いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

僕の「平成の10冊」を紹介します。


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 このエントリを書いたときに、僕なりの「平成の30冊」を挙げてみようと思ったのです。
 しかしながら、30冊というのは、無理ではないのですが、書くほうは大変だし、読むほうも冗長で印象に残らないのではないか、ということで、僕の「平成の10冊」を時系列で並べてみることにしました。
 あくまでも出版された順番です。
 これが「平成のベスト10」だというつもりは全くありませんが、「平成という時代を振り返る手掛かりになる10冊」のつもりで選びました。

 「これはおかしい」とか「なぜこれが入っていない」という意見はもちろんあると思いますが、寛容な気持ちで「こいつはこんな感じなのか」と受け止めていただけると助かります。
 

(1)もものかんづめ(1991:平成3年)

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 平成の最初の頃に流行った本として印象に残っているのは、村上春樹さんの『ノルウェイの森』と、さくらももこさんのエッセイ集でした。
 さくらももこさんは、『ちびまる子ちゃん』をはじめとする漫画も面白かったのですが、こんなに文章も達者な人だったとは。どうせ流行りものだろう、と期待せずに読んだら、本当に面白くて驚いたのです。というか、若い女性が「飲尿療法」について書いているのを読んで、驚いた記憶があります。
 思い返してみると、さくらももこさんというのは、戦争とか高度成長といった「大きな物語」が失われた時代に、内面を掘り進めていく、自分の固有の記憶を大事にする作品をあたりまえのものにした、「平成らしさを生み出した人」なのかもしれません。



(2)完全自殺マニュアル(1993:平成5年)

完全自殺マニュアル

完全自殺マニュアル

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さまざまな自殺のやり方について書いてあるこの本は、当時(僕が20代はじめのころ)大きな話題となりました。
「この本を読んで、自殺者する人が増えたらどうするんだ!」と、当時は非難囂々だったんですよね。
二百数十ページの内容のほとんどが「自殺の仕方」で、「手首は浅く切っても静脈しかないから死なない」とか、「飛び降り自殺は、途中で意識が無くなってしまうから、(たぶん)痛くない」(このくらいの高さから落ちると死ぬ、なんてことも書いてありました)、いちばんラクそうな自殺方法は「酒を飲んで凍死」、「公共交通機関を利用しての自殺は莫大な賠償金を請求されるリスクがある」など、実にさまざまな「自殺に関する予備知識」が満載の一冊でした。
僕が買った『完全自殺マニュアル』は実家にあるので、うろ覚えでこれを書いているのですが、20年以上前に読んだにもかかわらず、けっこう内容を(アバウトながら)覚えているというのは、当時かなりのインパクトがあった、ということなのでしょう。
いちばん記憶に残っていたのは、「クマ」。
自殺するために『クマ牧場』のクマがたくさんいるところに飛び降りてクマたちに弄ばれた、という人の話なんですけどね。
 こんな本、出してもいいんだ……と思ったのだけれど、実感としては、ネタとして消費されていた印象です。
 平成というのは「死について、昭和よりはカジュアルに語られることが多くなった時代」でもありますね。



(3)ハリー・ポッターと賢者の石(1999:平成11年)

ハリー・ポッターと賢者の石(携帯版)

ハリー・ポッターと賢者の石(携帯版)

ハリー・ポッターと賢者の石 (1)

ハリー・ポッターと賢者の石 (1)


 みんな大好き、ハリー・ポッター
 僕などは、「これを読むくらいなら、『指輪物語』を読めばいいのに!」とか、最初の頃はボヤいていたのですが、これだけ売れて、映画も大ヒットし、本の売り方も変えてしまったとなると、やはり外すわけにはいかないでしょう。
 個人的には、小説版はこの1巻しか読んでませんすみません、としか言いようがないのですが、これからの子どもたちは、『ハリー・ポッター』が、ファンタジー小説のスタンダードの時代を生きていくことになるのでしょう。



