いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

2017年「ひとり本屋大賞」発表

※これは僕が個人的に行っている企画で、「本屋大賞」を運営されている方々とは、何の関係もありません。


本屋大賞
「2017年本屋大賞」は、明日、4月11日の夜に発表されます。


というわけで、今年も人の迷惑かえりみず、やってきました電線軍団!
もとい、「ひとり本屋大賞」!(恒例のオヤジ前フリ)
僕が候補作全10作を読んで、「自分基準」でランキングするという企画です。
あくまでも「それぞれの作品に対する、僕の評価順」であって、「本屋大賞」での予想順位ではありません。
(「本屋大賞」の授賞予想は、このエントリの最後に書きました)


では、まず10位から4位までを。


第10位 コーヒーが冷めないうちに
fujipon.hatenadiary.com



 毎年恒例の、これがなぜノミネートされたのかよくわからない「謎ノミネート作品」。
 いや、歴代謎ノミネートのなかでも、頭ふたつくらい抜けて酷い。
 なぜ、これが「書店員が選ぶ、今年のベスト10作」に入ったのだろう……
 リアル書店の経営が厳しいのはAmazonのせいだけじゃなくて、「本当に良い本じゃなくて、売りたい本を売りつけようとしているから」っていうのもあるのではなかろうか。



第9位 ツバキ文具店
fujipon.hatenadiary.com



 鎌倉、代書屋、親子の断絶、偶然の出逢い!
 なんなんだろう、この「感動ファクトリー」みたいな内容は。
 AI(人工知能)が書いた「売れる小説」って、こんな感じになるんじゃないかな。

「あら、パンティー」
 私よりも先に、バーバラ婦人が声をかけた。
 パンティー? 大きな疑問符が浮かんだけれど、パンティーと呼ばれた帆子さんは、どこ吹く風でけろりとしている。どうやら、バーバラ婦人と帆子さんはかねてより顔見知りだったらしい。
「私、そこの小学校で、先生をしているんです。名前がハンコでティーチャーだから、最初はハンティーって呼ばれてたんだけど、気づいたらパンティーになってて。恥ずかしいですよね。でも、私パン焼くのも好きだし、まっ、いいかー、って受け入れちゃって。だけどやっぱり、理由を知らない人が聞いたらびっくりしちゃいますよね」


 正直、よくわからない。
 これって、読者が「パンティーだって!面白いなあ、個性的だなあ!」と受けとってくれるだろうと想定しているのだろうか?
 僕の率直な感想は「何この読んでいるほうが恥ずかしくなるような言葉選びのセンス……」というものでした。



第8位 i (アイ)
fujipon.hatenadiary.com



 LGBTとか、不妊治療とか、シリアで亡くなった3歳の男の子とか、NYのテロとか、東日本大震災とか、「社会問題と、生きづらそうなエピソード全部盛り」+「女の友情」なんていうのは、僕はもう「お腹いっぱい」です。いい人しか出てこない+僕が大嫌いな「行きずりでいきなり寝てしまう男女」登場ですよ。それが許されるのは、チュートリアルの『ちりんちりん』のネタの中だけです(あくまでも僕基準なので、ここは本気で怒らないでね)。
 こんなわかりやすい、記号的な「生きづらさ」を並べられ、そしてそれに「感動しました!」なんて感想が並んでいると、「ファッション生きづらさ」っていうのが、世の中にはあるんじゃないか、と思えてなりません。



第7位 桜風堂ものがたり
fujipon.hatenadiary.com



 すごく「優しい物語」なんですよこれ。
 読んでいると、書店で働いてみたいなあ、という気分になります。
 ただ、その一方で、この本が書店員さんたちに支持され、『本屋大賞』にノミネートされていることに対して『アーティスト』や『バードマン』が作品賞に輝き、『ラ・ラ・ランド』が高評価される(良い作品ではあるんですけど)ハリウッドのような「手前味噌感」があるのも事実です。
 「身内ブースト」がかかっているような気がするのです。



第6位 夜行
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そういえば、森見登美彦さんって、「日本ファンタジーノベル大賞」出身だったよなあ、ルーツは「幻想小説」なんだよなあ。
 受賞作の『太陽の塔』のときは「これって、『ファンタジー』なのか?」という声も一部にあったようですが(だって、京都の大学生のストーキング小説(と言うと語弊があるけれど)ですよ!)、京都、夜、現実と幻想の狭間、というのは、これまでの森見作品で繰り返し語られてきたモチーフでもあり、ある意味、集大成的な作品ともいえるかな、と。
 ただ、個人的には、これまでの森見作品のヒロインに比べて、「長谷川さん」がどんな人だか、いまひとつ伝わってこなかったのと、最後まで読んでも、なんだか「すっきりしない」ことが、僕には物足りなく感じました。
 いや、「すっきりしないものを、すっきりしないように」書いてある真摯な小説だとは思うのだけど、これはもう、幻想小説の余韻みたいなものを好むかどうかなのかな、って。



