いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「はてなブログ」の現状について

 

β版の段階で文句つけてもしょうがないんだけど、現時点での印象を箇条書きにしておく。

 

  Twitterfacebookの「リツイート文化」のおかげで、ブログは、ひとつのエントリ単位で急速に消費されてしまっている。そして、読む側は、話題になった記事は読むけれど、そのブログの他のエントリには興味を示してくれない。

  iPodのおかげで、「アルバムを通して聴く文化」が廃れてしまったのと同じようなことが、ブログにも起こっている。要するに「シングル曲しか売れない」

  個人サイト、ブログ、twitterfacebook。いろんな媒体が出てきたが、そこで活躍しているのはずーっと同じ人。無名のユーザーたちがβ版を耕し、平地になったら勝間和代氏やdankogai氏がスポーツカーで走り抜けていく。

  はてなブログ」のβ版に書いている人たちの文章は「新しい器で、新しい喜びがあるはず」という希望で満ちている。しかし、「やっほー!はてなブログはじめてみました!」なんて、誰も読みたくないよね。

  はてなブログ」って、コンセプトとしては、「あまり外界とはつながりたくない人たち」のためのツールのはずなんだけど、それが利用者には伝わっていない、という悲劇。

  早晩、「もっと外界とつながりやすくしてくれ!」っていう要望が出て、「はてなダイアリー」と同じになってしまいそう。

  というか、「はてなダイアリー」との違いがよくわからない。

  では、「はてなダイアリー」の改装でよかったんじゃないか?という気がするのだけれど、きっと「はてな」側は、いまの「はてなダイアリー」についているイメージが気に食わないのだろうなあ。

  でも、他のブログサービスが、軒並み「ブログから手を引きがち」な時勢で、こうしてブログを盛り上げようという「はてな」の意気込みは買いたい。

  「炎上」しないブログサービスは、正直、あんまり魅力がないのだろうな、とは思う。大部分の人は、自分が火をつけられる側にはならないだろうし。

  はてなブログ」って、なんだか『セガガガ』みたいだ。自ら築いてきた文化を戯画化して笑いをとって、ちょっとだけ話題にはなるんだけど、歴史的には最後の悪あがき、みたいな。

  結局のところ、ブログの内容というのは、ツールの問題じゃなくて、書く人の側の問題なのではないか?

 

 

 

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