いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

『鳥取養護学校看護師全員が一斉に辞職』に思う。

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なんというか、いろいろと思うところがあるニュースではありました。
ネットでの反応をみていると「数分間待たされたくらいでクレームをつけまくるモンスターペアレントのせいでみんなが迷惑することになった。モンスターペアレント許すまじ!」というものもあれば「このくらいで仕事を辞めるようでは、どこに行っても無理」「無責任だ」、あるいは「定員不足の状態を放置していた行政の責任だ」という声もあり。


けっして条件の良い職場ではなかったようですし、こういうことは、日本のさまざまな「現場」で起こっていることなんですよね、実際のところ。
むしろ、「同じような環境にありながら、みんなで協力して『行動』を起こすことができずに、どんどん職場がブラック化していく事例」のほうが多いのかもしれません。


この養護学校の場合「全員一緒に辞めることにした」からこそ、こんなふうにニュースになったわけで、もし、モンスター利用者から被害を受けたスタッフの6人のうち1人だけが抜けたら、単なる「1名欠員」で話が終わってしまう可能性が高いのです。
もともと8人が定員の職場に、6人しか人がいない。
それが5人になれば、仕事はさらにキツくなる。
みんな辞めてしまいたいのだけれど(看護師の仕事というのは、現状では引く手数多の「売り手市場」ではありますし)、もしこれで自分まで辞めてしまったら、残った人たちの仕事は、もっと大変になってしまう。
職場の上司からは「もしこれ以上人がいなくなったら、現場はまわらなくなる。利用している子どもたちが困ることになるんだぞ」「困っている人をお前は放って逃げるのか?」とプレッシャーをかけられる。
もちろん、そんなキツい職場に、新しく入ってくる人はいません。
迷い込んできた人も、すぐに辞めてしまう。
思い入れやしがらみがないほうが、基本的には辞めやすいですしね。
結局、「5人」が常態化してしまう。
あるいは、チキンレースのように、1人ずつリタイアしていき、さらに人が減っていく。


こういう場合、職場の経営側は「条件を良くする」ことではなくて、「個々の労働者のモラルというか、人情に訴える」という形で、人を辞めさせないようにすることが多いのです。
せめて残っている人の給料だけでも上げればいいのに、そこに出てくるのは「君たちがやめたら、この地域の人たちは、どうなるんだ!」という「責任の押しつけ」。
でも、人って、そういわれると、なかなか「地域の人たちなんてどうでもいいから、自分は辞める」とは言いがたいんですよね。
問題は「モラル」ではなくて、「労働環境」なのに、すり替えられてしまう。
そして、「あなたがいないとダメなんだ、みんなが困る」と言われると、人は案外、いい気分になって、限界、あるいはそれを超えるまで、がんばってしまう。


僕は報道で、断片的にしかこの現場のことを知らないのですが、医療や福祉の現場には、声の大きい「モンスター利用者」って少なからずいるのです。
介護職員に対する、利用者のセクハラの事例も多い。
ただ、これに関しては「相手は『弱者』だから」ということで、不問にされることも少なくない。
利用者には「これは当然の権利なんだ。利用者はお客様なんだから、言うとおりにしろ」と考えている人もいる。
もちろん、それは、ごくひとにぎり、なのだけれど。


ただ、あえて付言しておくと、医療の現場では、痰の吸引が数分間遅れただけでも、命にかかわってしまう、というような状況はありえます。
だから、このモンスター(とされる)利用者も、危ない経験があって、神経質になっていたのかもしれません。
現場の感覚としては、「そこまでやれと言われても……」ではあるのですけど。
ただでさえキツい職場に「身の危険を感じるようなクレーム」なんていうものがあれば、そりゃ、辞めたくなるよな、と。


こういう「現場」って、ここだけじゃないはずです。
定員割れしていて仕事がきついけれども、募集をかけても応募がなく、スタッフは疲弊している。
それに加えて、利用者のなかに、クレーマーみたいな人がいる。
……実際は、こんなところばっかりじゃないのかな。


でも、こういう形で、「スタッフが全員一斉に辞めて、サービスが運用不能になった」というところまでいかないかぎり、こうしてニュースになることもない。
これはまさに「氷山の一角」でしかないのに。


実際は「君がやめたら、ここの人たちはどうなる!」ということで、やめられなくなったり、1人抜けたら、残りの5人は職場の環境ではなく、辞めた人の悪口を言って溜飲を下げる、というのが一般的なのです。
「あいつは、根性がないから、無責任だから、辞めてしまった」と。


こんなニュースになってしまったら、よほどの好条件を提示しないかぎり、あえて「ここで働きたい」という人はいないでしょう。
前述したように、看護師免許を持っている人には「選択肢」はたくさんあるので。
逆に言えば、そういう「強い資格」を持っていない人は、こういう職場で、恫喝や脅迫にさらされながらも「辞める」という手段がとれない、というのもあるのでしょうね。


この事例に関しては「このモンスター利用者のせい」だけにしてはいけないと僕は思います。
そういう現場は「働いている人にとってブラックなほうが、利用者にとっては都合が良い」面もあり、なかなか「改善」していかない。
24時間病院に詰めている主治医、夜中でも呼ぶとすぐに飛んできてくれる看護師、ちょっと喉が痛いという症状で午前3時に救急外来を受診しても、こころよく迎えてくれる救急医療……


これをきっかけに、「ブラック医療・看護現場」について見直されることになれば良いのですが。


……って言うけどさ、同じようなことはこれまでも何度も起こってきたけれど、結局、何も変わっちゃいないんだよね。
沈みそうな船からは、なるべく早く降りることが、唯一の自衛手段なのかもしれません。
ヘタに頑張って「最後のひとり」になっちゃったりすると、その人が最後まで辛抱して支えてきたにもかかわらず、「このサービスが無くなったのは、お前の責任!」とかにされちゃいますから。

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