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ああ、これはひどい、本当にひどい話だ……と思いながら読みました。
それと同時に、僕も自分が新人時代のことを、思い出さずにはいられなかったのです。
以前、こんなエントリを書きました。
fujipon.hatenadiary.com
賛否両論、というか、どちらかというと否定的な反応が多くて、僕自身もオリンピック選手と比べるのはさすがに極端すぎたかな、と今では考えています。
ただ、今回過労死認定された方の勤務先が「電通」だったというのを知って、またいろんなことを考えてしまうのです。
「ワタミだろうが、電通だろうが、病院だろうが、ブラック企業はブラック企業だろ!」
それはそうなのかもしれないけれど、僕がこの女性に相談されたら……と想像すると、果たして彼女に「辞めたほうがいいよ」と言えただろうか。
学生のブラックバイトや経営者に「洗脳」されるようにして、長い時間、安い給料で働かされるような職場は、ためらい無く「辞めたほうがいいよ」って言えそうな気がします。
でも、電通、あの電通ですよ。今は僕が学生時代だった20年前ほど広告代理店の威光は無いのかもしれないけれど、入った人の多くは「自分は就職活動の勝ち組だ」って思っていたのではなかろうか。
そんななかで、体力的にも精神的にも、ものすごくキツい状態に追い込まれたら、どうなるのか。
「勝ち組」だと思い込んでいるからこそ、引くに引けない、ここで辞めたら、自分がダメな人間だと思われてしまう、というプレッシャーを感じてしまうのではないかなあ。
あるいは、このつらさは、ステップアップするために必要な通過儀礼なのだ、と。
人生にはセーブポイントがないから、「辞めた場合」と「辞めなかった場合」のどちらか一方しか、続きをみることはできない。
僕はエリート会社員とか官僚というような仕事を「マッチョ職業」と定義しています。
fujipon.hatenablog.com
そもそも、世の中には「マッチョ職業」というのが少なからずあると僕は考えています。
要するに「できないヤツを最初はサポートする」という前提があるとしても、「ミスがあったら大変なことになるから、適応できなかったり、時間がかかりすぎる人は辞めてくれ」あるいは「すば抜けた力があるやつ以外は必要ない」と、どんどん不適格者を振り落としていくような職業です。
予定外の仕事がどんなにイヤでも、(休日や時間外も含めて)受け持ち患者が急変しても対応しない(できない)医者は臨床医としては失格でしょうし、結果を出せないプロ野球選手も「あいつはいいヤツだから」という理由では、ずっと現役を続けさせてはもらえません。
医者とか学校の先生とかお金を扱う人とかいうのは、ひとつのミスで大きな負の影響を与えることがあるので、「まあ、そういうキャラクターなんだから、大目にみてやろう」とは周囲も思ってくれません。
もちろん、程度問題ではあるのだけれど。
電通の「マッチョ職業体質」というのは、犠牲になった方だけに対して運用されていたわけではありません。
多くの人は、こんな理不尽な中を生き延びて、仕事を続けていくわけです。
それは正しくもなんともないけれど、人というのは「自分ができたことは、他人にもできるはずだ」と思いがちな生き物です。
法律は、そういう労働環境で生きてきた官僚がつくり、運用しているし、社員を率いる立場にいるのも、そんな戦場を生き延びた古参兵なのですよね。
彼らは「このくらいのハードルを超えられないようでは、ダメだ」と信じている。
実際のところ、そういう山を余裕でこえている人はほとんどいないはずなのだけれど、「喉元過ぎれば、熱さを忘れる」とも言いますし。
「若手時代の悲惨な体験」は、大部分の人にとって、武勇伝になってしまう。
ましてや、みんなが働きたがる、天下の広告代理店です。代わりは、いくらでもいる。
これまでの人生で、成功体験を積み重ねていると、撤退戦のやりかたが、よくわからない。
周囲の人も、「ブラック飲食バイト」であれば、「そんなところは、すぐに辞めたほうがいいよ」って言えるけれど、もしそれが電通とか学校の先生とか医者だったら、「でも、せっかく受かった(その仕事に就けた)のだから、もったいないよ」って言ってしまうのではなかろうか。
そういうときに「ちょっと休んで、快復してから復帰する」ということができるのなら良いのだけれど、実際はなかなかそうはいかない。いかないと思い込んでいるだけで、たぶん、できないことはないはずなのに。
彼女のツイートを読んでいて、僕は自分の研修医時代のことを思い出してしまいました。
僕もこんなふうに、夜遅くに家に帰ってきてお風呂に漬かりながら(それでも、入浴できるくらいの時間や元気があるだけマシ、ではあったのかもしれません)、ああ、疲れているけれど、眠ったらまた「明日」が来るのか……もうこのままどこかに行ってしまおうか……と真剣に考えていたものです。むしろ、辞めるタイミングを逸してしまっただけなのかもしれません。
