いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

人びとを「プア」から「ワーキングプア」に全力でクラスチェンジさせようとしている国で生きるということ


fujipon.hatenablog.com

※前回のこの記事の続きです。


anond.hatelabo.jp
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 これらの『匿名ダイアリー』を読んだ人たちに知っておいてもらいたいのは、現在の日本は、すでに、生活保護低所得者への援助を積極的に行っている国ではない、ということなんですよ。


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 この本で示されるという統計によると、「日本では必要な人の10~20%しか生活保護を申請しない」そうです。


 この本には、こんなことが書かれています。

 ごく簡単に言えば(「子育て罰」というのは)、子育てする保護者はそうでない大人に比べて賃金が低く、貧困に陥りやすいという課題を表現する「child penalty(チャイルド・ペナルティ)」という概念がベースになっています。とくに低所得子育て世帯に対する所得再分配が「冷遇」とも呼べる厳しい状況であることを批判しており、ポイントをわかりやすく説明すると以下のようになります。

・日本では所得再分配政策がもともと低所得層(とくに子育て中の働く低所得層)に不利という意味で逆説的である。
・とくにひとり親世帯への再分配は政策的に失敗している。
・日本は先進諸国の中でひとり親世帯の貧困率が突出して高く、シングルマザーに猛烈に厳しい国である。

 
 近年の自治体の子どもの貧困調査や支援団体の調査では、低所得層はひとり親だけでなく、2人親もまた非常に厳しい生活を強いられていることもわかっています。ひとり親が受けられる児童扶養手当は、2人親だと受けることができません。
 内閣府が2020年9月に発表した「子どもの貧困の状況」によると、子育て世帯の16.9%が食料を買えない経験を、20.9%が衣服を買えない経験をしており、衣食住にも不自由する厳しい状況が明らかになっています。

 日本の場合、ひとり親世帯の親がみな就業するというシナリオでは、貧困率が逆に悪化します(54.7%→56.0%)。もう一度言います。ひとり親家庭の親が全員働く想定でシミュレートした結果、日本は貧困率がさらに悪くなります。働くことが貧困改善につながらず、むしろ悪化してしまうような国は日本だけなのです。
 就業率向上シナリオによる貧困削減効果が低い、というか、むしろ悪化する国。いったいなぜこのようなことが起こるのでしょうか。
 答えは簡単で、日本のひとり親世帯の親はすでに十分すぎるほど働いているからです。そして日本の貧困の原因は、人びとが働かない(非就業)ことにあるのではなく、働いているのに貧困になる(ワーキングプア)ことにあるからです(この分析は、失業世帯を就労世帯に入れ替える形でシミュレーションしているので、余計にそれがあらわれます)。このような国で就労支援政策に力を入れることは、人びとをプアからワーキングプアにさせることに懸命に力を注いでいるのと一緒です。


 「ちゃんと働け!」というプレッシャーは強いけれど、貧困者ががんばって働くと、さらに貧しくなってしまうのです。なんなのその地獄絵図。


 さらに、こういう考え方もあるのです。
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 この新書では「人の命と経済」についての話が多く採りあげられています。
 人間の「健康」といえば、「病気」や「医療」とリンクされることが多いのですが、「経済で人が死ぬ」こともあるのです。

 たとえば1991年、ソビエト連邦共産党解散を受けて、ソビエト社会主義共和国連邦、つまりソ連が崩壊した。このとき、共産主義的な社会保障や雇用が急激に失われたのである。
 その状況で、経済的な混乱に陥ったロシアや東欧諸国を含む旧ソ連地域全体に何が起きたか。実に、970万人も成人男性の人口が減ったのである。さらにロシア人男性の平均寿命を見てみれば、1991年から94年までのたったの3年間で、64歳から58歳へ6歳も縮んだ。
 なぜこのような事態が起きたのか。当時の死亡診断書を紐解いてみると、25歳から39歳という、比較的、若い男性の死亡率の上昇が著しいことが分かる。死因としては「アルコール依存症」が最も多い。一説によれば、旧ソ連圏全体で約400万人がアルコール依存症で死んだと言われている。
 このほか、自殺や事故死、他殺などの外因も多かったようだ。なかでも失業者はそうでない者と比べて、6倍も死亡率が高かった。

 緊縮財政を行ったギリシャにおいても同様で、2007年から09年にかけて自殺率は24%も増加している。さらに2008年から11年にかけて、乳幼児死亡率が40%も増加した。


 「社会不安」というのは、こんなにも人を殺してしまうものなのか……とこれを読むと愕然としてしまいます。

 総じていえば、生活保護を受けている人たちは(一部に不正受給の問題があり、それは精査・糾弾されるべきだと思いますが)、現状、必要な人たちの1~2割だけでしかなく、さらに、「生活保護を受けずに頑張ろう」と働いている人たちは、税金で徴収されたお金の再分配で救われるどころか、さらに貧困率が上がり、生活が苦しくなっているのです。

 努力しない、働かないのが悪い、と言うけれど、働いてもそれに応じた報酬が得られず、かえって保障の打ち切りなどで生活が苦しくなってしまう、というシステム(法律や政策)は、問題が大きすぎます。


