いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「ヤフコメ」は、「分断の温床」なのだろうか?


www.huffingtonpost.jp


 ヤフーは本当にevil(邪悪)なのか?
 上記のコラムで石戸さんが仰っていることは、わかるような気がします。
 ヤフー(とくにヤフーニュース)は、あまりにも大きな存在になってしまっているし、そこにつながって仕事をしている人からすれば、「クライアント」なんですよね。
 たぶん、ヤフー自身は、「自分たちを否定するようなことを書くヤツは許さん!」なんてことは、言ったことがないし、誹謗中傷の類でなければ、圧力をかけたりもしないと思われます。


『タブーの正体!』(川端幹人著・ちくま新書)という本のなかに、こんな話が出てきます。

 ただ、ジャニーズ型であっても、バーニング型であっても、芸能プロダクションがタブーになる過程にはひとつの共通する構造がある。それは、彼らがメディアを組み込む形で強固な利益共同体を築き上げていることだ。その共同体に取り込まれた者は、そこから排除されることを恐れ、プロダクションに一切さからえなくなってしまう。
 こうした構造をとてもうまく利用しているのが、今、人気絶頂のアイドルユニット、AKB48だ。AKBのメディア対策は非常に特徴的で、芸能ゴシップを頻繁に掲載している週刊誌や実話誌など、本来は芸能人にとって天敵であるメディアに対して利権を積極的に分配し、自分たちの利益共同体に取り込む戦略をとっている。
 たとえば、密会写真スクープなどで芸能ゴシップの震源地となることが多い写真週刊誌『フライデー』では、「AKB友撮」という連載に加え、グラビアや袋とじ、付録ポスターという形で、毎号のようにAKBメンバーが登場。さらには、人気イベント「AKB選抜総選挙」の公式ガイドブックも同誌編集部で制作され、講談社から発売されている。
 もうひとつの写真週刊誌である『フラッシュ』も同様だ。「今週のAKB追っかけ隊ッ!」といった連載に加え、こちらは「じゃんけん選抜」の公式ガイドを出版している。
 普段はアイドルと縁遠い総合週刊誌でもさまざまなAKBがらみのプロジェクトが展開されている。『週刊朝日』は「AKB写真館」に続いて「AKBリレーインタビュー」と、長期にわたり連載を続けているし、『週刊ポスト』編集部と小学館は、2011年の公式カレンダーの制作と販売を任されている。
 他にも、『アサヒ芸能』のような実話誌から、「日刊ゲンダイ」「東京スポーツ」などの夕刊紙、さらには『BUBUKA』などの鬼畜系雑誌まで、それこそありとあらゆるメディアが、連載、グラビア、記事、写真集の発行といった形で、AKB人気の恩恵に預かっているのだ。
 AKBの連載をしている週刊誌の編集幹部がこんな本音を漏らす。
AKB48AKSという会社が運営しているんですが、ここに秋元康さんの弟がいて、雑誌対策をやっている。これまで芸能プロが相手にしなかったゴシップ週刊誌にもエサを与え、味方にするというのは彼の戦略ですね。ただ、それがわかっていても、我々としては乗らざるをえない。というのも、AKBが出ると、雑誌の売り上げが数千から一万部くらいアップする。雑誌が売れない時代にこれはすごく大きいんです」
 しかも、AKSの戦略が巧みなのは、AKBがらみの単行本や写真集などの出版権を、週刊誌発行元の出版社に与えるだけではなく、週刊誌の編集部を指名して制作させている点だ。このやり方だと、売り上げが編集部に計上されるため、編集部としてはますますAKBへの依存度が高まり、さからいづらくなる。
 実際、こうしたメディア対策が功を奏し、AKB48は今や、新たな芸能タブーのひとつに数えられるようになった。AKBにはメンバーの異性関係や運営会社・AKSの経営幹部の問題などさまざまなゴシップが囁かれているのだが、どの週刊誌もそれを報道しようとはしない。『週刊文春』『週刊新潮』だけは活字にしているが、AKBの利益共同体に組み込まれた他のメディアに無視され、完全に孤立している状態だ。

 AKSは、AKBのスキャンダルを載せるな、と直接圧力をかけているわけではないけれど、メディアを「利益共同体」にしてしまうことによって、都合が悪いことをメディアが書かないように飼いならしているのです。

 あまりにも巨大になってしまったヤフーでも、同じような「利益共同体化」が起こっているのではないかと思われます。
 

 そもそも、「発信したニュースに対する、掲示板での反応は、ヤフーの責任なのか? それも含めて、『ヤフーのコンテンツ』なのか?」というのは、難しい問題ではあります。
 僕もずっと前はブログに掲示板を設置していましたが、「掲示板への書き込みや管理者の返信もコンテンツ」だし、それを楽しみに見てくれる人もいるはず、という思いと、「他人が書き込んだことまで、責任をとるのは難しい」という気持ちがあり、結局、コメントできないようにしてしまいました。
 自分に対するあれこれ、は致し方ないとして、掲示板内でケンカをはじめたり、宣伝を始めたりする人もいますし。


