いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「買った本読んでから次の本買いなよ」という、至極真っ当なご意見に、どう答えればいいのだろうか?



 僕もよく言われます、これ。
 本だけじゃなくて、テレビゲームとかもけっこう積んで(遊ばないまま手元に置きっぱなしになって)いるのが少なからずあって、「もったいない!」って。
 『ドラゴンクエスト11』とか、クリアしたの先月だものなあ。いや、面白かった、遊びはじめたら、すごく面白かったのだけれど。
 『ウイニングポスト8 2017』を開封すらしていないのに『2018』が出てしまったり、『デトロイト』が積まれている状態で、『オカルティック・ナイン』に、「これはオッサンがやるにはキツイな……」と悪戦苦闘したりしているというのは、傍からみれば「もったいない」し、本人にも「余命を考えると、面白そうなほうから遊んだほうが良いよな」といつも思うのですが。
 まあでも実際、僕の場合、「面白そう」だと思うゲームと、「気軽にはじめられる」ゲームはちょっと違っていて、それは本に対しても言えるのです。
 「パッと読めるけど、そんなに深みはなかったり、下世話な本」よりも、「ずっしりと重みのあるハマれば面白そうな本」を買っては積む、というのを、この年になっても繰り返しているんですよね。スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチさんの『セカンドハンドの時代』とか、小川哲さんの『ゲームの王国』とか、池井戸潤さんの『空飛ぶタイヤ』ですら、分厚さに負けて積み本になっているのです。『空飛ぶタイヤ』あたりは、その気になれば半日あれば読めそうなんだけど、ついついパッと読み終えられそうな本を先にやっつけてしまうのです。
 ところで、『空飛ぶタイヤ』の文庫って、(上)(下)の分冊版と1冊にまとめたものがあるんですね。値段を考えたら1冊にまとまっているほうが得だけど、映画化されたから分冊版で一儲けしようとしたのか、と思ったのですが、実は分冊版のほうが先に出ていて、合本版のほうが後から出ているのです。ところが、いま書店に並んでいるのは(全部読むには)割高な分冊版のほうが圧倒的に多いんですよね、出版社の力の差なのかもしれませんが(脱線)。


 この「なぜ手持ちの本を読み終わらないうちに、次の本を買うのか?」という問いに関しては、僕なりに結論を持っていたのです。
 それは、「ある本を読み終わったときに、次に読む本がない、という状況に耐えられないから」。
 こういうのって、本好きには珍しくないことだと思うのですが、そのおかげで、僕は旅行中に鞄が本だらけになって呆れられ続けていました。
 しかしながら、電子書籍の普及のおかげで、旅行の荷物はだいぶ軽くなったのです。本当にすごいよね電子書籍って。いつでも好きなときに本を買えるのだから。

 じゃあ、そうなると「積み本」が減るのかといわれると、やっぱり減ったんですよ、今までに比べたら。
 でも、半分くらいに減りはしたけれど、相変わらず積んではいるのです。
 地方都市住まいなので、以前は「ここで買い逃したら、この本は読めないかもしれない」という恐怖感があったのですが、いまは、電子書籍版がなくても、よほどのことがなければ、Amazonで購入できます。「ここで買い逃したら、もう買えない」という専門書も少なからず世の中には存在しているのですが、僕が読みたい本のなかで、そういう希少性のあるものはごくごくわずかです。
 にもかかわらず、僕は「本を積む」ことをやめられない。


 長年やっていると、自分のことが少しはわかってくるんですよ。
 僕の場合、本を読む愉しみと同時に「書店で本を買う」ということそのものが娯楽みたいなのです。たとえ、なんとなく「これは読まないかもしれない」という予感がする「すごい本」であっても。本を手元に置いておくだけで、読まなくても、少しだけ嬉しくなる。
 長年「次に読む本がなくなる恐怖」と闘ってきた習慣からなのでしょうか。
 狩猟生活をしていた人類の祖先が、農耕生活になって「獲物が獲れないことで生じる飢え」から解放されても、飢える恐怖の記憶を消すことができなかったように。


 あらためて考えてみると、僕は「いつか食べたいときに無いと困るから」という理由で買い置きしておいたコンビニスイーツとかをよく賞味期限切れに追い込んでいるわけです。それこそ「食べたいときにコンビニに行く」でも、30分もかからないのに。
 そう考えると、いまや、映画やアニメのBDやDVDも、所有する意義というのは極めて個人的な所有欲を満たすことしかないですよね。観たいときに借りに行ったほうが安上がりだし、ストリーミング配信なら、家から出る必要すらない。
 特典とかが大事なのかな。でもあれ、みんなちゃんと全部観てるの?
 この手の所有欲というのは、なかなか消すことができないのです。
 たぶん、ストリーミング配信が当たり前の時代に物心がついた人たちは、所有についての考え方も全然違うのだろうな。


