第85回東京優駿(日本ダービー)が東京競馬場で行われた。
これが平成最後の日本ダービー。
ちなみに、平成元年のダービー馬はウィナーズサークルだが、僕はこのレースをリアルタイムでは観ていない。
平成2年が「ナカノコール」で知られるアイネスフウジン、平成3年がトウカイテイオー、平成4年、ミホノブルボン。
僕が競馬を好きになったのは、この年に菊花賞で、ライスシャワーがミホノブルボンを差しきって三冠を阻止したレースを観たのがきっかけだったのだよなあ。血統というのはすごいものだなあ、と思ったのと同時に、大記録を阻止されながらも、2着に踏ん張ったミホノブルボンの意地にも感動したのを覚えている。
平成5年がウイニングチケット、平成6年がナリタブライアン……
いかん、記憶に残る馬を挙げていくつりだったのに、このままでは29頭全部書いてしまいそうだ。
こうして勝ち馬をみていくだけでも、どんなレースだったか思い出せるよなあ。
平成10年スペシャルウィーク、平成17年ディープインパクト(ディープインパクトでさえ、もう13年も前なのだ!)、平成19年ウォッカ(この馬が勝ったときには本当にびっくりした。牝馬がダービーは無理だろ、と思っていたのだが、出かけていて、「ウォッカが勝った!」と聞いたときには本当に驚いた)、平成23年オルフェーヴル、平成25年キズナ、平成27年ドゥラメンテ。
今日のダービー、1番人気は、4戦4勝、朝日杯フューチュリティステークス、弥生賞と圧勝しながら、挫跖(馬の蹄(ひづめ)の底に起こる炎症(内出血))で、皐月賞を回避したダノンプレミアム。川田騎手。ダービーではいちばん有利とされている白い帽子、1枠に入ったことも、人気を後押ししていた。
2番人気は、こちらも無敗の3戦3勝で、ダービーと同じ舞台の東京2400mで勝った経験があり、池添騎手も、三冠馬オルフェーヴルになぞらえている素質馬・ブラストワンピース。こちらも皐月賞は不出走。ただし、怪我ではなく、間隔をあけて走らせたほうが良い馬だから、という陣営の判断によるものだ。
以下、3番人気が、北野武命名で話題になった、皐月賞5着のキタノコマンドール。話題性と末脚、皐月賞でギリギリ権利をとれた幸運もあり、長い直線の東京競馬場なら、とみられていた。大舞台に強いミルコ・デムーロ騎手鞍上が心強い。
4番人気が皐月賞馬エポカドーロ。皐月賞は快勝だったものの、展開と重馬場に恵まれたという見方もあり、母方が短距離血統というのもあって、この人気。前日よりも当日になって人気をあげてはきていた。戸崎騎手。
5番人気が、福永祐一騎乗のワグネリアン。弥生賞2着で、ダノンプレミアム不在の皐月賞では1番人気に推されたものの、後ろからの競馬で、最後も目立った伸びはみられないまま7着に沈んでいた。東京競馬場での実績と前走までの期待の大きさの余韻もあって、5番人気におさまった。
正直、今年のダービーは、ダービーじゃなかったら、馬券を買わずにレースだけ観ておしまいにしたい、と思うほど難しかった。
単勝は、ダノンプレミアムが最終オッズで2.1倍、ブラストワンピースは4.6倍、3番人気のキタノコマンドールは8.0倍で、この3頭だけが単勝10倍以下だった。
ダノンプレミアムは皐月賞を怪我で使えず、予定が狂ってしまったというマイナス点があり、ブラストワンピースは、毎日杯を勝ってダービー直行だけに、これまでに強い相手との厳しい競馬を経験していない、という不安要素があった。
キタノコマンドールは、皐月賞5着の前は、新馬戦とオープン特別の2勝のみ。皐月賞では権利はとったとはいえ、なんとか5着に入ったにすぎない。素質がある馬なのはわかるのだが……
エポカドーロは距離延長への不安と皐月賞がフロック視され、ワグネリアンは、8枠17番という外枠の不利と前走見せ場がなかったこと、これまでダービーで勝てていない福永騎手が乗ることが問題だった。
混戦なのだが、強い馬が拮抗している、というよりは、どの馬にもマイナス要素があり、大荒れもありそう。
レース前も、ダノンプレミアムとブラストワンピースはちょっと発汗が目立っていた。
15時40分にファンファーレが鳴り、各馬ゲートに収まり、日本ダービーがスタートした。
逃げたのは、戸崎のエポカドーロ。
大方の予想では、逃げるのは16番のジェネラーレウーノとされていたのだが、ジェネラーレウーノは2番手に控える形になった。
ダノンブレミアムはこれらの馬を前に置いて、その次くらいの位置どり。
最初の1000mが60秒8とスローペースになったこともあり、ダノンプレミアムは絶好のポジション。少し折り合いを欠いて、行きたがっているようにもみえたのだが、この馬は、どのレースでも最初に少し行きたがってから落ち着くので、まあ、こんなものか、という感じ。ブラストワンピースも前目の好位置につけている。コズミックフォースも前目にいたが、ブラストワンピースじゃないほうの青い帽子、と思いながら観ていた。
ブラストワンピースがどのあたりの位置どりになるかと思っていたのだが、ダノンプレミアムをマークする良いポジションだ。
そして、これらの馬のすぐ後ろに、ワグネリアン。
……ワグネリアン?
