参考リンク:一度は読んでおきたいおすすめ小説100選 - 自由日記
上記の記事、かなり話題になっていました。
「100冊」の内容については、賛同する人あり、批判する人ありで、まあ、それはそれでしょうがないかな、という感じではあるのですが、僕がこのリストを見て感じたのは「このリストを作って更新するの、大変だっただろうなあ」という、「書く側としての感慨」みたいなものでした。
あと、やっぱり「100冊はちょっと多いんじゃないかな」とも。
もちろん、こういうのって、ターゲットがあるはずなんですよ。
「書店にはほとんど行かないけれど、これから年末年始にかけて、何か読んでみたい。どんな本があるのかなあ?」
そういう人たちには、まず、このリストから、面白そうなものを1冊手にとってみる、と良いのではないかと。
しかしながら、「100冊のなかから、1冊を選ぶ」っていうのは、それはそれでけっこう大変ではあります。
いろんなジャンルから、バランスよく、と考えると、最低でもこのくらいになってしまうのもわかるのですが。
最近、ネット上でのコンテンツやメルマガって、けっこう「ボリューム比べ」になっているような気がするんですよね。
津田大介さんや水道橋博士のメルマガなんて、「こんなに分量があるなんて凄い!」と圧倒されるのだけれど、正直、「これ全部は読みきれないよなあ……」とも思うのです。
少し価格を下げて、「オススメ記事を厳選した簡易版」とか出してくれないかな、とか、考えてしまうんですよ。
ネットでやりとりできるデータって、雑誌のようなページ数の制限がないから、「入れたいものを、全部入れてしまって、あとは読者が選べばいい」という発想になりがちなのかな、と。
それに、読者へのアピールとしては「こんなにボリュームがあるんですよ!」というのは、たしかに有効なのでしょうし。
でも、最近の僕の率直な気持ちとしては、「なんかもう、こんなにすごいボリュームのものを読むのは疲れるし、買ったものを読まずに放置するのも勿体ない」なんですよね。
価格はそんなに変わらなくてもいいし、ボリュームも少なくていいから(というか、少ないほうがいい)、「優先順位が高いもの」を向こうで選んでおいてくれないかな……と思うようになってきました。
最初の「100冊」にしても、このリストから選ぶのが一苦労なのだから(そもそも、あらすじしか紹介されてないし)、「10冊」に絞ったものを公開してほしいなあ、あるいは、書いている人の「オススメ度」をつけてほしいなあ、と感じたのです。
書き手としては「100冊もあって、選択肢が広くて良いでしょう?」と言いたくなるのだけれども、読む側としては、もうちょっと絞って「コレ読んで!」って決めてほしいんですよ。
これまでの「コンテンツ」(コンテンツとは、内容、中身という意味の英単語。メディアが記録・伝送し、人間が観賞するひとまとまりの情報、すなわち、映像や画像、音楽、文章、あるいはそれらの組み合わせを意味することが多い:「IT用語辞典」より)というのは、「量が多いほうがうれしいはず」という前提でつくられがちでしたし、その概念は、ネット時代にも受け継がれています。
受け手の側からすると、いまは、安価な情報が溢れている時代です。
空腹で、十分な食べものが無い時代であれば「食べ放題」は至上の喜びでしょう。
でも、飢えの不安がない時代で、食べられる量に限界があることを理解していれば、同じくらいの値段なら、「そこそこの美味しさの食べ放題」よりも、「美味しいものをちょうどお腹いっぱいになるくらいの分量で出してくれる店」を選ぶのではないでしょうか。
要するに(このエントリも長いので、最初から要しろよ、という声が聞こえます……)、いま、僕が求めているのは「この中から選んでね」じゃなくて、「この本を読んでほしい!」だということです。
もちろん、その1冊が気に入らなければ読みませんが、それでも、オススメを100冊並べられて、「お好きなのをどうぞ」と言われるよりは、よっぽど役に立つと思います。
1人がつくった「カタログ的な100冊」よりも、「100人それぞれの『オレの1冊』」のほうが、「選ぶ材料」にはなりやすい。
AmazonのKindleストアでは「日替わりセール」というのをやっています。
僕はこれを毎日チェックしているのですが、ちょっと疑問ではあったんですよね。
なぜ、「日替わりで、1冊だけ」なのだろうか?って。
もちろん、あんまり多くの本を特価で売ることはできないのでしょうけれど、Amazonの力を持ってすれば、毎日10冊ずつくらいセールしたって、屋台骨がぐらつくようなことはありえないし、ユーザーも喜びそうなものです。
そして、なぜ「1週間単位、7冊ずつ」ではなかったのか?
これって、まさに「選択するのに疲れた人たちへのサービス」なのかもしれません。
とりあえず「この本どう?」って1冊だけ見せられれば、それを「読む」か「読まない」の、シンプルな選択をすれば済むのだから。
1冊だけなら、「今日はどんな本かな」という楽しみもあるし、手間もそんなにかからない。
これからは「カタログの分厚さ」じゃなくて、『選択』、それも『よりいっそう、厳選されたもの』を紹介することが、サービスになっていく時代なのではないか、と僕は考えています。
もちろん世の中にはそれを指向したサービスってたくさんあるのですけれど、ネットでは「ボリュームを多くすることへの物理的障壁」が低かったため、「カタログの厚さ」が競われがちだったのです。
リストは長いほうがいい、というのは、もう、時代遅れです。
ただし、「単に短いほうがいい」のではなくて、背景に長いリストがあるのを踏まえた上で、そこから「厳選」したものが、求められているのです。
ネットのコンテンツやメルマガの「大鑑巨砲主義の時代」は、もう終わっています。
「作り手」のなかには、まだ気付いていない人も少なくないようだけれども。