長く生きてきた人間としては「こんな面白いものがあった(ある)」と語り続けることを楽しめばいいのかな、と思っています。


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