この馬、後ろでとりあえず折り合いをつけて、最後の直線での末脚勝負だと思っていたのに、こんなに前でいいの?
先週のアーモンドアイのルメール騎手と同じようなポジションといえばそうなのだが、かたや桜花賞を圧勝した馬であり、かたや皐月賞で人気を裏切って株を下げた人馬だ。
ただ前にいればいいのなら、みんな前に行くわけで、無理に先行させようとすると、馬が興奮してペースを無視してどんどん前に行ってガス欠になるリスクも高くなるのだ。
この時点では、「福永、またやっちまったか……でも、いつもリスクを取らない『公務員騎乗』と揶揄されているのに、今日は攻めてるな」とは思った。ワグネリアンじゃちょっと足りないだろうから、思い切って乗っているんだろうな、とも。
ところで、最後方を走っていたキタノコマンドールとは、いったい何だったのか。
後ろから、とは言われていたけど、今の東京の馬場とこのペースでは、ディープインパクトでも、あそこからでは届くまい。デムーロ……
レースはそのままエポカドーロ先頭で最後の直線へ。
ジェネラーレウーノは早々に脱落したが、スローペースだったこともあり、粘りこみをはかるエポカドーロに、青い帽子が襲いかかる。
(僕の本命)8番のブラストワンピース!……じゃなくて、7番のコズミックフォース??
なんだそのナムコのエレメカみたいな名前の馬は!(あとで調べてみたら、ナムコのエレメカは『コズモギャングス』だった)
1番人気のダノンプレミアムは、内で包まれる形になったこともあるのか、伸びそうで伸びない。
ブラストワンピースも余力はありそうなのだが、大きな馬でもあり、ジリジリ伸びるが前には届きそうにない。
コズミックフォースが、エポカドーロを抜いて先頭に立とうという勢いだったのだが、ここからエポカドーロが二の足をつかって、少し突き放した。やっぱり皐月賞馬は強かった。そういうことは、だいたい、レースが終わる前になって、ようやくわかる。
そして、ゴール前、コズミックフォースの外から、福永祐一とワグネリアン!
粘るエポカドーロをゴール前で突き放し、福永祐一は、右手をグッと握り締めた。
皐月賞1番人気の馬(ワグネリアン)と、皐月賞1着馬(エポカドーロ)のワンツーで、馬連8000円弱。
終わってみれば、買えそうな馬券なのだが(3着のコズミックフォースは、総流し派でもないかぎり、「さすがにちょっと無理」だと思う)、これはなかなか難しい。
展開を考えると、エポカドーロが残れるようなスローペースなら、後ろからのワグネリアンは届かないし、ワグネリアンが差してこられるようなペースなら、エポカドーロが上位に残るのは難しいだろう、と思っていた。
そもそも、あの安全・無難をモットーにしているようにみえる「公務員騎乗」の福永祐一が、この大舞台で、こんな大胆な騎乗をするなんて!