(4)世界の中心で、愛をさけぶ(2001:平成13年)


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ


 『KAGEROU』『一杯のかけそば』と並ぶ、いまから思うと、なぜこれがこんなにヒットしたのかわからない超ベストセラー作品。
 あらためて考えてみると、「若者の難病」「淡い恋愛」「映像化」と、大ベストセラーが生まれる公式にあてはまる作品ではあるわけですが、そんなのは腐るほどあるわけで。
 結局、時代が移り変わっても、大衆が最大公約数的に評価するものは、そんなに変わりはしないのだ、ということを思い知らされる作品でもありますね。



(5)嘘つきアーニャの真っ赤な真実(2001:平成13年)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
一九六〇年、プラハ。小学生のマリはソビエト学校で個性的な友だちに囲まれていた。男の見極め方を教えてくれるギリシア人のリッツァ。嘘つきでもみなに愛されているルーマニア人のアーニャ。クラス1の優等生、ユーゴスラビア人のヤスミンカ。それから三十年、激動の東欧で音信が途絶えた三人を捜し当てたマリは、少女時代には知り得なかった真実に出会う!大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。


 思えば、「平成」という時代は、昭和の時代の僕が想像もしなかった、ベルリンの壁の崩壊からはじまったわけです。
 いまや旧時代の化石、あるいは、人類の一部が行った、愚かな社会実験のように思われている共産主義が、実質的に消えてしまったのは、この30年あまりのことでした。
 そんな中で、当時の「共産圏」にいて、理想を追い求めていた人たちは、どんなことを考え、どんな教育を受け、どんな生活をしていたのかが、米原万里さんの目を通して、当時、さまざまな国からプラハに集まってきていた若いエリートたちの姿として描かれているのです。
 壁の向こうの人たちも、みんなそれぞれ「人間」だったし、彼らの立場として正しいことをやろうとしていた。
 とても貴重で、かつ、読んでいて面白いノンフィクションだと思います。



(6)電車男(2004:平成16年)

電車男 (新潮文庫)

電車男 (新潮文庫)

電車男 DVD-BOX

電車男 DVD-BOX

内容紹介
電車内で絡む酔っ払い爺から女性を助けた、ひとりのアキバ系ヲタ青年。
彼女いない歴=年齢(22)の彼は、助けたお礼を送ってくれた彼女をデートに誘うべく、モテない独身男達が集うネットの掲示板に助けを求める。
 「めし どこか たのむ」
電車男」と呼ばれるようになった彼は、掲示板の住人たちの励ましや助言に後押しされて、ようやく彼女をデートに誘う。
悩み、戸惑う電車男のピュアな気持ちは、仲間達を熱い共感と興奮の渦に巻きこんでいく……。
電車男」は果たして彼女に告白できるのか? 
ネット上で話題騒然、各紙誌絶賛。百万人を感動させた今世紀最強のラブストーリー、遂に刊行!!


 僕は「平成を象徴する1冊」を挙げてほしいと言われたら、この『電車男』を選びます。
 ブームとして、一過性に消費され、今となっては、「なんであんなに盛り上がっていたのだろう?」とか「仕込みだったのではないか」と語られることが多い(というか、語られる機会さえ少なくなった)『電車男』なのですが、それまでマニアやオタクの世界でった「インターネット」や「匿名掲示板」が、「現実」を侵食し、変えていくようになったターニングポイントとなる作品だと思うのです。
 ドラマも本もよくできていて、とくに本の最後の、電車男エルメスがうまくいったという報告を祝福するAA(アスキーアート)が並ぶ光景に、僕は涙していました。
 今だったら、即座に「釣り判定」されそうではありますが。



(7)1Q84(2009:平成21年)

1Q84 BOOK1-3 文庫 全6巻 完結セット (新潮文庫)

