古館伊知郎さん『報道ステーション』降板、というのをネットで見たときは、「ああ、ようやく、だな」と思ったのです。
僕のなかでは、あの時間帯は『ニュースステーション』=久米宏、というイメージがいまだに抜けないところがあるのだよなあ。
今朝のニュースで、「『報道ステーション』といえば古館さん、という感じなので、信じられません」と街頭インタビューに答えていた若い人をみて、「古館さんといえば『報道ステーション』のキャスター」というイメージの人も、少なからずいるのだな、ということもわかりました。
12年間、もうすぐ3000回、キャスターをやってきたのですから、それも当然のことではあるんですよね。
それこそ、僕の「報道の古館伊知郎」への違和感というのは、「ドラえもんは大山のぶ代で、水田わさびは認めない!」と言いながら、『ドラえもん』を今は観ていない大人たちみたいなものかもしれません。
僕は古館伊知郎さんが、テレビ朝日の「ワールドプロレスリング」の実況アナウンサーとして活躍していた頃から「古館節」が好きで(というか、当時の新日本プロレスが大好きで)、「しゃべり手」としての古館さんの、いささか暴走気味にすらみえるドライブ感に魅了されてきたのです。
『報道ステーション』のキャスターになるまで、ずっと続けられていた、古館さんがひとりで大勢の観客の前で「喋る」ことを題材にしたライブ「トーキング・ブルース」にも、ずっと行っていました。
2004年の日記、古館さんが『報道ステーション』のキャスターに就任する前の「トーキクング・ブルース」に、こんな感想を書いています。
毎年行っている「トーキング・ブルース」なのだが、やはり、ひとりだけのトークで2時間聴かせる「古館節」は、たいしたものだと思う。僕がこの人に憧れるのは、自分が喋りベタってこともあるのだけど。ただ、今回の「16th・恋してみました」は、個々のエピソードは面白かったのだが、全体のコンセプトがいまひとつ見えず、彼の「話芸」を発揮する見せ場(いわゆる「押し寄せるような、怒涛のトーク)も少なかったような気がする。「報道ステーション」の準備で、時間がなかったのだろうか?アメリカの話で「自由と平等の国って言うけれど、自由だったら平等じゃないし、平等だったら自由じゃないんだよ!」という言葉には、考えさせられたけど。
あと、恋というのは、自分で創り上げた「ストーリー」であって、人間の多くは、そういう「ストーリー」に溺れないと生きていけない弱い存在なんだ、というのにも。
久米さんの後というのは本当に大変だろうけど、頑張ってほしいなあ。
何回目の『トーキング・ブルース』かは忘れてしまったのだけれど、仕事の都合で開演に遅れてしまったとき、けっこう席が前のほうで、途中から入場したらステージ上の古館さんに怒られたこともあったっけ。
こっちはこんなに集中して真剣勝負しているのに、それを乱すような途中入場はやめてくれ、と。
あれはたいへん申し訳なかったと、いまでも思うのだが、僕もけっこうな数のライブを見にいったけれど、演者に怒られたのはあれが最初で最後でした。
古館さんは、「喋るということ」が大好きで、「人間の喋るという機能にもすごく興味を持っている人で、自身の脳のMRIの写真を「話す機能に関連する部位が、異常に発達しているんです」と誇らしげに話しながら、ステージで「お披露目」したこともありました。
他のアナウンサーたちの「話す技術」についてもすごく研究していて、NHKの松平定知アナウンサーが「他の人が強調して大きな声で喋るようなところを、あえて囁くように話して、聞き手の注意を惹き付ける」という話を熱く語っていたのを覚えています。
ちなみにこの『トーキング・ブルース』は、2014年に一夜限りの「復活」を果たしています(僕は残念ながら行けなかったのですが)。
その話を聞いたとき、古館さんはそろそろ『報道ステーション』を辞めるのではないか、と思ってはいたんですよね。
というか、古館さんがあの時間帯の久米宏さんの次のキャスターに決まった時点では「ああ、古館さんもちょっと『報道』という世界を覗いてみたかったんだな」という感じで、12年で辞めてしまったことよりも、12年も「フィットしない場所」で続けていたことのほうが、ずっと意外なことでした。
久米宏さんとの比較ばかりで悪いな、とは思うのですが、『TVニュースのタブー 特ダネ記者が見た報道現場の内幕』という、『ニュースステーション』『報道ステーション』の元ディレクターが書いた新書があります。
この新書のなかで、いちばん印象的だったのが、久米宏さんの「テレビキャスターとしての嗅覚」でした。
2001年に、著者がすすめた企画である『忍び寄る死の連鎖 プリオン病』がオンエアされた際の話。
久米さんは、常々「会社で残業して帰宅したサラリーマンが、風呂上がりでビールを飲みながら自宅で見ている状況を想定してVTRを作るように」と話していたそうです。