 「働かない生活保護受給者が悪い」というけれど、大部分は、病気や家庭の事情などで「働けない」あるいは「働いても生きていけるだけの報酬を得られない」人たちです。ごく一部の不正受給者だけをやり玉にあげて、「生活保護を受けているやつらはみんな悪」みたいなのは、ナンセンスだとしか言いようがありません。

 そういうプレッシャーが「受給すべき人のうちで、実際に受けている人が1~2割」という結果につながっていて、国の社会保障費削減には有効なのかもしれませんが。

 本当にそれでいいの?って話ですよね。「子どもの教育にお金を使え」っていう話もありますが、「まずは最低限の衣食住を整えること」がもっとも重要だと教育現場でも考えられているのです。
 まず、それができてから、次に「教育」だと。満足にご飯も食べられない状況では、勉強なんてできないよ。二宮金次郎が通用するほど、いまの受験は簡単じゃないし。


 ただし、「税金をたくさん払っている人たち」の言い分も、けっして「間違っている」とは言い難いのです。


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 アメリカでは「富裕層が多い街」が、どんどん「独立」し、そこにさらに富裕層が移り住んでくる、という状況だそうです。

 そのなかのひとつ、ジョージア州のジョンズクリーク市を取材しているのですが、ここは人口8万3000人、平均世帯所得が1270万円、住みやすい都市:全米4位だそうです。

 この街の人たちはなぜ独立を望んだのか。当時、賛成に票を投じた人に話を聞くと、こんな理由を語ってくれました。
「支払った税金は自分たちのために使いたい。そのほうが質の高い生活を送ることができる」「自分の税金が誰か知らない第三者のために使われるのではなく、税金は自分の利益になることが理想だと思ったんだ」
 つまり、自分が払う税金は、まず自分のために使ってほしいと思って独立に賛成したというのです。


 この独立の背景には、貧しい人がたくさんいる地域で犯罪が多く、警察もそちらへの対応が忙しくて、税金を多く払っているはずの富裕層が住む地域がおろそかにされている、などの「不公平感」があったのです。
「なんでこちらのほうはお金を払っているはずなのに、公共サービスで後回しにされるのか?」
 まあ、そう言いたくなるのも、わかりますよね。
 独立してからは、独自の渋滞解消システムや警察の留守宅への巡回サービスまでも取り入れられ、住民たちは満足しているようです。


 その一方で、ジョンズクリーク市などの富裕地区が独立してしまったフルトン郡の税収は44億円も減ってしまったそうで、取り残された地区では、行政サービスが劣化してしまいました。

 独立から取り残された地域では、行政への不満が高まっていました。
 住民の声です。
「バスの最終便の時間が早まったの。一番遅いバスが夜の9時まで。たいていのは夜の8時台で終わりよ。とにかく終わるのが早すぎよ。ショッピングモールは夜9時までやってるのに、どうやって帰るのよ」(女性)
「道路の土を盛るのに4ヵ月もかかるなんて、そんな時間があったらビルが建つよ。家だって何軒も建つ」(男性)
 生活保護を受けながら6人の子供と暮らす女性は、
「自分より低所得の人を助ける心を持つべきだと思います。彼らは恵まれているのですから。自分勝手だと思います。それに不公平ですよね。今言えるのはそれだけです」
 と話してくれました。


 こういう両側からの意見を読むと、僕は考え込まずにはいられません。
「公平」って、何なんだろう?
 富裕層からいえば、「低所得層のほうが、拠出しているお金は少ないのに公共サービスを優先的に受けていて『不公平』だし、貧困層からみれば、「富裕層は恵まれているのに自分たちのことしか考えていなくて『不公平』」なんですよね。
 結局、どちらかが正しい、というよりは、どこかで折り合いをつけなければならないのでしょうけど。

 これって、どんどん「格差」が進んでいったら、行きつく先は「富裕層と貧困層の戦争」か「奴隷制度」になるのでは……


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 この本で指摘されている現代社会の問題点は、「弱者救済」「移民の受け入れ」「社会保障のさらなる充実」が、経済成長の停滞とともに、限界を迎えている、ということなのです。

 リベラル派は生活保護バッシングに対して「それは社会の福祉機能を弱めることにしかならない」と批判する。
 しかしこれはかなり表面的な見方だ。「生活保護受給者をバッシングしている以上、それは反福祉にちがいない」と素朴に考えてしまうようでは、政治的言説に対するリテラシーがあまりにも低すぎる。
 生活保護バッシングには、「反福祉」どころか、その制度を「もっと適正化すべきだ」という問題提起が込められている。そこに注目するならば、生活保護バッシングには「財源が限られているなかで生活保護制度をより確固たるものにしよう」という「親福祉的な」方向性さえみいだされるのである。
 そもそも、リベラル派は生活保護バッシングをおこなっている人たちを「不安定な雇用や貧困にあえいでいる人たち」とみなすが、これは一方的な決めつけだ。
 そこにあるのは、生活保護バッシングに込められた問題提起を無視するための無意識的な戦略である。すなわち「生活保護バッシングは不安定な雇用な貧困にあえいでいる人たちがねたみの感情からおこなっているものにすぎず、そもそもまともに耳を傾けるべきものではない」というレッテル貼りをすることで、そこに込められた問題提起を無視する、という戦略だ。
 この戦略は、「右傾化」している人たちを「厳しい生活環境から誤った考えにおちいってしまった人たち」と片づけることと同じ戦略にほかならない。
 これこそ「ズルい」戦略である。リベラル派への批判が強まっているのは、リベラル派が自分たちにとって都合のよい主張や解釈しかしないからでもある。