 個人ブログとヤフーは、そのスケールや社会的な役割において違う、というのは確かなのです。
 それゆえに、ヤフーが、ヤフーニュースのコメント欄を「きちんと管理」するという姿勢を打ち出すと、大きな負担になることは間違いないでしょう。
 
 とはいえ、あのコメント欄が、集客に役立っているのも間違いないので(怖いものみたさ、というのも含めて)、閉鎖したくない、というのも、経営的にはわかるんですよ。
 あれは「書き込んだ人の責任」だし、「表現の自由」だと言えなくもない。「ヘイトスピーチ」に関しては、「表現の自由」の枠外ではありますが、ヤフーは、ただ「真っ白な画用紙」を提供しているだけ、だと主張はできる。


※「ヘイトスピーチ」の定義については、以下の本に書かれているものを参照しています。

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 2013年に日本で一挙に広まった「ヘイト・スピーチ」という用語は、ヘイト・クライムという用語とともに1980年代のアメリカで作られ、一般化した意外に新しい用語である。日本では「憎悪表現」と直訳されたこともあり、未だ一部では、単なる憎悪をあらわした表現や相手を非難する言葉一般のように誤解されている。そのことが、法規制をめぐる論議にも混乱を招いている。
 1980年代前半、ニューヨークを中心にアフリカ系の人々や性的マイノリティに対する差別主義的動機による殺人事件が頻発したことから、85年にはヘイト・クライムの調査を国に義務付ける「ヘイト・クライム統計法案」が作成された。これが「ヘイト・クライム」という用語のはじまりと言われている。同時期に、大学内で非白人や女性に対する差別事件が頻発したことに対し、各大学は差別的表現を含むハラスメント行為を規制する規則を採用するようになった。「ヘイト・スピーチ」という用語はその広がりに伴って使われるようになった。このように、その成立の経緯から見て、ヘイト・クライムもヘイト・スピーチもいずれも人種、民族、性などのマイノリティに対する差別に基づく攻撃を指す。「ヘイト」はマイノリティに対する否定的な感情を特徴づける言葉として使われており、「憎悪」感情一般ではない。


 ヤフーニュースのコメント欄が、「感情の吐き捨て場」になりがちなのは、匿名性があるから+多くの人の目に触れる、そして、「イイネ!」的な評価機能がある、というのも大きいのです(『はてなブックマーク』と似ていますね)。そして、より素早く、過激に反応したほうが(とくに「悪口」に関しては)多くの「イイネ!」が得られる、ように感じます。

 個人的には、ノイズや誹謗中傷が多すぎるので、もう、あのコメント欄は廃止してしまったほうが良いのでは、と思うのですが、「世の中のリアルな反応」を反映している場だとみている人もいるんですよね。


 石戸さんが書かれている以下の点に関しては、現状では必ずしも「定説」とは言えないようです。

大阪大学准教授の辻大介社会学)の研究によれば、インターネットへの接触と排外意識―そして反排外意識―の高まりには明確な因果関係が認められる。
インターネットへの接触が増えれば増えるほど、排外意識(反排外意識)が高まり、分断が促されるというのだ。
日本最大のニュースサイトであるヤフーは排外主義、分断の温床になっているのではないかという問題意識には、ある程度の根拠がある。


 僕はこの「ネットと分断」に興味があって、入手しやすい書籍はかなり読んできたつもりなのですが、「ネットが分断を促進する」という研究者もいれば、「ある特定の条件下なら分断を促進する」「もともと極端な意見を持っている人がネットでアピールするだけ」という人や「ネットでさまざまな意見に触れることができて、かえって分断を緩和する」と言っている人もいるのです。


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いちばん最近読んだのがこの本です。
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 著者たちは、10万人規模の大規模調査(ネットでのアンケートで、どのくらいの人が正直に答えるものなのだろうか、と疑問ではあるのですが)によって、「ネットでの情報により多く触れることによって、過激な思想に染まりやすくなる」という「定説」に反論しているのです。

 ネットメディアの利用開始前と開始後を比較して、分極化が進んだかどうかを検討した。政治的動機を外して推定した結果
次の3点に要約される。

(1)ネットメディア利用開始後に分極化は低下傾向である。すなわちネットメディア利用開始で人々は過激化せず、穏健化する傾向にある。

(2)有意な結果に限ると、穏健化するのは20代~30代の人がブログを使い始めた時、女性がブログを使い始めた時、元々穏健だった人がツイッターを使い始めた時である。

(3)逆に有意に過激化するケースは、元々過激だった人がツイッターを使い始めるケースである。
全体として見た場合、穏健化が優勢である。有意な結果だけに限っても、(2)の女性は全体の半分であり、元々の穏健派全体の8割であるのに対し、(3)の急進派は2割に過ぎない。