久米さんは、この『プリオン病』について、事前に使用するVTRをチェックして、11分のものを2つに分割し、間にキャスターによるスタジオでの内容の整理を挿入するよう指示していました。
久米キャスターのフォローはこれだけでは終わらなかった。本番で私たちの企画のオンエアが始まると、久米キャスターは、私が書いたリード(原稿全体の出だしの部分)を読み始める前に他のキャスターに笑いながら話しかけた。
「時々こういう特集があるんですけどね。目を5秒離すと分かんなくなっちゃうという。連休明けにいいんです、自分の理解力がどの程度あるかをチェックするのに、この特集は」
久米キャスターはこう前置きしたあと、原稿のリードを読み始めた。
「さて、ややこしい特集です。じっくり見てください。狂牛病という名前をご存じの方は多いと思いますが、牛が罹る病気で、発病すると必ずその牛は死にます。で、同じような病気がヒトにも存在しますが、これらの病気を総称してプリオン病と呼んでいます。詳しくは短いVTRが終わったあとでしますが、プリオン病、いったいどんな病気なのでしょうか」
「難しい内容ですよ」と前置きしてわざと視聴者を身構えさせてから、「最初のVTRは短いので集中して見てください」と呼びかけているのである。
TBS時代の久米キャスターをよく知っている、厚労省記者クラブのTBSのベテラン記者から「久米さんは、テレビの天才」と聞かされたことがある。その一端を見た思いだった。
これを読んでいると、久米さんの『ニュースステーション』の記憶がよみがえってきます。
あらためて考えてみると、あれは、久米さんにしかできない「芸」だったんですよね。
リラックスして喋っているようで、実際は、親しげに呼びかけて視聴者の興味を引き、「ポイント」を押さえることを忘れない。
もちろん、「久米宏的なキャスター」「『ニュースステーション』という番組」には、「わかりやすさ、映像の力、キャスターの能力に頼りすぎてしまったがゆえの功罪」もあるのですが。
久米宏という人は「言葉で民意を動かす」ということを自覚的にやっていましたし、自分が投げたボールに対する世間の反応を面白がっているところもあったと思うのです。
その「後継者」となった古館さんは、「喋る技術を磨くこと」への執念はあったし、「視聴者を驚かせたい、面白がらせたい」という気持ちは強い人だったけれど、「民意を操作する」ことに対しては、ずっと当惑していたように僕には見えます。
古館さんは、ニュートラルに伝えよう、自分の喋る技術を活かして、面白くしよう、と思っていたのだけれど、何を言っても「政治的な色がついてしまう」ニュースキャスターという仕事に苦しんでいたのではなかろうか。
本来問題なのは、ニュースの台本だったり、ゲストや話題の選定だったりしていたのに、「朝日新聞への世間の批判」を『報道ステーションの顔』として、浴びることになってしまったし。
そもそも、久米さんの後というのは、誰がやってもつらかっただろう、とは思うのです。
「中嶋悟を『納豆走法』呼ばわりするのはひどい!」というような反応は、古館さんの望むところだったと思いますが、ニュースキャスターの「言葉」は、視聴者にあまりにも重く受けとられ過ぎてしまった。
批判を浴びせられるたびに「俺だって、好きでこんな仕事やってるんじゃない、本当はもっと笑い飛ばしてもらえるようなエンターテインメントをやりたいのに」と言いたかったのではなかろうか。
その一方で、『報道ステーション』という週に5回放送される番組のギャラは大きなもので、一度その収入を定期的にもらいはじめてしまうと、「やめる」という決断は難しいものになってしまったのかもしれません。
それだけお金をもらっていたのだから、それなりの責任もあるし、批判を受けるのも致し方ない、とも思う。
表現者としての矜持はさておき、あれだけの番組となると「自分ひとりの意志」だけでは、なかなか辞めることはできないのだろうし。
「喋りの求道者・古館伊知郎」をプロレス中継からずっと見てきた僕としては、この12年間というのは、なんだかとてももどかしかったのです。
『報道』では、「脱線」や「過剰さ」「ドライブ感」というフィニッシュホールドを封じられて闘っているようにみえたから。
結果的に、50代という、古館さんのようなスタイルの「話し手」としては、最も円熟しているであろう時期を、あまり熱意が持てないまま「技術だけ」でこなしてしまったように見えました。
それはもちろん、誰にでもできることではないのだろうけど、この12年間は「喋り手・古館伊知郎」にとっては、長すぎる空白期間になってしまったのではなかろうか。
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