いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「ベビーカー問題」について、ひとことだけ。

参考リンク(1):ベビーカーがなんで通勤時間に電車に乗ってこなきゃいけないの? - 常夏島日記

参考リンク(2):上記エントリに対する、はてなブックマークコメント


このエントリ、「そうだよなあ、あの人でギッシリの満員電車に乗りたい人なんて、そもそもいないよなあ」なんて思いながら読みました。
ましてや、赤ちゃんと一緒に「娯楽として満員電車に乗りたがる親」なんて、まずいないに決まっています。
みんなそれぞれ理由があって、仕方なく乗っていると考えるべきでしょう。
もちろんそれは、その電車で通勤している人も同じわけです。


でも、お互いに「嫌々ながら乗っている人たち」であるはずなのに、「ベビーカーは迷惑」という声が目立つのはなぜか?



僕はこういうとき、ネット上での意見表明の偏り、みたいなことを考えてしまうのです。
ネット上では、人は極論を述べたがるのではないか?
そのほうが「注目」されるし、「言ってやった感」を味わうこともできるから。


この「満員電車ベビーカー」、たとえば職場のランチタイムや、飲み会で話題になったら、みんなどんな反応を示すでしょうか?
「邪魔だし、うるさいのは勘弁してほしいけど、まあ、あっちも事情があるんだろうし、しょうがねえよなあ。でも、赤ちゃんのほうもちょっと心配だよねえ」というような反応をする人が多いんじゃないかと思うんですよ。
「曖昧派」というか、「不快なときもあるが、世の中そんなもんだろ派」というか。


僕も子どもがいますけど、自分が親になるまで、レストランや電車で騒ぐ子どもは大嫌いだったし、満員電車にベビーカーなんて物好きというか、危ないよなあ、とか感じていました。
今は、ショッピングモールで子どもが駆け回ろうとすると、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
ああ、たぶん「酷い親だ」と思われているんだろうなあ、って。


でもまあ、少なくとも、「赤ちゃん連れの親を赤ちゃんのことで責めるのは人としてカッコ悪い」というような意識が、ずっと社会にはあったと思うんですよ。
本音の部分は、どうあれ。
いや、本音の部分も、「うるさいなあ」「めんどくさいなあ」という一過性の不快感はあっても、家に帰り着いてまで怒り続けているような人は、ほとんどいないはずです。


しかしながら、これが「ネットで話題」になってしまうと、激しい諍いがそこにあるように見えてしまう。
「極論」のほうが「人気のブックマークコメント」として採り上げられ、「文句言ってもいいなら、自分も言ってやれ!」っていう人が増えていくのです。
大部分の人は、ネットで書いている言葉の強さほどこの問題について怒ってもいないし、真剣に考えてもいない。
にもかかわらず、こういうコメントを見た親たちは、それが「多くの人たちの本音」のように感じてしまい、不安になる。
「酔っぱらいの大言壮語」みたいなものに、いちいち振り回されていては、身が持ちません。


個人的には、赤ちゃんがいる親は、この手のエントリには関わらないほうがいいと思っています。
こういう議論にかかわる時間があったら、目の前の赤ちゃんに「いないいないばあ」でもしてあげたほうが、よっぽど有益です。


なんか、こういうエントリに対する世間の反応をみていると、世の中殺伐としているなあ、って感じてしまうのですが、少なくとも「顔がみえるところ」では、赤ちゃんと親に優しく接してくれる人のほうが多数派です。
僕自身、息子は生まれたおかげで、思いがけない人たちの優しさにたくさん触れることができています。
陰で舌打ちしている人がいるとしても、収支はかなりプラスなんじゃないかな。


この満員電車の話を読んで、2年前にハワイへ家族旅行に行ったときのことを思い出しました。
当時の息子は、まだ1歳半。もちろんベビーカーでの移動です。
他の人たちからすれば、泣いてうるさいときもあっただろうし、邪魔でもあったと思うのですが、みんなニコニコしながら、息子をあやしたり、「かわいいですね」と声をかけてくれたのをよく覚えています。旅行に来ていた日本人も、現地の人も。
子どもを連れて旅行することはけっこう大変だったのですが、僕はその温かさに、救われました。
彼らが特別優しい人たちだった、というよりは、人間、心に余裕があるときはみんな優しくなれるし、そうでないときは、他人にも厳しくあたってしまうのだと思います。


他人に対する過剰な厳しさが生むものって、自分に対する厳しさしかないんですよ。
満員電車で邪険にされた子どもは、たぶん、将来他の人にも厳しくあたるようになるはずです。
赤ちゃんたちが大人になったとき「弱者」になっているのは誰か?
長い目でみて、本当に「世の中のため」、そして「自分のため」になるのは、「ベビーカーの排除」でしょうか?
もちろん、「大部分の人は、そんなこと、わざわざ偉そうに言われなくてもわかっている」とは思いますけど。

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