いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

ももいろクローバーZのラジオ番組で聴いた、「劇場でハンカチを貸してくれた20代後半の人」の話


 一昨日の日曜日の夕方、車で移動中にラジオで『ももいろクローバーZ』の番組を聴いていました。


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 番組のはじめに、『ももクロ』のメンバーが出演していた舞台を観に行ったという20代女性からのメッセージが紹介されていたのです。

 本当に楽しい舞台だったのですが、途中、思いがけず感極まって涙が止まらなくなるシーンがあったのです。
 そこで、隣の席の20代後半の方が、そっとハンカチを差し出してくださって、終演後、いろんな話をして、また、ももクロのステージに一緒に行くことになりました。素敵な出会いを、ありがとうございました。
(記憶に基づいて再現しているので、細かい内容は違っているかもしれません)


 メッセージのなかでは明言されていなかったのですが、このハンカチを差し出してくれた方は、女性だったようです。
 同じアーティストのファンどうしには、こんな「出会い」っていうのもあるのだなあ、と思いながら聞いていたのですが、そのときのパーソナリティ担当のももクロの2人(百田さんと玉井さんだった)は、「こういうこともあるんですね!」「観にきていただいてありがとうございます!」とひとしきり喜んだあとに、こんな話をはじめたのです。

「でも、こういうときに、人にハンカチを貸せるのって、すごいよね~」
「大人だな、って感じがしますよね。自分のハンカチは持っていても、いざというときに他人に貸せるハンカチまで持ち歩いている、という人って、そんなにいるのかな?」
「貸せるっていうことは、きれいなハンカチじゃないといけないわけだし」


 美談が成立する背景には、綿密な準備やマメさが必要、ということなのでしょう。
 あるいは、僕が知らないだけで、世の中には、「いざというときに、他人にスッと差し出せるハンカチ」を持ち歩いている人というのが、けっこういるのだろうか。
 一昔前のドラマなどでは、泣いている女性に、突然カッコいい男が現れて、「これ、使っていいよ。返さなくていいから」とハンカチを差し出す、というような出会いのシーンが描かれていましたが、それが成り立つためには、彼は毎日、自分が使うもののほかに、「いざというときに差し出すハンカチ」を準備していなければならないんですよね。
 うーむ、自分で使うハンカチすら忘れがちの僕には、信じられないマメさだ……
 しかし、そういう状況まで想定して、日々準備している人って、それはそれで、ちょっと用意周到過ぎるというか、ギラギラしすぎているような。


 ドラマチックな場面が成り立つには、案外、地道な日々の準備が必要、ということなのだよなあ。
 

 あらためて考えてみると、このももクロの舞台でのエピソードの場合には、この20代後半の人が「自分自身の舞台を観て泣いてしまう可能性」を考えて、あらかじめ自分用の予備のハンカチを用意していた、という可能性もありますね。それが、隣の人のために役に立つことになった、と。人って、自分が泣きたいときでも、先に近くで号泣されてしまうと、かえって冷静になってしまうこともあるし。

 
 個人的には、これを「自分たちの舞台に関する、素晴らしいエピソード」として消化して終わるのではなく、「他人に貸せるハンカチを持っていることの希少性」に注目した、ももクロの2人に感心したのです。

 
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