1Q84 BOOK1-3 文庫 全6巻 完結セット (新潮文庫)

fujipon.hatenadiary.com
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 村上春樹という人は、『ノルウェイの森』で「平成」の幕を開け、『1Q84』で平成を総括してしまった人、とも言えるかもしれません。
 個人的には『ねじまき鳥クロニクル』が平成の村上春樹作品の最高傑作だと思っているのですが、「平成を象徴している」という意味では、やはりこの『1Q84』ということになるのでしょう。
 


(8)スティーブ・ジョブズ(2011:平成23年

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 この本が、というよりは、スティーブ・ジョブズという人が、「この30年間の世界」を語るうえで外せない、という感じではあるのです。
 彼自身が完璧な人間には程遠かった一方で、その生み出したものは、大きく世界を変えていきました。
 まあ、真似できるような人ではない、というか、こういうふうにしか生きられなかった人、なんでしょうね。
 いや、人というのは、みんな、こういうふうにしか生きられないもの、なのかもしれないな。



(9)サピエンス全史(2016:平成28年

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

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人類の「これまで」と「これから」について書かれている、刺激的な本。

 世界人権宣言や、世界中の政府の医療制度、国民健康保険制度、世界各国の憲法は、人間社会はその成員全員に公正な医療を提供し、彼らを比較的良好な健康状態に保たなくてはならないことを認めている。これは、医療が主に病気の予防と病人の治療にかかわっているかぎり、何の問題もなかった。だが、医療が人間の能力を高めることに専心するようになったら、何が起こりかねないのか? 全人類が、そのように能力を高める権利があるのか、それとも、新しい超人エリート層が誕生するのか?
 現代世界は、歴史上初めて全人類の基本的平等性を認めたことを誇りとしているが、これまでで最も不平等な社会を生み出そうとしているところなのかもしれない.歴史を通して、上流階級はつねに底辺層よりも賢く、強く、全般的に優れていると主張してきた。彼らはたいてい自分を欺いていた。貧しい農家に生まれた赤ん坊も、おそらく皇太子と同じくらい知能が高かった。だが、新たな医学の力を借りれば、上流階級のうぬぼれも、間もなく客観的現実となるかもしれない。

 たとえば、アルツハイマー病の治療のために、記憶力を強化するようなDNAの操作が開発されたとして、それを「病気でない人が自分の能力を高めるために使う」ことを禁止し続けることは可能なのか?
 あるいは「人が憎悪や他人を傷つけようとする感情を抱かないようにすること」を「それは人間らしさを失うことだから」と全否定することができるのか?
 みんながそうなってくれれば、自分が理不尽に傷つけられるリスクが大きく減るとわかっていたとしても?

 僕には見ることがたぶんできない、人間の「この先」について、考えずにはいられなくなります。



(10)みかづき(2016:平成28年

みかづき (集英社文庫)

みかづき (集英社文庫)

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 僕にとっての「平成」は、「インターネットと個人主義(というか、家族主義の崩壊)の時代」だったのです。
 この『みかづき』という小説では、「人(あるいは「家族」の構成員)がそれぞれ『自分自身の最大の幸福』を目指したら、家族というのはどうなっていくのか?」が精緻に描かれています。
 僕は、ずっと「自分が子どもの頃に思い描いていた、幸福な人生」と、「現在の世の中のロールモデル」の解離にずっとなじめずに生きてきていて、結局、ずっとこのまま死んでいくのではないか、と感じているのです。
 こんな急激な価値観の変動に直面して悩める時代を生きているというのは、もしかしたら、ものすごく恵まれていることなのかもしれないけれど。


 ということで、とりいそぎ、10冊挙げてみました。
 よかったら、皆さまの「平成の本を、1冊でも良いので(というか、1冊のほうが良いかも)、教えてください。

 次は「平成のテレビゲーム10本」でもやろうかな。


アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

七帝柔道記 (角川文庫)

七帝柔道記 (角川文庫)

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