 ああいう、「嫌韓」「嫌中」の書き込みに、本当に「人々の意見を変える効果」があるのか、というのは僕も疑問なのです。
 ネットに触れている人は、案外、いろんな方向から、情報をみている、というか、見ざるをえないような仕組みになってもいます。

 もともと「信じたい人」や「自分の苛立ちを何かにぶつけたい人」が集まって大声をはりあげているのを、大部分の人は冷静にみている、というのが現実ではないでしょうか。
 しかも、インターネットネイティブの若者ほど、そういう「偏り」を最初から意識して、ネットを利用していると思われます。

 だから、ヘイトコメントを野放しにしてもいい、というわけではないのでしょうけど、それなりに自浄作用は働いているのではないか、と僕は考えているのです。

 もちろん、利用者の中には、自制心を失い、道を踏み外してしまう人もいるわけで、個人的には「ヤフコメも、はてなブックマークコメントもメリットより問題点のほうが多いし、やめたほうが良いのではないか」と思っているのですが、やめろ、と言い切る自信も根拠もない、というのが正直なところです。

 
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 この本のなかに、こんな話が出てきます。

 リベラル派は生活保護バッシングに対して「それは社会の福祉機能を弱めることにしかならない」と批判する。
 しかしこれはかなり表面的な見方だ。「生活保護受給者をバッシングしている以上、それは反福祉にちがいない」と素朴に考えてしまうようでは、政治的言説に対するリテラシーがあまりにも低すぎる。
 生活保護バッシングには、「反福祉」どころか、その制度を「もっと適正化すべきだ」という問題提起が込められている。そこに注目するならば、生活保護バッシングには「財源が限られているなかで生活保護制度をより確固たるものにしよう」という「親福祉的な」方向性さえみいだされるのである。
 そもそも、リベラル派は生活保護バッシングをおこなっている人たちを「不安定な雇用や貧困にあえいでいる人たち」とみなすが、これは一方的な決めつけだ。
 そこにあるのは、生活保護バッシングに込められた問題提起を無視するための無意識的な戦略である。すなわち「生活保護バッシングは不安定な雇用な貧困にあえいでいる人たちがねたみの感情からおこなっているものにすぎず、そもそもまともに耳を傾けるべきものではない」というレッテル貼りをすることで、そこに込められた問題提起を無視する、という戦略だ。
 この戦略は、「右傾化」している人たちを「厳しい生活環境から誤った考えにおちいってしまった人たち」と片づけることと同じ戦略にほかならない。
 これこそ「ズルい」戦略である。リベラル派への批判が強まっているのは、リベラル派が自分たちにとって都合のよい主張や解釈しかしないからでもある。


 徴用工問題にしても、「日本にはもうカネがないのに、こんなふうに蒸し返されて補償を要求されたらキリがない。自分たちの社会保障費がもっと削られてしまう」という危機感があると思うのです。高度成長期の経済的に右肩上がりの日本だったら、「そこまで言うのなら、お金で丸くおさめたほうが簡単」だったかもしれないけれど。

 ヘイトスピーチは論外にしても、排外主義には、優越感よりも危機感のほうが反映されている。
 既存のメディアは、そういう日本の現実を認識していながら、きれいごとを並べているようにも見えるのです。
 池上彰さんが朝日新聞慰安婦問題について謝罪すべきだ、と書いたコラムは、朝日では掲載拒否されました。


www.huffingtonpost.jp
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 もう5年前の話ではありますが、少なくとも、ネットにアップロードされた記事は、コメント欄がなくても、ネットや社会で意見が交わされる機会があります。
 でも、大手メディアは、自分たちに都合が悪いことは、世に出る前に握りつぶしてしまおうとする(ことがある)。


 「同じことを『マスコミ』がやったら問題になるのに」というのは、逆に言えば、まだ「マスコミには影響力がある、と多くの人が信じている」ということなんですよね。
 ヤフーニュースのコメント欄なんて、みんな『5ちゃんねる』の書き込みと同じくらいの影響力だと判断している。あるいは、ほとんどの人は、読み流すだけ。だから、「面白い」。
 
 まあでも、いろんなリスクを考えると、「ヤフーは、よくアレ(コメント欄)を野放しにしているよなあ」とは思います。
 あの規模だと「きちんと管理する」にはコストがかかりすぎるので、「放置」か「廃止」しかないのでしょうけど。



Dybe!の「大人の課題図書」に書かせていただきました。
ten-navi.com
「いちばん子どもに読ませたい本」を、大人にもぜひ読んでほしい。


fujipon.hatenadiary.com

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