いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「車を止めて」と言えますか?


めいろまさんが、日本のタクシーについて、こんなツイートをされていたのを読みました。
僕もこれまでの人生でけっこういろんなタクシーに乗ってきました。
楽しい話を聞かせてもらったり、親切にしてもらったりしたこともあります。
その一方で、けっこう怖い思いや、不快な思いをしたこともあって。


何年か前に乗ったタクシーでは、目的地を告げて「はい」と返事をされたので眠っていたら、「目的地がわからないんですけど」といきなり見たこともない場所で起こされたこともあります。
道がわからないというので案内したら、「ここだったら、もっと近道があったのに」と言われてムッとしたこともありました。
道がわからない人にかぎって、お客さんに聞かないし、カーナビも使わない。
車に付いているのに使わずに「道案内してください」なんて人もいます。
運転中に携帯電話で大声で話す人も、何人かいたなあ。


なかでも酷かったのは、乗ったとたんにものすごく酒臭くて、フラフラしながら運転しているタクシーに乗ってしまったときのこと。
もう、明らかに酔ってるんですよ、その運転手さん。
そのときは、飲み会に出かけるため、同僚3人と一緒に乗っていたのですが、みんなで目配せをして「どうする?」とアイコンタクトしていたのですが、結局誰も「降りよう」とは言いだせず、目的地まで祈るような気持ちで乗っていました。
降りた後、みんなで「怖かったね……」と。


こういうのって、他人の話として聞いていたら、「バカじゃねえの?山奥でタクシーがその1台しかないのならともかく、街中なんだから、すぐ降りて他の車を探したほうが良いに決まってるじゃないか」って言うと思うんですよ、僕も。
でも、その場に居合わせると、そういう「合理的な判断」が、なかなか実行できないものなのだと思い知らされました。
「目的地はそんなに遠くないし、たぶん、だいじょうぶ」「他の2人は、そんなに気にしていないかもしれないし(そんなことなかった、のですけどね)」「時間にそんなに余裕もないし、ここで『降りる!』とか言いだしたら、みんな迷惑かな……」
「この酔っぱらい運転手と、イザコザを起こすのはイヤだな……」
日頃僕は、「個人情報保護!」とか「特定秘密保護法案反対!」とか、さまざまなリスクに対して敏感なつもりで生きてきたけれど、目の前の、もっと危険が差し迫った状況下で、「合理的なリスク回避行動」をとることができないのです。
「たぶん今回は大丈夫だろう」
いろんな事故に遭った人たちも、みんなそう思っていたんだよね、きっと。


伊集院静さんが『大人の流儀』というエッセイで、こんなことを書いておられました。

 当人がどれだけ注意していても災難の大半は向こうからやってくる。交通事故と同じだ。
 スイスの登山鉄道、ユタ州の自動車事故と楽しいはずの海外旅行での悲劇が続いた。
 自動車事故の方は原因がまだはっきりしないが、運転手の過労による運転が取り沙汰されている。同業者の弁で、何度か車が右に左にゆれるように走ったと言う。
 このことが事実だとしたら、なぜ誰かがその場ですぐに運転手に注意しなかったのか、それが私には解せない。


 時々、私は遠出のときやゴルフで車を手配されることがある。『その折、運転が危険だったり妙に思えると即座に運転手に訊く、
「君、疲れているのかね」
「い、いいえ」
 それで運転が直らなければ高速道路だろうが、山の中であろうが、
「君、車を止めなさい」
 と言って下車し、タクシーなり別の交通手段を選ぶ。これがもう三、四度あり、口では言わないが、その車を手配した会社とはなるたけ仕事をすまいと決めている。


 一人旅より、団体旅行の方が事故が多いのは、旅に危険はつきものだという根本を忘れがちになるからだろう。
 よく旅慣れているのでという年輩者がいるが、それは団体旅行で慣れているのが大半で、危険が近づいていることにすら気付かないで来た人がほとんどだ。


 ああ、「リスクを避ける」ためには、このくらいの「強い決意」みたいなものが必要なんだなあ、と。
 僕の場合、「目的地はすぐ近くだから」とか「あれこれ言ってトラブルに巻き込まれるのはめんどくさいから」などと考えてしまうんですよね。
「街中でいくらでも他の車に乗り換えられる」にもかかわらず。
 もしそれで事故に遭ったら、ずっと後悔するはずなのに。


 逆に言えば、過去の事例でも「自分の力で避けられたはずの事故」って、けっして少なくないはずなんですよ。
 ただ、「わかっているはずのリスクを避ける」ことって、案外難しいものではあるのです。
 初対面のタクシーの運転手さんにどう思われようが、自分の身を守ることのほうが大事なはずなのに、それでも「なんとなく嫌われたくない」とか「今回はだいじょうぶだろう」とか思いこもうとしてしまう。
 

 ちなみに、件のタクシーについては、降りた後タクシー会社に連絡しました。
 さすがに危ないと思ったので。


 あのタクシーの行方は、誰も知らない。


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