第5位 暗幕のゲルニカ
fujipon.hatenadiary.com



 なにはともあれ、この小説を読んで、「死ぬ前に一度は本物の『ゲルニカ』を観ておきたい」とあらためて思いました。
 なんのかんの言っても、僕をそういう気持ちにさせた時点で、この小説の「勝ち」なんですよね。



第4位 罪の声
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 実際の事件をモチーフにしているだけに、ひきこまれるところと、「でも、これフィクションなんだよね……」と興醒めしてしまうところの両方があるんですよね。
 事件の真実に迫る、というようなノンフィクションではなく、あくまでも、あの事件を下敷きにして、著者が想像で補った「ギンガ・萬堂事件」の話。
  「グリコ・森永事件」も、こんなふうに綺麗に「幕引き」できればいいのに、と思いながら読みました。
 「子どもを犯罪に巻き込むこと」の罪深さについても、考えずにはいられません。
 ちょっとみんな「いい子」すぎる世界なのでは、とも感じましたが、「グリコ・森永事件」を記憶している人にとっては、いろんな「思い」が去来するであろう作品です。



さあ、いよいよベスト3。



第3位 コンビニ人間
fujipon.hatenadiary.com



コンビニ人間」は、もう、無視できないくらい、この世の中に存在しているはずです。
 歯車になること、システムの一部として機能することが快適な人に「もっと感情的になれ、セックスしろ、結婚しろ」という同調圧力を加えることが「正義」なのだろうか?


 これを読んで、『異邦人』を思い出したということは、結局のところ、カミュの時代から、「コンビニ人間」の生きづらさは続いていて、おそらく、そう簡単に解決するようなものではない、ということなんですよね。
 それでも、現在日本で進行している草食化、非婚化、少子化が、パワーバランスの劇的な変化のあらわれなのは間違いありません。
 「日本人」「人類」という枠組みで考えると、「よくないこと」なのかもしれないけれど、「コンビニ人間」の増加は、もう、止まりそうもないのです。



第2位 蜜蜂と遠雷
fujipon.hatenadiary.com



この『蜜蜂と遠雷』を読んでいると、恩田陸さんの音楽、そしてマンガへの愛着と研究の成果が込められているように感じます。
 演奏される曲には、それぞれちゃんと「その曲についての解説」がなされており、「なぜ、ここでこの曲を演者が選んだのか」も書かれています。
 専門家のアドバイスもあったのかもしれませんが、それにしても、大変な手間がかかる作業だったはずです。
 そういうところに「小説の優位」というプライドを持ちこまず、「面白いものは面白いのだ」という姿勢が、恩田陸さんの凄さなんだろうな、と。
 そして、これを読んでいると、「ありきたりの定型文に頼らず、ひとつひとつの演奏というのを言葉で表現していくという小説家の意地」も感じます。
 音楽を表現する言葉って、こんなに多彩なんだなあ。
 すごい、間違いなくすごい作品なのだけれど、ちょっと「やりすぎて」しまっている。
 技術が作品の面白さに奉仕しているのではなく、「技術を追求するための技術」になっているような気がしました。
 バランスっていうのは、難しいものですね。傑作なんですけど。



第1位 みかづき
blog.tinect.jp


 この作品の感想だけ、Book&Appsさんに寄稿させていただいたものです。
 
 この小説は、「ある塾の栄枯盛衰」について、そして、その塾をつくった家族の物語でもあります。
 「目の前の子どもを教えることの達人」と「公教育に反発し、子どもを教えるための自らの組織を大きくしたいという野心家」は、塾の経営という点では、お互いの足りないところを補いあう、最高の結びつきだったのです。
 しかしながら、私的なパートナーとしては、あまりにも接点が少なすぎた。
 なんというか、これを読んでいると、「広く社会に貢献する」ということと「身近な人たちとささやかな幸せを共有する」ということを両立するのは不可能なのではないか、と考え込まずにはいられなくなるのです。
 だから彼らは不幸だったんだ、というのではなくて、結局のところ、人にはそれぞれ「役割」みたいなものがあって、人間のなかには、身内によりも、自分の野心を実現したり、赤の他人に尽くしたりすることに生きがいを感じる人が少なからずいて、それはもう、その人の「宿命」なのかな、と僕は思ったのです。
 僕は、千明のような人はすぐ何人か思い浮かべることができるんですよね。
 医者には、こういう人がけっこういます。
 この小説に出てくる「教育者」たちは、みんな「子どもを教える」ということに情熱を注いでいる一方で、ひとりの人間、家庭人としては穴だらけです。
 ああ、でもこれが「人間」なんだよなあ。



以上、2017年「ひとり本屋大賞」の発表でした。
実際の「本屋大賞」の順位とのギャップを、どうぞお楽しみに!



