いつか電池がきれるまで

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「ちきりんの中の人」伊賀泰代さんを社外取締役にした、クックパッドの「合理性」

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 ちきりんさん(と同一人物とされる伊賀泰代さん)が『クックパッド』の社外取締役に就任された、というのが話題になっているのですが、2015年9月に、ちきりんさんは、

「食も、『家で料理する』という習慣は、これから急速に無くなっていくと思う。ワーキングマザーが家で朝ご飯と弁当を作ってるなんて異常な状況がいつまでも続くはずがない。こういうの、なんかの呪縛にかかってると思う」

という、Tweetをされていたんですね(Tweetをそのまま表示できないのは、僕がブロックされているからです)。
 うーむ、なぜ、こんな「社風に合わない」というか、クックパッドがやっていることを否定しているような人を社外取締役に迎えることになったのか……
 僕もすごく疑問だったんですよ。何かの手違いか、ネームバリューだけで選んでしまったんじゃないの?って。


 でも、よく考えてみると、そういう「家で食事をつくることに否定的な人」の意見を取り入れるのは、クックパッドにとって、「合理的」なのです。


 『失敗の科学』という本で、エイブラハム・ウォルドという天才数学者のこんなエピソードが紹介されていました。

 ウォルドは軍からの依頼で、ある重要な問題の解決にあたっていた。第二次世界対戦当時、爆撃機パイロットは大きなリスクを背負って敵国の上空を飛行していた。従軍中に生き残る確率はほぼ五分五分だとも言われていたほどだ。軍事歴史家のケビン・ウィルソンは、この勇敢なパイロットたちを「既死兵(ghost already)」と呼んだ。
 軍司令部は爆撃機を強化する装甲が必要だと考えた。地空両方の敵の砲撃からパイロットを守るためだ。ただし、爆撃機全体を装甲で覆うと、機体が重くなりすぎて操縦が困難になる。ウォルドの任務は、装甲が必要な部分の優先順位を調査することだった。
 データはたくさんあった。空軍はすでに手間をかけて、無事に帰還した爆撃機の損傷具合を調べていたのだ。彼らは失敗から得たデータを検証して、航空機の安全を高める方法を考えようとしていた。
 ありがたいことに、爆撃機の損傷には明確なパターンがあった。爆撃機の多くは、翼も胴体も蜂の巣のように穴が開いていた。しかしコックピットと尾翼には砲撃を受けた形跡がない。データの収集を続ければ続けるほど、パターンはますます明確に表れた。
 軍司令部は完璧なアイデアを思いついた。たくさん穴が開いていた機体部分に装甲を施せばいい。砲撃を受けた箇所が、強化すべき箇所だ。当然の判断である。
 しかしウォルドは反対した。彼は軍司令部が大事なデータを考慮し忘れていることに気づいたのだ。軍は帰還した爆撃機のデータだけを集めていた。つまり帰還しなかった(撃ち落とされた)爆撃機は入っていない。帰還した爆撃機のコックピットと尾翼に穴の跡がなかったのは、そこを撃たれたら帰還できなかったからだ。
 言い換えれば、帰還した爆撃機の穴の跡は、そこなら撃たれても耐えられる場所を示していた。検証データは、装甲が必要な場所ではなく、不要な場所を示していたのだ。コックピットと尾翼を撃たれなければ、パイロットは生還できる。
 ウォルドの洞察は、爆撃部隊にとってはもちろん、軍事活動全体にとって重要な転機をもたらした。

 
 目に見えるものだけが、真実とはかぎらない。
 爆撃機クックパッドに何の関係があるの?って思われるかもしれませんが、クックパッドが、ちきりんさんに期待しているのは、まさにこのウォルドの役割だと思うのです。
 目に見えるものを指摘したり、改善点を見いだしたりする人は、クックパッドの内部にも、たくさんいる。
クックパッドを日常的に使っている人、自分で料理をする人」は、使ってみて「もっと、こうしたらいいのに」「ここが使いづらい」など、いろいろ思うところがあるはずです。
 しかしながら、クックパッドというサービスは、現時点でかなり一般的なものになってきています。
 「料理好きな人、自分でつくりたい人」には、広く浸透しているサービスだといえるでしょう。

 となると、今後、クックパッドが利用者を増やすためには、「これまで、興味を持ってくれなかった人」「自宅で料理をすることに消極的な人」にもアプローチしていかざるをえないのです。
 ところが、料理好きな人、クックパッドのヘビーユーザーには「クックパッドに興味がない人」が、「なぜ利用しないのか」は、なかなか想像できません。
 そこで、伊賀さん(ちきりんさん)のような人に、白羽の矢が立つのです。


「あなたは、なぜ、クックパッドに興味がないのですか?」
「どんな状況だったら、あるいは、どんな機能があれば、クックパッドを使ってみてもいい、と思うようになりますか?」


 「クックパッドなんて使わない、必要ない」という人を、わざわざ入社させ、会社に影響を及ぼすことができる立場まで昇進させるというのは、現実的ではありません。
 そんな人は入ってこないだろうし、本人もキツいはず。
 でも「社外取締役」であれば、外部から忌憚の無い意見を言ってもらえるのです。
 むしろ、こういうのが「社外取締役という役職の正しい使い方」とも言えそうです。
 ちきりんさんであれば、「家で料理をしない理由」をわかりやすく、かつ論理的に明示してくれそうですから、それに対するリアクションも考えやすいでしょうし。
 クックパッドを利用しない人でも「なんとなく」とか、「めんどくさい」くらいしか理由を思いつかない人だと、どうしようもない。そういう理由の人が、現実にはいちばん多いのではないか、という気もするのですけど。


 僕も最初は「なんかよくわからない人事だな」って思ったのですが、クックパッドにとっては、将来に向けてしっかりと計算した上での布石だった、ということなのでしょう。
 まあ、僕が勝手にあれこれ推測しているだけ、ではありますが。


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