 本に興味がない人にとっては、紙をまとめて綴じたものはすべて同じ「本」なのに対して、本好きにとっては、ジャンルや作家が違えば、読み方や味わいかたも違う、ということは主張しておきたいのです。
 

fujipon.hatenablog.com


以前、高橋留美子さんの担当編集者だった、有藤智文さん(現・小学館週刊ヤングサンデー』副編集長)からみた「マンガ家・高橋留美子」の話。

 とにかく高橋先生は、本物のプロフェッショナル。四六時中マンガのことを考えながら、メジャーなフィールドで優れた作品を極めてスピーディーに作り上げる。マンガが本当に好きで一所懸命だから、『うる星』はアニメ版も盛り上がって、別のファン層も生まれていったんですけど、そちらのほうは基本的にノータッチでした。
 もちろん天才ですけど、それ以上に努力家なんですよね。もう、仕事を休むのが大嫌いな人で。この間、『1ポンドの福音』を単行本にまとめるために、『ヤングサンデー』で完結まで集中連載したんですけど、その時も『少年サンデー』の『犬夜叉』の週刊連載を休まなかった。『うる星』を描いている頃は、並行して連載している『めぞん一刻』を描くことが息抜きで、『めぞん一刻』の息抜きは『うる星』だとおっしゃってましたからね(笑)。

 羽生善治さんは「チェスが趣味」だそうで、そんな普段の仕事と同じようなことが息抜きになるのだろうか?なんて僕は思ったのですが(ちなみに、羽生さんはチェスもかなり強いそうです)、高橋留美子先生の場合は、マンガというジャンルの中で、違う作品を描くことで「気分転換」になってしまうのです。


 高橋留美子さんや羽生善治さんと自分たちを比較するのはおこがましい、としか言いようがないのですが、本好き(というか、活字中毒者)のなかには、「ミステリの箸休めにノンフィクションを読む」という人が少なからずいるのです。同じ本の形をしていても、「別腹」なのです。
 同じテレビで、バラエティ番組もみるし、ニュースもみる、という感じです。
 僕も、難しくて長い本に取り掛かっているときには、ときどきその本から離れて、別のジャンルのものを読んで気分転換しています。
 そうしないと、読み切れないこともある。
 むしろ、一冊の本を読んでいると、他の本を読めなくなってつらくなる、ことさえあるのです。
 どんなごちそうでも、そればっかり食べていたら飽きるし、食べ疲れるじゃないですか。
 傍からみたら、同じように「本を読んでいる」ようにしか見えなくても、当事者にとっては、同じではないのです。
 

 あと、本って、読めば読むほど、かえって、もっといろいろ読みたくなるものなのかもしれません。
 小田嶋隆さんが、コラムについて、こんな話をされています。
fujipon.hatenadiary.com

 アイディアの場合は、もっと極端だ。
 ネタは、出し続けることで生まれる。
 ウソだと思うかもしれないが、これは本当だ。
 三ヵ月何も書かずにいると、さぞや書くことがたまっているはずだ、と、そう思う人もあるだろうが、そんなことはない。
 三ヵ月間、何も書かずにいたら、おそらくアタマが空っぽになって、再起動が困難になる。


 つまり、たくさんアイディアを出すと、アイディアの在庫が減ると思うのは素人で、実のところ、ひとつのアイディアを思いついてそれを原稿の形にする過程の中で、むしろ新しいアイディアの三つや四つは出てくるものなのだ。
 ネタは、何もせずに寝転がっているときに、天啓のようにひらめくものではない。歩いているときに唐突に訪れるものでもない。多くの場合、書くためのアイディアは、書いている最中に生まれてくる。というよりも、実態としては、アイディアAを書き起こしているときに、派生的にアイディアA’が枝分かれしてくる。だから、原稿を書けば書くほど、持ちネタは増えるものなのである。


 本って、読めば読むほど「これから読みたい本」は減っていくはず……だと僕も思っていました。
 ところが、読めば読むほど、自分の興味の範囲や知識が増えていくので、「読みたい本のリスト」は長くなっていく一方なのです。
 すぐには読めないかもしれないけれど、いつでも読めるように、せめて、手元に置いておきたい(あるいは、読めなくても所有していたい)。
 お金はかかるし、家は狭くなるし、傍からみれば理解不能で迷惑千万なのは百も承知の上で、それでも僕は本を積み続けているのです。
 それでも、だいぶ減ったんだよ、電子書籍が普及する前に比べたら!(やや自慢げに)


fujipon.hatenadiary.com

蔵書の苦しみ (光文社新書)

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