今年の「ひとり本屋大賞」、ベスト3、ワースト3が、それぞれ「抜けている」印象でした。
とくに、10位の『コーヒーが冷めないうちに』は、いろんな意味で「衝撃的」だったのです。
本というのは、売り方次第で「売れてしまう」というのはこれまで何度もみてきたので理解できますが、この作品が『本屋大賞』にノミネートされたということは、「面白い」と感じて投票した「投票権を持つ書店員さん」がいたんですよね、それも少なからず。
僕は『本屋大賞』の投票権を持っているのは、それなりに「読める書店員さん」だと思っていたのですが……
最近つくづく思うのは『本屋大賞』は、版元や作家と仲良しの書店員さんたちが「売りたい本」を仕掛けるための道具になりつつあって、むしろ、『直木賞』のほうが、以前の『本屋大賞』の役割を果たしてきているのではないか、ということです。
選考委員が若くなってきている(現在の選考委員は浅田次郎伊集院静北方謙三桐野夏生・髙村薫・林真理子東野圭吾宮城谷昌光宮部みゆきの各氏)というのもあるのかもしれませんが、直木賞候補作のほうが、はるかに「ハズレ」を引く確率が低い。
こういうことを書くたびに、「これって、『美味しんぼ』で、食通が『白飯と味噌汁こそが上手い』と言うようなもので、そんなに本に親しんでいない読者は、もっとわかりやすい、感動できる本を求めているのではないか」と自問してみることもあるのです。
しかし、それにしても、『コーヒーが冷めないうちに』は無いよ……


大賞、そして上位3作くらいは、毎年良質なんですよ、それも間違いありません。
でも、下位のほうには「著者への好感度」とか、何か業界の力とかでノミネートされているのではないか、というのが毎年入っている。
 書店員さん推し、とか手書きPOPとかも、担当者の情熱というより、「販促テクニック」のひとつとして定番化してしまい、「面白さを伝える」よりは、「自分の売り言葉の力試し」みたいなものばかり。
 やたらと店員さんがマークしてくる洋服屋みたいなもので、書店員さんのオススメがバイアスにしかならないのなら、そりゃみんなAmazonで買うよ。


 なんだかけなしてばっかりなのですが、3位の『コンビニ人間』は、まさに2017年のカミュの『異邦人』だと思うし、『みかづき』『蜜蜂と遠雷』は、掛け値無しの傑作です。どちらも分厚いので尻込みしてしまうかもしれませんが、「本を読むことの悦楽」を感じさせてくれます。


最後に僕の「順位予想」を書いておきます。
第3位:コンビニ人間
第2位:みかづき
第1位:蜜蜂と遠雷


 もう、素直に僕の好きな順番にして、1位と2位だけ入れ替えました。
蜜蜂と遠雷』って、すごく愛されている感じがするので。
 ただ、これまでは同一作品での直木賞芥川賞)と本屋大賞の同時受賞は例がなく(西加奈子さんの『サラバ』は直木賞本屋大賞2位の「準二冠」)、セールス的な旨味も少ないかもしれません。
 投票する側も「もう直木賞獲っちゃってるからなあ」って思うところはありますよね、たぶん。
 個人的には、『みかづき』が大賞だったら良いなあ。
 もしかしたら、これからの本屋大賞は「直木賞を受賞した後の作家の再評価の場」になっていくのではなかろうか(直木賞は一度しか受賞できないので)。


 あと、「社会派小説」は票が伸びにくいのも『本屋大賞』の傾向なので、『罪の声』もちょっと厳しそう。
 『夜行』『暗幕のゲルニカ』『i(アイ)』あたりは、「この著者に対して、この作品で授賞するのは違う」ような気がする。
 穴党なら、『桜風堂ものがたり』とか『ツバキ文具店』あたりが狙い目かもしれませんね。
 こんな予想より、桜花賞の馬券が当たってくれたらよかったのに、って感じではありますけど。


みかづき (集英社文芸単行本)

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蜜蜂と遠雷 (幻冬舎単行本)

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