いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

『WELQ』と『ほぼ日』の「成長しなければいけない病」

japan.cnet.com
blog.makicoo.com


そうか、DeNA南場智子会長の夫である紺屋勝成さん、2016年12月5日、一昨日亡くなられていたのか……


fujipon.hatenadiary.com


僕はこの『不格好経営』を読んで以来、南場さんってすごい人だなあ、と思っていました。
勝成さんとの闘病のために、会社の責任ある立場から退く、という決断をしたことも含めて。
病状が落ち着いて、現場に復帰されたと聞いていたので、今回の勝成さんの訃報は寝耳に水というか、このタイミングで、この内容の記者会見に出るのは、南場さんもつらかっただろうな、と考えずにはいられなかったのです。
もちろん、そういう「経営側のプライベートな事情」で、WELQが、いいかげんな「健康に関する情報」を垂れ流していた罪が軽くなるわけではないけれど。


これを読んでいると、組織というのは、急速に成長しよう、させようとすればするほど、そして、大きくなればなるほど「歪み」みたいなものが出てくるものなのかな、と考えずにはいられないのです。


最近、この記事が話題になっていました。
bylines.news.yahoo.co.jp


ブックマークコメントをみると、この記事の著者のやまもといちろうさんを批判している人も多いみたいです。
はてなブックマーク - ほぼ全部ステルスマーケティングの糸井重里『ほぼ日刊イトイ新聞』の憂鬱(山本一郎) - 個人 - Yahoo!ニュースb.hatena.ne.jp


ステマ」の定義については、この記事を参照してください。
fujipon.hatenadiary.com

ステルスマーケティング (Stealth Marketing) とは消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をすることである。略して『ステマ』とも呼ばれる。


僕もいまの『ほぼ日』は「ステマ」じゃなくて、「良質のコラムやインタビューも載っている通販サイト(というか、ある意味カタログ雑誌、もっと広い範囲でいえば『雑誌』って広告収入が柱ですから、こういうものですよね)」だと思っています。
でも、トップページに物販の話ばかりがならんでいる『ほぼ日』は、黎明期に比べると、やはり「変節」してしまったように感じてしまうのです。
物販増えたよね、ほんとうに。


www.1101.com

たしかに、『ほぼ日』は、ずっと前からオリジナルの商品を開発したり、良質なんだけど目立たない商品を紹介してきたけれど、『ほぼ日』の最大の売り物は糸井さんの「価値観」でした。
「こういうものがあったらいいよね」「これを使えば生活が豊かになるんじゃないかな」という目的があって、それにあわせた「商品」が開発されたり、紹介されたりしていたのです。
ところが、今は「良い商品だから」「これを売りたいから」というのがまず先にあって、閲覧者に「買わせよう」としているような気がします。
取り扱っている商品もだいぶ増えたし、糸井さん自身も目が届かなくなっているところがあるのではなかろうか。


そして何より、会社として上場するとなると、それなりに売り上げも必要だし、社員の給料も定期的に払わなければならない。
そうなると、どうしても「紹介するハードル」は、下がっていきやすい。
少なくとも糸井さんの「価値観」が反映される度合いは少なくなっていくはずです。


ただ、それは大きな組織を運営・運用していく上では、避けて通れない変化でもあります。
だって、稼がないと、社員に給料が払えない。そうなると、家族も含めて、路頭に迷わせてしまう。
病院でも、規模が大きくなるほど「コスト意識」だとか「ベッドの稼働率(あるいは回転率)を上げるように」という話が出てきます。
病院の場合は、ある程度そういうふうに患者さんを入退院させていかないと、どこも老人保健施設になってしまって、急患や新患を受けられない、という状況にもなりますし、赤字を垂れ流して潰れてしまったら、そのほうが地域にとっては大きなマイナスだろう、とも言われるのですが。