 こういう議論を読むと、「生活保護バッシング」「不正受給への厳罰化を求める流れ」というのにも、それなりの合理性はあるんですよね。
 生活保護バッシングをしている人たちだって、育児で働けないシングルマザーや難病の人たちを公的扶助から排除しろ、というのは、ごくごく一部だけのはず。
 国の税収も限界があり、脱成長が叫ばれているなかで、生活保護の仕組みを続けていくには厳しく「適正化」せざるをえない、と言われれば、「そりゃそうだよな」と僕も思います。

 まあ、それと「生活保護受給者は社会の役に立っていない」「猫のほうが自分にとっては大事」と公言するのは違いすぎますが。


 日本という国の「税金の使い方」はこれで良いのか?というのは非常に難しいところではあるんですよね。
 貧困者がさらに苦しくなるような、いまの日本の「徴税と再分配」は間違っていると僕は思いますし、社会保障、もし自分が難病や貧困に苦しむことになっても、国がサポートしてくれる、と信じさせてほしい。
 でも、そうなると、税金って、どこにそんなに使われているんでしょうね……

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 新型コロナの感染が国内で広がり始めた2020年4月。初めて発出された緊急事態宣言当時は、人の移動がなくなり、商業施設などでは時間短縮での営業あるいは臨時休業による対応がとられました。ガラガラに空いた公共交通機関や、臨時休業で閉鎖されたデパートやテーマパーク。新型コロナ以前までは海外からの旅行客などで賑わっていた観光地も閑散とするなど、これまで見たこともない情景が全国各地で見受けられました。
 この最初の緊急事態宣言当時、国内景気は過去最大と言えるほど冷え込みます。帝国データバンクが行う景気動向調査では、その状況が顕著に表れました。この調査結果はDIとして数値化され、50より上であれば景気が「良い」、下であれば「悪い」状況を示します。2002年5月の調査開始以来、いくつかのシーンでこの景気DIが大きく悪化する場面がありました。例えば、リーマン・ショック東日本大震災、消費税率の引き上げなどがそれに当たります。
 初めての緊急事態宣言が出された4月、この景気DIが過去最大の落ち込みとなりました。5月もこの影響が続いて4月を上回る落ち込みとなり、2ヵ月連続して過去最大幅のDIの悪化になりました。そして、5月にはDIが25.2まで落ち込み、リーマン・ショックに次ぐような低い水準になりました。こうした情勢を受けて倒産が急増することが懸念されたのです。しかし、こうした新型コロナによる経済への影響が懸念され、企業や個人に対して様々な支援策が講じられるようになります。特に企業に対しては、例えばゼロ・ゼロ融資と呼ばれる実質無利子・無担保の融資があります。そのほか国税社会保険料などの納税猶予、持続加給付金や家賃支援給付金などです。これらが新型コロナによって業績が落ち込んでいる企業への支えとなり、倒産が抑えられる状況が続きました。その結果、2020年の倒産件数は7809件となり、前年から6.5%減少。倒産件数が8000件を下回るのは20年ぶりになります。


 コロナ禍で、政府は「企業」をかなり助けているのです。
 個人レベルでも、10万円の給付金をはじめとして、十分とはいえないものの、支援はなされている。
 こんな状況下で、株価がどんどん上がっていく世界というのは、それはそれでイビツだなあ、とも思うんですけどね。
(個人的には、恩恵を受けてもいるのですが)

 「お金がないのだから、生活保護人工透析を縮小しろ」と言う前に、貧困層、とくにひとり親世帯や若年層への再分配がうまく行われていないことを知ってほしい。


「お金が足りないから、生活保護を打ち切れ」「あんなやつらに俺たちの税金を使ってほしくない」って言うけれど、「遊んで暮らして、生活保護費でパチンコばっかりしているやつ」なんてほとんどいないですよ。ごく少数いたとしても、そんな生活が楽しいと思う?

 頑張って働いたら、かえって貧しくなってしまう国って、あまりにもひどくない?

 僕は仕事をしていなかった時期が1年くらいありましたが、どんどん人の目が怖くなったし、何をやっていても面白くなくなりました。
 それはそれで、飼いならされているのかもしれないけどさ。

 こういう話、「限られた税収をどう使うべきか」というのは、「猫のほうが大事」とかいう暴論じゃなくて、もっときちんとみんなで現状を理解し、話したほうがいいと思うのです。
(分割したにもかかわらず、長すぎて申し訳ない)


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