「はてな」的な話を書いてみる。
うーむ。
このエントリを読みながら考えていた。
そもそも、「いい記事」とは何なのか?
たくさんの人に読んでもらえる(PV(ページビュー)が多い)と「いい記事」なのか、多くの人がブックマークしてくれると「いい記事」なのか、モノがたくさん売れると「いい記事」なのか、反応がたくさんあると「いい記事」なのか?
まずは、自分にとっての「いい記事」の定義を持つことが、けっこう大事なんじゃないかと思う。
僕は、書き終えて「公開する」を押したときに、自分で「書けた!」と思えるのが「いい記事」だと自分で決めている。
商売でやるのでなければ、自分のブログの記事の価値判断を他人任せにしてもしょうがないからだ。
もちろんたくさん読まれると嬉しいけれど、たくさん読まれなくても自分では好きだと思っている記事も少なからずある。
というか、僕自身が気に入っている記事は、そんなに読まれなかったり、ブックマークされないことが多いような気がする。
しかし、ほとんどの人が読まない、興味がないような記事だからこそ「僕が」「ここで」「お金にならなくても」書く意味がある、とも言える。
とか言いつつ、いちおう「読んでもらうためには、どうすればいいのか」ということを考えるヒントになる記事を2つ紹介しておこう。
偉そうなことばかり言っているけれど、僕も読んでもらうことへの「色気」はあるのだ。
fujipon.hatenablog.com
fujipon.hatenablog.com
興味か時間、あるいはその両方があれば読んでみてほしいのだけれど、結局のところ、人は「誰かに読めと言われた記事」ではなくて、「自分の役に立つ、あるいは面白いと思う記事」を読む、ということに尽きる。
人は、自分の創作物に対して、甘い点数をつけがちなんですよ。
僕も15年前くらいに、「ホームページビルダー」で、背景に高画質の写真が大きく表示される個人サイトをつくっていました。
当時はISDNの時代だったから、表示するのに、死ぬほど時間がかかる。
でも、そのころの僕は、それでもその写真にこだわっていました。
ちょっと表示が遅いけど、みんなみてくれるはずだ。
だって、「僕がつくったホームページ」なのだから。
何のことはない、向こうからみれば「どこの馬の骨だかわかんないやつがつくった、なかなか表示されないめんどくさいホームページ」だったのだけれど。
この記事も読みました。
悪い記事じゃない、というか、すごい労力だったと思う。
僕はアニメソング、とくに最近のアニメソングをほとんど知らない人間として、感じたことを書いてみる。
たぶん、この記事で書いている人がいちばん苦労&工夫したことは、「カラオケでの歌いやすさとか、みんなで盛り上がれるか」だと思うんですよ。
でも、考えてみてください。
「カラオケボックスに一緒に行って、アニメソングで盛り上がろう、という仲間がいる人」に、こういう「おすすめアニメソング」のリストが、100曲も必要なのか?
そういうアニメ好きの人は、すでに自分なりのリストを持っているはずで、わざわざ検索しないと思うのです。
それならば、むしろ、「親世代や上司でもわかるアニメソング10選」とか、「アニメに興味がない人でも知っているアニメソング」というように、少しずらしてみる、というのはどうだろうか。
そもそも、「オススメの○○100選」なんていうのは、多くのジャンルですでに飽和状態になっていて、既得権者たちもその座を失わないように懸命にメンテナンスしています。
そんなところに飛び込んでいくのは、「検索してもらうため」に、本当に正しい方策なのか?
もちろん、もともと誰も興味がない、ニッチすぎるところに突っ込んでいっても、樹海で大声コンテストをやるようなものだとは思うけれど。
個人的には、最近の「おすすめ100選」なんていうものの多くは、ただでさえ情報が飽和している今のネットでは、あまりにも多すぎるのではないか、と感じています。
DVDとかマンガとか、100個も観られないし、読めないよ。
せいぜいベスト10、くらいが適正ではないかと思うのです。
そりゃ、100選のほうが、売れるものは多くなるかもしれないけれど、「私はこれ!」という、あなたの「人生の渾身のベストワン」を、今の僕は知りたい。
もう、そのジャンルのすべてを網羅したデータベース的なものか、「その人のベスト10」くらいにしか、今のネットでは情報としての価値がない。
これからは、ネットも「メタキュレーション」の時代になると思う。いや、なりつつあるのか。
要するに、「キュレーションサイトをキュレーションする」ということだ。
ちなみに、「制作期間1週間」なんていうのは、本人は大変だったと思うけれど、他人に自慢できるほど長くはない。
ネットには、もっと長い時間をかけて丁寧に取材した記事が腐るほどある。
でも、そういった記事が1時間でサッと書かれた記事やスキャンダルに埋もれてしまうこともある。
書いている側からすると、何が「読まれるエントリ」になるかなんて、蓋をあけてみないとわからない。
いや、「わからない」というのはウソで、ある程度の予想はできるし、している。
でも、その予想は外れる。大概、嬉しくないほうに。
たとえば、ひとつ前のこの記事なのだけれど、僕の感触としては、それなりに書けていると思うし、読んでもらえるつもりだった。
でも、反応はいまひとつ。
内容が悪かったのか、「狙った」つもりのタイトルが、かえって読む人を限定することにつながってしまったのか、タイミングが一日遅かったのか……
それでも、こうして何かを書くというのは、僕にとっては、生きがいのようになっている。
なかなかうまくいかないのも、また一興だし、難しいから、試行錯誤していくことに、やりがいもある。
皆様には、つまらないものばかり読ませて、申し訳ない。
「はてなブックマーク」については、思うところもいろいろあるのだけれど、長くなるので今回は深堀りしない。
でもまあ、内容が薄くて外交でブックマークを集めているようなサイトの大部分は、長持ちしてないですよ。
宣伝は大事だろうし、お客さんが来なければ始まらないだろうけど、派手な宣伝につられてきてみれば、出てきたのが「スカスカおせち」だったら、リピーターはいなくなるのが当然のことです。
「ちゃんと商品を並べてから、あるいは料理の腕を磨いてから宣伝すればいいのに」と思うことが多い。
まあ、いろいろとめんどくさい『はてな』ではありますね。
僕も、ライブドアブログから声がかからないかとずっと待っているのですが、残念ながら、まだ鼻水もひっかけてもらえていません。
でも、互助会とかに入らなくてもそれなりに読んでもらえて、つまらないときはブックマークもされない、という現在の僕が置かれている状況は、かなり恵まれてはいるのだと思う。
そして、それは一朝一夕にできあがったものではないし、僕の力だけでつくられたものでもない。
いろいろあるけれど、『はてな』は、基本的に「放っておいてほしい人、自分のペースでやっている人は、温かく見守ってくれる場所」です。
なかなかそういう場所って無いんですよ。
調子にのって薮をつつくと、アナコンダみたいなのが、いっぱい出てくるんだけどさ。
id:reikonさんのブログが久々に更新されていて、それを見に行った際に、以前のエントリも遡って読み直していたのです。
このエントリのなかに、こんな言葉がありました。
「このちょっと面倒でマニアックだけど、ミーハーじゃない、自分が慣れ親しんだはてな」
僕も、そんな「はてな」だからこそ、今までやってこられたのかな、って。
この言葉には、いろんな気持ちが詰まっている。
こういうふうに、自分自身に、そして、誰かの心に小さな引っ搔き傷みたいなものを残す言葉が書けたらいいな、と思いつつ、僕はパソコンに向かっているのです。
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