WELQがやっていたのは、あまりにも悪質だったけれど、ネットには「WELQ的なもの」があふれているのです。
「お金を稼ぐためなら、法に触れること以外、何をやってもいいんだろ。だって、みんな『お金が欲しい』のだから」
ネットでそう公言している人がいて、「そうだそうだ」と同調する人もいる。
読んでもいない本や遊んだこともないゲームや行ったこともない専門学校を「紹介」し、困った人と出会ってしまうかもしれない「出会い系サイト」や、覚悟もなしに手を出したら人生を破滅させるかもしれない「FX」をオススメしている人が、WELQを叩く資格があるのだろうか。
自分のブログの被害者は「自己責任」で、「引っかかるほうが悪い」の?


いや、僕だって、自分が貼っているGoogleの広告に全面的に責任を負えているわけじゃないし、グレーゾーンに足を踏み込んでいるのです。
職業柄、「健康関連」の商品やエントリはなるべく紹介しないように気をつけています。
それが専門家としての節度だと思うので。
成果報酬型のネット広告を提供するサイトをみていると、「水素水」的な、かなり黒に近いグレーのものが多くて、そういうものほど報酬が高く設定されていることが多いようです。


ネットで月に3万円「お小遣い」が稼げるようになったら、最初はすごく嬉しいはず。
でも、それが3カ月、半年と続いていくと、その3万円を「得る喜び」よりも「失う恐怖」のほうが大きくなってくる。
人間の感情というのは1万円の臨時収入があったときの喜びよりも、1万円を落としたときの悲しみのほうが、一般的には、はるかに強いのだそうです。
だから、その稼ぎを維持するため、あるいは、もっと「成長するため」に、なりふりかまわなくなってくる人が出てくる。


もちろん、組織にとって「大きくなる」ことにはメリットもあります。
より多くの人に届くようになるし、規模の大きな仕事もできるようになる。
しかしながら、手堅い方法では、成長のスピードにもピークにも限界があります。


WELQであんな記事を書いていた人たちは「ネットでちょっと小銭を稼ぐくらいいいだろ」と思っていたのだろうし、書かせていた人たちは「騙されるほうも悪いし、WELQが『成長』しないと自分が切り捨てられるかもしれない」と考えていたのでしょう。
ネットでお金稼ぎの人たちだって、「邪悪」なわけじゃなくって、「いつのまにか、そうやって稼がないと生活が回っていかなくなってしまった」のかもしれません。


fujipon.hatenablog.com


みんな、それぞれ「理由」とか「言い訳」はあるのです。
しかしながら、その結果として、ネットには「信頼できない情報」「誰かが自分の利益しか考えないで書いているもの」が氾濫している。
その一方で、「みんなのために」ネットでいろんなもの(作品や正確な情報)を無報酬で配っている人もいることも忘れてはいけないけれど。


ネット社会というのは、ひたすら成長を追求しないでも、ニッチなものを狙って、小商いで食べていける人が増える社会だと言われていました。
ところが、蓋をあけてみると、人はやっぱり、ネットでも「成長」を求めるし、失うことをおそれている。
僕には、糸井さんが『ほぼ日』をはじめたときには絶対にやりたくなかったはずのことを、今まさにやっていこうとしているようにみえるのです。

もちろん、人は変わります。
ずっと「創業時の理想を掲げる」と、電通みたいになってしまう可能性もある。


ネット社会だからこそ、いちばん大事なのは他者からの「信頼」とか「評判」なんですよね。
全く知らない人と顔も合わせずに取引するのは、やっぱり不安だから。
そんなこと、DeNAだって、わかっていたはずなのに、こんなことになってしまった。
一度失ってしまった「信頼」や「評判」は、どんなにお金を積んでも、そう簡単には回復しない。

「急激な成長を諦める勇気」みたいなものが、より高いところに手を届かせるために、けっこう大事なんじゃないかと思うんですよ。それは、企業だけの話じゃなくて。


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