いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「有料であること」のメリット

参考リンク:有料メルマガとウェブのオープン性について - novtan別館


「ニコニコチャンネル」の『ブロマガ』など登場で、あらためてメルマガというのがクローズアップされています。
僕がいま考えているのは、「メルマガが閉じている」というよりは、「無料ウェブサイトは、あまりにもオープンになりすぎていて、手にあまるようになってきている人もいる」のではないか、ということなんですよ。
あるいは、「ターゲットを絞るのが難しくなっている」。


こういうところで名前を出してしまって申し訳ないのですが、ちきりんさんという有名ブロガーがいらっしゃいます。
ちきりんさんは、ブログばかりではなく、本も出されているのですが、一時期のちきりんさんのブログへの言及には、賞賛の言葉とともに「それは良い大学を出て、外資系企業でキャリアを積み、『自分の頭で考えることができる』あなたにしかあてはまらない話ではないですか?」というバッシングが目立っていました。
僕も同じようなことを、つい考えてしまうわけです。


でも、最近感じているのは、ちきりんさんは、もともと「ある程度のインテリジェンスと学歴とキャリアを持った人たち向け」に書いているのではないか、ということなんです。
(このへんは僕の勝手な想像なので、ちがっていたらすみません)
ちきりんさんと同じような場所にいるのだけれど、どうも、いまの自分に「しっくりきていない」人たちが、ちきりんさんのターゲットではないでしょうか。
「引きこもりのニートにそんなことできるかボケ」
いや、そもそも「引きこもりのニート」に向けて書いているわけじゃないんだよね、最初から。


世の中のさまざまなメディアは、それを利用する人を「想定」しています。
週刊少年ジャンプ』と『アンアン』と『文藝春秋』が想定している読者は、その雑誌に掲載されている広告をみればある程度わかりますし、テレビ番組でも局によって、あるいは番組によって、流れるCMから類推することは可能です。
小学生は『プレジデント』を読まないし、団塊の世代の男性は、『女性自身』を手にとることはない。
そういうふうに、メディアというのは、「棲み分け」がなされているのです。
一昔前の「エロ本」なんて、かなり「女性蔑視的」というか「セックスの相手としか女性をみていないような記述」がたくさんあるのですが、それに抗議する女性はほとんどいませんでした。
だって、「女性はエロ本を読まない」から。


ラジオでも、深夜放送のリスナーたちは、共犯者の意識でビートたけしの「毒舌」に笑っていたのです。
「こんなの昼間に流したら、大騒動だろうな」って。


ところが、いまはネットで、どんな深夜放送であっても「問題発言」は白日のもとにさらされる。
これが良いことなのか悪いことなのかは難しいところがあります。
ただ、ネットのなか、とくに「無料の情報」というのは、「ターゲッティング」が難しいところがあるんですよね。
もちろん最初は「ひとりでも多くの人の目にふれて、好意を持った人に常連になってもらう」ことが重要なのですけど、軌道にのってくると、今度は「想定外の読者」から、八つ当たり的な反発を受けることもたくさん出てくるのです。


ネットは、「対象者」を明示していない、あるいは明示できない場合が多い。
でも、実際のところ「万人向けの内容」なんて、まずありえない。


「有料メルマガ」っていうのは、「お金儲け」の手段ではあります。
でも、年間1億円メルマガで稼いでいるという堀江元社長みたいな人はごくごく一部で、これだけ無料コンテンツがあるなかで、1000円のメルマガを100人に読んでもらえる人が、そんなにいるとは思えません。
たぶん、有料でも読んでくれる人は、無料のときの1%〜せいぜい10%くらいのものでしょう。
それでも「月収10万円」にしかならない。100円にしたからといって、1万人が登録してくれるわけでもない。
メルマガの標準的な「価格」は、1ヵ月で500円から1000円くらい。
100円にしたって、登録者が劇的に増えるというわけではないので、このくらいの価格がいちばん妥当、ということになっているはずです。
500円出してくれる人は、100円ならもちろん出してくれる。
でも、500円出さない人のほとんどは、100円でも財布をあけない。


正直、そんなに儲かるというか、割にあう商売とは思えないんですよ、有料メルマガって。
それでも、多くのネット有名人がメルマガをはじめようとしているのは、「ある程度ターゲットを絞って、耳を傾けてくれる人のために書きたい」という気持ちがあるのではないかなあ。
「有料」であれば、「想定外の読者」あるいは「揚げ足取りのために読んて、からんでくる人」の目に触れる機会は圧倒的に少なくなります。
そのことによって、もっと「自分が書きたいこと、書けることを突き詰められる」。


「有料である」ことのメリットは、お金が儲かることはもちろんなのだけれど、「本当にその情報を知りたい人以外からのアクセスをブロックできる」というのが大きいような気がするのです。


しかし、この傾向の行き着く先って、「リアルタイムで配信できる雑誌」かもしれませんね。
ひとりの人間が出せる「お金になる情報」なんて、そんなにたくさんはないだろうから。
あるいは「ファンクラブの会報」になっていくか。
ひとまわりして行き着くところがそういう場所だとするならば、ネットって何なのだろうなあ、とも思えてきますね。

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