福永祐一騎手が、はじめてダービーに乗ったのは、1998年。キングヘイローで14着だった(優勝馬はスペシャルウィーク)。
皐月賞でセイウンスカイを猛追して2着だったキングヘイローが、ダービーでいきなり逃げたのを目の当たりにして、僕は最初、「おお、これは勝つための秘策に違いない!」と思ったのだ。
人間、あまりにも予想外の光景を目の当たりにすると、それが噓だと思うか、合理的な理由を考えてしまうものらしい。
……秘策でもなんでもなかった。騎手が舞い上がっていたのが伝わっていたのか、キングヘイローが折り合いを欠いて、ガーッと行ってしまっただけだったのだ。
今日、『競馬BEAT』にキングヘイローの坂口調教師が出演していて、そのときのことを問われて、「頭が真っ白だった」という福永騎手のコメントにかけて、「今は私の頭のほうが真っ白(白髪)ですよ」と、嬉しそうに話していたのが、すごく印象的だった。
ダービーであんな競馬をされたら、温厚そうな坂口調教師でも、当時は平常心ではいられなかったと思うのだが。
有力馬はすぐにルメール、デムーロになってしまう今と比べて、当時はまだ、今後のために若手を育てるのも調教師の仕事だと考えていた人が多かったような気がする。まだ牧歌的な時代だった、ということなのかもしれないが。
福永騎手は、19回ダービーに乗っていたそうだけれど、そのなかには、1番人気で4着だったワールドエースや、3番人気でゴール前に満を持して先頭に立ったところを武豊のキズナに差されたエピファネイアでのダービーもあった。
エピファネイアのときは、地方競馬場のターフビジョンで観ていたのだが、「これはエピファネイアが勝った!」と思ったのだよなあ。
ウイニングランで、あの福永祐一が泣いていた。
川田騎手ほど頑固そうではないけれど、大きなレースに勝っても負けても、あまり感情を表に出さない、いつも淡々と「無難な公務員騎乗(何度も書いていて思ったのだけれど、別に僕が公務員に悪意があるわけじゃないですからね。競馬ファンのあいだでこう言われている、ということです)」を続けていた41歳の男、天才・福永洋一の息子が、ダービージョッキーになったのだ。
今日の騎乗は、「福永祐一が、ワグネリアンを勝たせた」と言っても良いと思う。
いつもの「後ろから行って折り合いをつけて、直線勝負」では、どんなに良い脚を使っても、今日のペース、馬場状態では掲示板の端っこくらいだったはず。
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あのキングヘイローでの不様な負けや、エピファネイアで完璧な競馬をしながらの惜敗という積み重ねがあって、福永祐一が、ついにダービージョッキーになった。
そこには、「落馬が原因で騎手を引退し、ずっと社会復帰のためにリハビリを続けている父親」がいて、そんな「志なかばで身を引くことになってしまった天才を父親に持つ息子の苦悩」があって、そんな若者に未熟な頃からチャンスを与えて、辛抱強く育ててくれた人たちがいたのだ。
もう40歳も過ぎて、「勝ち鞍は多いけれど、ダービーには縁がなさそうだな」と僕も思っていたのだ。というか、こう言ってはなんだが、むしろ、「ダービーだから、福永が乗る馬は『消し』だな」と思っていた。
今回のメンバーで10回やれば、10回とも勝つ馬が違っていたかもしれない。
そのくらいの混戦のなかで、福永祐一が、ワグネリアンを勝たせたのだ。
正直、「競馬の神様」がいて、「今回はお前の番だよ」と、取りはからってくれたのかもしれない、とさえ思う。
配当からすると、的中した人の割合はそんなに多くはなかったはずだが、それでも、画面の向こうから伝わってくる東京競馬場の雰囲気は、温かいものだった。
僕は、スプリンターズSで圧倒的な人気のビッグアーサーを沈め、走路妨害をした騎手に「福島(競馬場)にでも行っていればいい」と暴言を吐き(噂?)、馬券を買っていないときにはペルシアンナイトで2着に突っ込んでくる(今年の大阪杯)、そんな福永祐一騎手が嫌いだった。
でも、今日、レースに勝ったあと、目元を袖で何度も拭っている福永祐一の姿をみて、僕もなんだか泣けてきて仕方がなかったのだ。
ああ、ポーカーフェイスでも、憎まれ口みたいなのを叩いていても、やっぱり辛いこともたくさんあったんだろうな、落馬事故で左の腎臓を摘出しているし、何よりも、お父さんが、あの「伝説の天才」福永洋一というのは、誇りでもあり、大きなプレッシャーだったはず。
そのおかげで、騎手として恵まれたのは事実だろうけど、「いい馬に乗せてもらっているだけで、お父さんのような『馬を勝たせる』騎手じゃない」と言われ続けていることも、本人の耳には届いていたにちがいない。
人気馬を人気通りに勝たせる、というのが、本当に難しい世界だというのもわかってはいるし、人と馬がやることに絶対はないのは百も承知なのだけれど、お金がかかっていると、つい、いろいろ言いたくなるのだよなあ。
とにかく今日は福永祐一がダービーを勝ったのを観ることができてよかった、そんな気分になったのだ。
勝利騎手インタビューでの福永祐一騎手は、いままでに観たことがないような、ものすごくスッキリしたというか、何かの呪縛が解けたような表情をしていた。
ああ、人は、何かを成し遂げたときに、こういう顔をするんだなあ、って。
——ダービージョッキーになりました。そして、父、洋一さんに、どんな報告をなさいますか
福永祐一「いい報告ができると思います。あの、福永家にとっての悲願でしたから。はい、あのー、そうですね、よかったです」
レースとしては、いわゆる「スローの前残り」で、ハイレベルなものではなかった。
だが、平成最後の日本ダービーは、やっぱり、ダービーにふさわしいレースだったと思う。
終わってみると、「なんで15時39分の僕は、ダノンプレミアムやブラストワンピースをあんなに信じることができていたのか?」と自問したくなるのだけれども、まあ、ダービーというのは、いろいろ言いたくなるレースも含めて、やっぱりダービーなのだ。
新たなダービージョッキー・福永祐一騎手、本当におめでとうございます。
なんだか観ていただけの僕も、少し肩の荷が下りたような気がしました。
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