マッチョ職業に就く人って、うまく手を抜いたり、他人に甘えたりすることが下手な人が多い印象があります。
そういう新人の窮地につけこんで、「性的見返り」を求める人もいるし、不適格者を追い込むのが使命だと思い込んでいる人もいるのです。
キツい仕事というのは、体力的な負担、精神的な負担の両方の要素があるのだけれど、一般的には報酬が高かったり、多くの人が憧れるような仕事(マッチョ職業)では、「それに耐えられないのなら、向いてないから辞めていいよ」ということになってしまいます。
「せっかく電通に入れたのに、もったいない」と、本人も周囲も思っているから、なかなか辞める踏ん切りがつかない。
ストレス耐性や置かれている環境には個人差があり、「8割から9割くらいはなんとか踏ん張れる」くらいのマッチョさに設定されていることがほとんどです。
だって、みんなはそれを乗り越えてきたんだぜ、って言われたら、反論しがたいところはあります。
彼女の場合、職場の人間関係にも不運なところがあって、Tweetを読んでいると、フォローしあったり、愚痴をこぼせるような同期がいなかったのではないか、と感じましたし、周囲に、弱っている彼女につけ込んで「性的な搾取」を目論むような人がいたことも、絶望を深めた原因ではないかと思うのです。
キツい環境でも、励まし合える同期がいたり、チームが良い雰囲気であれば、短い期間なら、なんとか踏ん張れることも多いんですよね。
人間関係って、ものすごく大事だから。
「孤独感」にとらわれてしまうと、本当につらいのだけれど、いわゆるブラック企業というのは、過剰な「連帯責任」を押しつけたり、逆に「孤立」させたりして正常な判断力を奪っていくのです。
この過労死の事例をみて、こんな働き方が、ゆるされるはずがない、と僕は思う。
中川淳一郎さんが書かれたものを読むと、電通というのは、なんて効率の悪い仕事のやりかたをしているんだろう、と疑問にもなります。
その一方で、そういう「徹夜でがんばりました!」みたいなのを美談として受け止める人って、けっして少数派ではありません。
僕は、エンターテインメントとして書かれている「お仕事小説やマンガ」を少なからず読んできましたが、「努力、友情、勝利」は、この30年以上不変ですし、徹夜で仕事をした主人公のほうが、定時に帰る登場人物よりも「報われやすい」のです。
みんな、社畜はイヤだ、ブラック企業くたばれ、と言いながら、同じ口で「でもクリエイターは例外」とか「昼から具合が悪かったんだけど、日中は仕事で病院に行けなかったから夜間救急外来を受診したら、欲しかった薬を処方してもらえなかった」とか愚痴っている。
なんのかんの言っても「ブラック労働をこなせる人」を世の中は求めているのです。
有名な企業だから、みんなが憧れる仕事だから、本人にやる気があるのだから、仕事がキツくても良いのか?
雇う側としたら、コストパフォーマンスが良い社員を求めるのが「正しい」のではないのか?
僕が言いたいのは、偏差値が高い学校に行っていたからといって、マッチョ職業に向いているとは限らないし、そういう周囲の期待に応えようと無理をする必要はない、ということなんですよ。
あと、学生時代のプライドは、仕事をはじめるときには、いったん全部捨ててしまったほうがいい。
亡くなった女性のお母さんは「命より大切な仕事はありません。企業の労務管理の改善の徹底と国の企業への指導を強く希望します」と訴えておられました。
「命を削って、仕事をする」と「仕事を諦めて、敗北者として生きる」というような「間違った二者択一」に騙されないでください。
世の中には、命を削らなくても、それなりに充実した仕事ができる場所だって、きっとあるのです。
「天職」と思うような仕事にだって、やっぱり、キツい時期や時間はあるのだと思います。
ただし、それがずっと続いたり、いっそ死んでしまおう、なんて考えるようなら、そこは、あなたのための場所ではない。
苦しいのは、あなたが悪いわけではなくて、向いていない環境なのに無理をして適応しようとしているから、なのかもしれません。
そのことを、忘れないで。
急に日本の労働環境が良くなる、国によって改善されるとは思えないので、自分の身は自分で守るしかない。
日本の場合は、労働環境は良くないけれど、ちゃんと手続きを踏んでいけば、仕事を辞めても、すぐに飢え死にすることはないくらいの社会的なサポートはあるのです。その点では、そんなに捨てたものでもありません。
置かれた場所で咲けないのなら、別の陽あたりの良い場所に行けばいい。
もし「辞める」のが難しいのならば、少しだけ「休んで」みましょうよ。
ちょっと席を外す(休職する)だけで、自分を客観的にみられることって、本当にあるから。
後から思い返すと、なんであんな状態で「続けること」にこだわっていたんだろう、ってバカバカしくなることばかりだから。
- 作者: 今野晴貴
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